第3話



  それから数週間、おれとmamiさんは奇妙なやり取りを続ける事になる。


  「今日は良い天気だなー。」

 

  「もうすぐ桜が咲く季節(^ー^)ノ」


  「飼い犬の散歩に行った。外出は久々。」


  「犬飼いたーい(^.^)」


  「今日の晩飯は母ちゃんの作ってくれたカレー。」


  「今日は晩ご飯何にしようかなあ……。カレー焼きそばに決定!」


  「寄◯獣マジ名作。読み直した。」


  「往年の名作です。」



  mamiさんとのやり取りを繰り返す度に、おれはあったかい気持ちになった。

  彼女の投げかけてくれる文章はごく短いが、おれの事を気遣う慈愛に満ちた表現を選んでくれているような気がする。



  mamiさんの方のリアル事情もポツポツとだが分かってきた。



  彼女は現在、大学2年生。

  一人暮らしで、都心に住んでいる。

  服装は可愛い系が好きで、ひらひらのスカートをよく履く。

  前に猫を飼っていたが犬も大好き。ウサギも大好き。動物好き。


  現在大学2年という事から察するに、おれの作品と出会ったのは高校生時代という事になるだろうか。

 

  ブログを1年間休んでいたのは、丁度受験に重なってもいたからだったのだ。

  多感な時期におれなんかのラノベに嵌ってくれて、彼女の重要な心の成長過程においておれの影響を少なからず受けてしまったのではないかと思うとちょっと申し訳ない。


  「そろそろ暑くなってきたな〜。」


  「夏、苦手なのでーす(~_~;) グダグダのヘロヘロでグヘェ……(~_~;)」


 

  季節は夏に差し掛かっていたのだ。

  おれとmamiさんがこのやり取りを始めてから半年程経っていた。


 

 

  「おれ、実は今気になってる子がいたりして。」


  「願いが叶いますように(^人^)」


  ある日、おれとしては思い切った告白の言葉を送ったつもりだった。


  何しろおれは、顔も見たことがないこの女の子に恋をして、おれにしては珍しく色々行動した結果この関係を続けていられている訳だから。


  でも、彼女から返ってきた言葉は「願いが叶いますように」。


  これは遠回しにフラれたという事にならないだろうか。

  mamiさんにしてみれば、好きなラノベ作家の1人と(異常な形だが)交流出来て嬉しい、というだけの話なのかもしれない。


  だけど、彼女は単純におれの気持ちに気付いていないだけかもしれないし。

  おれは、いい年をして恋に悩んでいる。



  ーーすると、そんなおれの悩ましい気持ちを打ち砕くかのように黒い悪魔が扉を開けてやって来た。


  「三文文士はどこじゃあああい!! お、居たな!!!」


  「……栄美(えいみ)……。」


  2つ下幼馴染。そして…… 数年前、おれの出したラノベの挿し絵を担当した、現在では売れっ子のイラストレーター様でもある。

  そうか、夏だから帰ってきたのか……。来なくていいのに。


  「相変わらずパソコンがお友達じゃん、『亜流タイル』さんよ。」


  おれは、ペンネームで呼ばれた事よりも『パソコンがお友達』という部分にビクッとした。まさにその通りの状況だからだ。


  「……何しに来たんだ。」


  「仕事仲間に対して随分冷たいじゃん。2年、3年? 前はあんなに仕事について熱く語り合ったのに。」


  「へえへえ、三文文士は売れっ子レーター様には叶いませんわ。」


  おれはさりげなくパソコンをオフにしようとした。が、この、ただでさえ地黒なのにその上日焼けした黒い悪魔にそれを見咎められてしまった。


  タオル地でボーダー模様のキャミソールから大きめの胸が覗くが、こいつに関してはどうでもいい。うん、どうでもいい。


  「おい、勝手に見るなよ。」


  「うはー! ブログとかやってる!! しかも亜流タイル名で!!

 うは、私ネットとか殆どしないから気付かなかったよ!!

  何、え…『気になってる子がいたりして』?……」



  一瞬、栄美の顔付きが凍ったように見えた。

  デリケートな話題に触れてしまってさすがに気まずくなったのだろうと思った。


  「分かったらさっさと行けよ、おばさん待ってるぞ。」


  「そうはいかないね、用事があって来たんだから。」


  「用事?」


  おれにしてみれば嫌な話だった。

  今度の薄い本のお祭りで、栄美のサークルで売り子をやれという事だった。


  商業でも売れっ子で、当然のように壁サークルの栄美(ちなみに本名で活動している模様)なら売り子なぞ皆喜んで引き受けるだろうし、手が足りないなら専門の売り子グループに頼めばいいはずである。

 

  それでも、栄美は知り合いじゃなければ嫌なのだそうだ。


  「選り好みしないで誰にでも頼めよ。」

 

  おれ家から出たくねーんだよ。mamiさんのおかげで大分活発になったとはいえ基本引きこもりだし。


  「ダメダメ、佑樹にぃもたまには社会科見学をしないとね。そうだ、いい事考えた。」


  「 絶対ろくな事じゃないはず。」


  「まあまあ。佑樹にぃさあ、今度のお祭りでオリジの小説本出してみたら? イラストはモチロン私。」

 

  そりゃお前の絵だったら売れるだろうけど。


  おれが栄美を出来れば避けたい理由は、実はこの辺にある。


  栄美は昔からイラストは描いていたが、2、3年前におれが出したラノベを機に、本格的に商業デビューし、そして売れっ子になった。


  おれの小説を、見事に飛び越えてサ。


  「……小説ね。」


  「今ならまだ印刷所も間に合うよ。ガンバってみたら〜。亜流タイル先生!!」


  ひらひらと手を振って栄美は出て行った。せわしないヤツだ。

  最後の方、ちょっと暗い表情に見えたけどあの黒い皮膚のせいだろう。


 

  情けない話だが、おれは栄美と自分の『格差』に凹んでいる。同じ本から世に出てこんなにも違うのかと。


  そしておれは、文を書く事にもまだ執着心を持っている事実に、栄美の提案で気付かされた。


  「本気……出すか。」


  明日から(お約束で)。


  おれは再びパソコンに向かい、ブログのエントリーを更新した。


  本が無事に出るとは限らないからその事は伏せておいて、幼馴染兼担当イラストレーターだった素城(すじょう)栄美が遊びに来た事だけを軽く書いた。


  「皆様ご存知人気イラストレーターの素城栄美がウチに来ました。実は幼馴染なんですよね……。実世界で。」


  mamiさんも当然栄美(の絵)は知っているはずだし、何らかの反応をくれるだろう。



  しかしその日、mamiさんからのレスポンスは無いようだった。



 

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