ぜんぜん売れないラノベ作家のおれがネット上でファンの娘と交流した件
いのうえ
第1話
「ちょっとお兄ちゃん! 今日はタロくんを散歩に連れて行く日でしょー!!」
階下から叫ぶ高校生のうるさい妹の声を無視し、おれはパソコンの前で震えていた。
ガチャン!!
妹は反応のないおれに諦めて、おれの代わりにワンコの散歩に出て行ったらしい。
おれは震え続けていた。
「大賞取って2冊しか出せてないってどんな気持ち? ねえどんな気持ち??」
某匿名掲示板のおれのトピックにてこんな書き込みを見つけ、おれはウギャーと叫び枕を壁にぶつけた。
作家というか、物を作る職業の人間はかくもナイーブである事を忘れてはいけない、特におれのように才能の足りない奴は。
2年前、とある大手の出版社が開催しているラノベ大賞に入賞したおれは、生まれて初めての書籍化、生まれて初めての担当さんの存在に浮かれ、こんなに幸せではおれもうすぐ死ぬんじゃないかと心配したものだったが、それは余計な心配だったとすぐに分かった。
1冊目も2冊目も全く売れなかった。
ーーハッキリ言うと、(進みが遅いとはいえ)ネット上でおれのトピックがあるという事さえ奇跡に近い事だったし、ありがたい事だと思わねばならない所だ。
さっき偉そうに「物を作る職業」だなんて言ったが、今のおれは作家などではない。
単なる引きこもりなのだし。
ーーいや、しかし、それでも、傷付くものは傷付く。
「自演乙」この言葉上等、おれは早速「そんな事を言ってやるなよ、何にもしてないお前よりはマシだろ?」と書き込もうとした。
幸い、おれの読者の人は皆優しくておれを庇ってくれる人が多く、何か煽りがあると上記のような書き込みをしてくれる人が少なくないのだ。
まあできればもっと穏便なフォローの仕方をして頂きたい所ではあるが、ここはそういった読者の人達のテンプレートに乗って書くことにする。
そんな事をする時間があるのなら小説を書けという大天使様の声が聞こえてくるが、今この瞬間だけはそれを無視。
書き込みの前に一応リロードをしてみると、
「おや……?」
書き込みが1件、増えていた。曰く、
「そんな事ないよ。亜流タイル先生は凄い才能の持ち主だと思う。」
……おれ、泣いていい? え、おれが無意識の内に書き込んだんじゃないよね? そうじゃないよね!?
この人こそ、本当の大天使だ。男性か女性かは分からないけど、本当にありがとうございますと思わずパソコンの前で土下座をしてしまった程だ。
もう一度リロードをしてみると、もう1件書き込みが増えていた。そこには、大天使様と同じIDで、
「私はこの人の作品で勇気付けられた。そんなふうに煽るのやめてね。( ̄。 ̄ノ)ノ」
どうやら、女性の書き込みのようであった。
もう一度リロードしてみる。
「ペンネームは多少ダサいけど…σ^_^;」
ウン、このしれっとした残酷さ。やっぱり女性で間違いはなさそうだ。
352件。これが今開いているおれのトピックの書き込み件数だ。
何だか気になって、全ての書き込みを調べてみる事にした。
全く売れてないとはいえ、おれは一応プロの文章家を生業としていた者だ。
文章のちょっとした癖などで「ああ、これは同一人物だな」「女性だな」と、それくらいの事はなんとなく判別が付く。
ざっと読むと、先程の女性と思しき書き込みが10数件もあるらしい事に気付いた。
「亜流先生の新作、いつ出るんだろうね。さみしい。」
「亜流先生の書く女の子大好き。男性作家なのに異性の気持ちよく分かってくれてるみたいv(^_^v)♪」
「あー、亜流タイル先生戻ってきて!!」
彼女の書き込みらしき文章を見つけ次第、全てパソコンのメモ用紙にコピペしていく。
おれは、顔を見た事もないこの読者の女性をあっさり大好きになってしまった。笑わば笑え。
かと言って、匿名掲示板の自分のトピックに作者自らが書き込む程格好悪い事はないという、余計なプライドをおれは持っていた。
ああ、どうにかしてこの彼女と実際にお会いできる方法はないものだろうか。この際30歳年上でもいい。
!
「もしかしたら……。」
おれは久しくしていなかったエゴサーチなるものしてみた。
エゴサーチとは、別に何の事はない、検索サイトで自分の名前を検索してみる事だ。ツイッター検索でもいい。
掲示板にこれだけ書き込みしてくれてるんだ、もしかしたら、この彼女がブログやらツイッターでおれの名前を呟いてくれているかもしれない。
そうしたら、メッセージ欄やいいねボタンで彼女に近付ける。
彼氏がいたらどうしよう。まさか旦那がいたら?
いや、ネットを通じて意思の疎通が出来るだけでいいんだ。どうせおれ、今は引きこもりのニートなんだし。
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