27話:無慈悲な二択
「どうだ坊主、出来そうか?」
重い口を開いたのは、最後尾で腕を組むシュラだ。
あの後、合流した五人は目的地の前でたむろしていた。
シュラから手渡された数枚の羊皮紙と睨めっこしていたショウは、頭を悩ませる。あまりにも複雑難解すぎると。
場所は地下通路の最奥、十メートル先にある観音扉を前にした通路のど真ん中である。
ここから先へ進めるかどうかは、ショウにかかっている。今回の計画を実行に移すと決断されたのは、まさにここのためである。
「これルリ大賢者が施したんだよね?」
腰を据えて作業に当たるショウに代わって、アイヴィーが逆にシュラへ問い返した。
「ああ、そうだ。他の誰にもこの奥へ行かせねぇようにな」
今ここで足止めを食らっている理由、それは、巨大な
道を塞ぐように座り込むショウの目の前には壁面、天井、床と所狭しと
何より厄介なのが、正面の扉。開いた瞬間、それまで一つの魔法として機能していた
魔法で突破しようにも、扉を開くことすら許されない。
腕を組み、定期的に頭を掻き唸る。あーでもない、こーでもないと呟く。解読を試みてから、かれこれ一時間以上は経過していた。
「んで、坊主。結局出来るのか出来ないのかどっちだ。無理なら計画は一旦白紙に戻す。この程度の
言葉の端々から苛立ちが滲み出る。
目下、シュラが危惧しているのは時間だ。【暴君】が画策している以上、この状況では間違いなくシュラは誘拐犯に仕立て上げられる。なんとしても五英傑がたどり着くまでに撤退する必要があるのだ。
「もう少しだけ待ってください。あとちょっとで解けそうなんです」
羊皮紙に書かれているのは、ルリが複写した
解呪するには、施された
例えば、
あらかじめ全文を把握していなければならないということだ。
自身が持ってきていた用紙にペンを走らせ、ショウは最後の計算をしていく。
保険としてルリは、この羊皮紙を奪取された場合も想定していた。ところどころに間違った記述をしているのだ。シュラはその箇所を本人から伝え聞いていたため、ショウはその部分を修正した上で解読に挑んでいる。
恐ろしいまでの徹底ぶりに、ショウが苦戦するのは必然だ。
そこで、ショウは一つ大きく息を吐いた。
手にしていたペンを置き、上半身だけを捻り笑みを浮かべる。
「解けたのか!」
「はい。ただ、規模が相当に大きいので、皆さんにも手伝ってもらいます」
「何をすりゃいい?」
「まず僕が用紙に、この
最後に名指しで呼びつけると、ショウは取り出した用紙にいくつかの薬品名を記入していく。
「これ、今すぐ作れますか?」
「ふむふむ。うん、問題ないね。余裕余裕」
手渡された用紙を見て、アイヴィーは作業に取りかかり始めた。
ショウは早速、
邪魔にならないように、アイヴィーは通路の隅の方で薬品の調合に入っていた。空になった試験管に取り出した種を入れ、水魔法で満たす。そこへ生魔法による成長促進で一気に開花までもっていく。それを数度繰り返し、葉や茎をすり潰し粉状にしたものを混ぜ合わせる。
出先で必要となる薬品は状況に応じて異なるものだ。
全てを持ち歩くことは現実的に不可能なため、アイヴィーはいつも種の状態で持ち歩いている。それを得意な水と生の魔法で育て現地で調合するという荒業を慣行する。
ほぼ作れないものはないと言っていいほど、全ての種を常備している。
「それにしても目的が〝
ゴリゴリとすり下ろすアイヴィーが半ば呆れたように口にする。
「
「【
どれだけ厄介な内容かと警戒していただけに、拍子抜けしたと、すでにアイヴィーから毒気が抜かれている。
しかし、それはアイヴィーの役目を考えれば正常な反応である。逆に計画の核となるショウはそうではない。ここを突破できる術を持つのは、現状ただ一人。代替が利かなければ、当然難易度は跳ね上がる。
「
「でも、あれですよねシュラさん。
何気ないショウの一言に、シュラは全力で表情を歪ませ否定する。
「それが一番問題なんだよ。あの
「……まあ、確かに、それは否定できないかな」
同調するアイヴィーに、ショウは
それを傍目で見ていたユイが同じく作業を中断し、割って入る。
「普段関わり合いのない人たちからすれば、先行する英雄像を想像するからな。無理はない、な、キサ」
「そこで私に振ってきます?」
「同じ運営系の任務を受けている仲だ。キサも多少関わり合いがあるだろう?」
「そうですけど……」
背中を向けるキサの表情を読み取ることはできないが、声からは相当に嫌そうな空気を漂わせる。
益々わからないと、ショウは小首を傾げるのだった。
* * *
「――ねぇ、ショウ、これが、もしかしてミラーシステムってやつなの?」
黙々と作業に当たっていた一向だったが、不意にそんな質問が飛んだ。
「そうだよ。これがデュアル構造のミラーシステムってやつ」
キサは書き終えた用紙を返却し、屈んだ際に乱れた髪を耳にかける。ショウは受け取った指示書を処理済みの山へ重ね、新たに作成したものを代わりに差し出した。
再び、チョークを片手に壁面に
「
「どういうこと?」
「んと、ようは同期を取ってるってこと。全く同じ内容を書くことで、どっちかが変容した場合に整合が取れてないって理由で無効化処理されるんだ」
「でも、それって両方とも同じように書き換えられた結局誤発動するってこと?」
当然の質問にショウは「現実的には不可能」だと返した。
例えば、
先ほどの例題を引用するならば、
そうなれば、もう偶然で一致することはなくなってくる。これがミラーシステムの原理である。
「――とまぁ、こんな感じ。ただ、これだと誤発動しないようにするだけだから肝心の魔法の効果まで無効化されるんだよ」
「戦闘中にそうなると困るわね」
「それでは、どうするのだ?」
二人の会話に興味津々に割り込んできたのは、チョークの線ごと壁を削っていたユイだ。
「追加設定をするんです。〝blue=青〟っていう風に。そうすると、正規側を優先して起動を保てるんですよ」
他にも追加設定には様々な種類が存在する。これらの追加設定は全てより強い命令権を持つ
かつて、ショウは独学で
『
これが追加設定は
何より、このデュアル構造には大きな利点がある。
逆説的にいえば、全く同じ内容を記述するデュアル構造なら単純に薬品の量を倍にできる。より高レベルの魔法が使えるようになるのだ。
蛇足気味に説明すると、
「なるほどな。魔王との戦いで、必要最低限の文言なら十分と説明していたが、それはそういう意味か」
「そうです。単純に
言い終えて、ショウが冷たくなったお尻を地面から引き剥がした。
大きく両手を天に伸ばし、固くなった身体を伸ばす。
「指示書はここに置いてるので終わったらここから持って行ってください」
離れた位置で書き続けるシュラとキサにそう言い、ショウは隅で調合を続けていたアイヴィーの元へと駆け寄った。
「どうですか、できましたか?」
「んー、とりあえず少量だけど水筒の中に移しといたよ。間違って飲んだらダメだよー。普通に劇毒だから」
数種類の試験管の中には今も恐ろしい速度で草が生えてきている。それを適度に摘まんではゴリゴリとすり潰していく。
ショウはユイが削ってできた溝に薬品を流し込んでいく。ただし、ここで問題になるのは床以外の部分だ。壁や天井となると薬品が垂れてしまう。そこでショウは一通り床に染み渡らせたところで、シュラに続きを依頼した。
「シュラさん交代します。続きは僕が書くので、ここら一帯に重力魔法を付与して全面を床扱いにできますか?」
「問題ねぇ。そいつが終わりゃこいつを垂らしていきゃいいんだな?」
「はい。足りなくなったらアイヴィーさんから追加を貰って下さい」
「そりゃ構わねぇが、坊主、ユイの方が間に合わねぇんじゃねぇか?」
顎で指すシュラの言う通り、堅い天井を掘っているユイの作業は遅れ気味だ。
指摘されて人員配置をどうしようかと悩んでいたショウに、キサが手を上げた。
「なら私が手伝うわよ」
「いや、魔法使えないと削れないだろ」
素手で削るにはさすがに効率が悪すぎる。否定したショウを無視し、キサはこれ見よがしに人差し指を壁に当て、めり込ませた。
そのまま何の障害もなく、溝を掘っていく姿に全員が唖然とする。
「おい、ありゃなんだ?」
さすがのシュラも強化型なしで壁を破壊していく荒唐無稽さに、説明を求めた。しかし、これにはショウも答えられなかった。素手で掘れる理由がわからないのだ。
「知りません……キサどうやってんのそれ……」
人知を超えた出来事に疑問を抱くのは当然だ。だが、そこに必ず答えがあるとは限らない。実は今回の件ももれなく該当する事案であった。
「それが私にもわからないのよ。魔王倒して目を覚ましてから急にできるようになってたのよ。普通にやったら無理なんだけど、ほら、ショウも体内で魔力は動かせるって言ってたでしょ。それを試しにやってみたら、こんな感じで魔力を込めた場所が強化されるみたいなのよ」
本人もいまいち原理がわかっていない現象に、ショウも試しに指先に魔力を集中させ、壁に指を立てた。ぐっと力を入れ――、突き指する。
激痛に耐え兼ね、ショウがその場にしゃがみ込んだ。
「仮説だが、どうも小娘は魔力崩壊ってのを受けたのが原因で、坊主とは違った形で魔力が変容した可能性があんな。人造能力者とは違うが、限りなくそれに近い何かってところか」
「そんなことがあり得るのですか?」
疑問を呈するユイだったが、シュラも「仮説だ」としか返答できなかった。こればっかりは専門的な検査が必要であろうという結論だ。
「まぁ、現実的にできる以上、それが真実でしかねぇ。今はとりあえず作業を進め――」
そこまで言ったところで、シュラが閉口した。左耳を押さえ、長髪で隠れている通信機器のスイッチを入れる。
シュラの顔つきが段々と険しくなっていく。
「――ちっ、てめぇら急ぐぞ。ルリから伝達だ。あと三時間で着くそうだ」
明確な時限を設定されたことで、比較的和やかだった空気が一変した。
止まっていた手を動かし、速度を上げる。それでも撤退までの時間を考慮するとギリギリだった。このルリの罠を解呪するだけでいいなら間に合う。しかし、本来の目的はこの先にある
とはいえ、最初から解読するつもりはない。五英傑がここへ向かっていると判明した時点で、すでに複写して持ち帰る
必要な量の薬品を作り終えたアイヴィーが、遅れている削り作業に入る。チョークでの記入は慣れているショウが入ることで、相当なペースアップをしていた。
「シュラ、今さらだけど、いいのそんなペラペラ喋って。私は仮にも五英傑と一緒に聖戦に参加した側の、いわゆる国際魔導機関の敵なんだよ」
アイヴィーはあえてシュラの隣に立つ。
横目で睨み付ける彼女に、シュラは特に気にするわけでもなく壁面に重力魔法を付与していく。
「何を言い出すかと思えば下らねぇ。てめぇはこっちにつくしかねぇんだよ。時間がねぇ、口より手ぇ動かせ」
「随分な自信だねシュラ。ルリ大賢者が国際魔導機関側の間者だってバラさない保証でもあるっての?」
「あるんだよ」
「へー、なら、それを聞かせてもらおうじゃないのシュラ」
面倒臭げにシュラが一つ舌打ちをする。
ちらりと背後を見やり、他の三人と十分距離があることを確認してから「後ろの連中にはまだ話すなよ」と前置きをした。
「てめぇも知っての通り新人類党との戦いで、党首までたどり着けたのは今まで三度だ。が、おかしいとは思わねぇか? まるでこちらの動きが筒抜けになってるみてぇにな」
「それは、確かにそうだね」
「だろ? 新人類党の動きが毎回良すぎんだよ。おそらく、繋がってる誰かがいやがる」
どれだけ緻密に練った包囲網も突破され、結果として党首には逃げ続けられている。姿を確認したことはあれど、たったの一度も党首とは戦闘になったことがない。
特に十二年前の大戦は顕著だ。
幹部の一人である【炎神】の隠れ家が判明し、一万人からなる連合軍による圧倒的な物量で攻め入ったエゼルギア大征伐。手練れの多くを送り込んだことで、手薄となった本陣を強襲されたのが〝禁魔具の悪夢〟と呼ばれる魔導史三大戦争に数えられる戦いだ。
歴史的に初めて観測された魔物の部隊。そして魔王という未知の脅威に晒され、本陣の必死の抵抗も虚しく本拠地を放棄しての逃走劇が行われた。
まさしく悪夢と表現するしかなかったと生き残った魔法使いは口を揃える。
連合軍側は
本陣には司令部が置かれ、まさに
そう指摘されれば、アイヴィーも違和感を拭えなかった。
「だからこそ、内通者の存在を疑ったってわけだ。他の幹部連中の実力から見ても賢者クラスの実力者ってのは疑いの余地がねぇ」
「まさか……」
「ああ、賢者の中に裏切り者、正確には幹部が潜り込んでると考えて間違いねぇ」
内通者の存在にアイヴィーは危機感を抱く。
事ここに至り、最重要機密事項を知られたくないとしたシュラの言を尊重する。新人類党の幹部が賢者の中に紛れ込んでいるとすれば、魔法王国の在り方が根底からひっくり返る。
確率は低いであろうが、五英傑の誰かという線も否定できない。
「こっから今回の計画に関わってくんだが、ロリババアが【宝玉の魔王】を倒したあと、党首を追い詰めたが直前で取り逃がしちまった」
「ロリババアって……」
仮にもシュラにとっての上官。国際魔導機関という最高権力の理事長への暴言にアイヴィーの肩の力が抜ける。
二十代前後に若さを保つ魔法使いが多い中、アイヴィーのように十五歳前後にまで若返りを維持するのは極めて稀だ。よほどの生属性、魔力量がなければ不可能である。
そんな背景を無視し、十歳を維持する【
肉体的な若さだけなら十五~二十歳は適齢だ。しかし、脳はそうではない。人間の脳みそ、特に神経系は十二歳まででほぼ形成を終えると言われている。この脳の成長すらも織り込み、無限に強さを追い求める怪物、それがビッグ4の一角を担う【
一説によれば、理事職と賢人会が仮に兼任できていたとすれば、七星は彼女に一席の座を奪われていたとされている。
魔法使いの頂点ともいえる相手をロリババアと罵倒するシュラは、まさに命知らずだろう。
「結果的に【暴君】の転移で逃げられた上、拠点はご丁寧に爆破されたせいで以降の足取りが全く掴めなくなった。だがな、念入りに調べた結果、一つだけ手がかりが残ってやがったんだよ」
「手がかり?」
おうむ返しするアイヴィーに、シュラは肯定する。
「党首の近くに【暴君】が常にいるわけじゃねぇ。もしそういう事態に陥った場合の保険をかけてやがったんだろうな。転移用の魔法陣――つっても爆破されたせいで、一部分だけしか残ってなかったがな。そいつを発見した。てめぇも知ってるだろ。
「だから量産はできないって話でしょ」
「そうだ。だからこそ俺たちは、何としてもこのブラックボックスを手に入れなきゃならねぇ。そこで聖戦の時に、まずは内通者を割り出す必要があった。偽の情報を流してどいつが食いつくのかを見極めるためにな」
この説明にアイヴィーが手を止めた。
「ちょっと待ってシュラ。それじゃあ、魔法王国側の足並みが揃わなかった理由って!」
「声がでけぇよ。内通者を割り出すためだ。結局、痺れを切らした七星が同志を募り始めやがったけどな。こっちも仕方ねぇから、動きを制御するためにルリを間者として送り込んだってのが聖戦の本懐だ」
ルリの役目は
そのため【暴君】と党首とを切り離し、一気に懐まで潜り込んだものの、あと一歩及ばず三度目も取り逃がしてしまった。しかし、それも大戦時の教訓から爆破だけは阻止し、原本が残ったということだ。
そこでルリは、即興で魔法陣を組み立て、誰も入れないように細工した。だが、問題は誰が
こうして七年に及ぶ壮大な計画が始まった。
「事情は理解したけどさ、五英傑と協力できなかったの?」
同じ目的で行動するなら敵対する必要はない。むしろデメリットの方が多いと
「内通者が誰かわからねぇのに危ない橋が渡れるかよ。そもそも、やり方の違いがでけぇんだよ。犠牲者を出したくねぇ奴らと、犠牲者を出してでも確実にやりてぇ俺たちとじゃ相いれねぇ」
「それでもシュラ、私も犠牲者は出したくないって言ったらどうするつもりなのさ?」
言外に絶縁を突き付けるアイヴィーに、シュラはやはり動じない。むしろ、それすら想定内だと口角を吊り上げた。
「まぁ、てめぇなら、そう言うだろうな。言ったろ、犠牲者を出してでも確実にやりてぇって」
「どういう意味?」
真意を測れず、アイヴィーは怪訝な表情を浮かべるに留まる。
「簡単なことだ。てめぇは一時の仲間より、七年間寄り添った坊主を裏切れねぇってことだ」
そう言ったシュラは、薬品を注入していた手を止め、離れた位置で作業をしていたショウを呼びつけた。
突然のことに、ショウは何事かと顔を上げ、あどけない年相応の顔をシュラへと向けた。
「言い忘れてたが、さっきの正賞に禁術の開示があっただろ」
何を言い出すのかと訝しがるアイヴィーをよそにシュラは続ける。
「昔のように、魔法を使える体にしてやることもできる」
「えっ……」
寝耳に水な話にショウは瞳孔を開けたまま、思考を停止させた。
これに眉を逆ハの字に吊り上げたアイヴィーがシュラに食ってかかった。背後から肩に手をかけ、強引に振り向かせる。
「さすがにそれは聞き捨てならないよ、シュラ。シグレ先生でも治せない症状を、軽はずみにでも治せるとか言うな」
絶大な信頼を寄せる師匠への侮辱だと、さしものアイヴィーもこれだけは看過できなかった。
シュラは肩を締め上げるアイヴィーの手首を力尽くで払いのける。
力負けしたアイヴィーは一歩後方へ押しやられ、痛めた手首に手を当てる。上目遣いで睨み付けるアイヴィーを、シュラはわずかに残る黒目を向けた。
「勘違いすんじゃねぇ。俺は一言も治すなんざ言ってねぇんだよ。魔法を使える体にしてやると、そう言ったんだ」
そう吐き捨てたシュラは、ショウに向かって左腕を伸ばす。
「七年前、ここへ乗り込んだルリは、人造能力者の研究資料を押収した。今後同様の症例が出ねぇとも限らねぇからな。シグレに根治させるための任務を与える一方、俺たちは人造能力者に関する研究の解明を進めた」
空気が一変した。否、隠すのを辞めた、そういう感じだ。
突如として充満した濃密な殺意に、弟子であり部下であるユイですら全身の筋肉を縮こまらせる。
全てを飲み込むような魔王の魔力とはまるで違う。混じりっけなしの純然たる殺意。
一歩、また一歩とショウへと近づくにつれ、少年の発汗が加速する。呼吸は自然と荒く浅くなり、縛り付けられたように、視線は四白眼へと釘付けとなる。
この場にして唯一の自由を与えられた男が、腰に携えた獲物へと手をかけた。
ステルラ。最強の剣として名高い赤茶けた刀身の先を、ショウの顎先へと突き付ける。
「ショウ!」
キサの必死に抵抗が目に見えない束縛を跳ね除け、悲痛な声が地下通路に響き渡る。
だが、それも、一睨みだけで無力化されてしまう。歯を打ち鳴らし、本能が絶大的な強者への服従を選択する。
「シグレからは、てめぇの治療データを全て受け取ってる。運がいいことに、俺たちの手元には研究対象だった人造能力者の素体、五人も保護することができたしな」
ショウはすでに魔法陣の下書きを終わらせ、手薄な薬品の注入作業を手伝っていた。もしここで万が一シュラ以外が全滅したとしても、最悪、続きはシュラ一人でも事足りる。目的の
「俺たちなら、てめぇを元の体に戻すことができなくても、人造能力者として失敗作だった今の状態から、成功作へと改造することができる。もちろん、てめぇの失態で魔法が使えなくなったそこの小娘だって、もう一度魔法を使えるようにしてやる」
反論をさせない状況で、自らの意見のみを述べていく。この先に待つのは優位性を保持した上での理不尽な要求であるのは間違いない。
誰も反旗を翻せない。動けない。唇が渇く。
「いいか、この先にある
そして突き付けられる二択。
「さぁ、選べ。いまだ捕らえられた犠牲者を助けるために五英傑側につくか、浅輝葵沙那の力を取り戻すために国際魔導機関側につくのかをな!」
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