22話:五英傑
シュラとルーザスが魔王と戦闘を開始した同時刻、とある五人組の男女がボルディヘイブへと足を踏み入れていた。
「臭い映画でかかしが爆発した」
光沢のある煌びやかな銀の髪を揺らす女性は、そんな意味不明なことを口走った。
全身を覆う一枚の黒外套で身を包み、終端より覗く四肢がスラリと伸びる。切りそろえられた後ろ髪のおかげで、その細首も際立つ。決して不健康ではなく、骨格的に縦に長いことがそう見せるのだろう。
綺麗な海色の瞳に整った眉。
自然に囲まれた森の中で、切り株に座り読書をさせれば、さぞ絵になるに違いない。そこへ小鳥が囀る。なんとも幻想的だが、それを容易に想像できる女性像だ。
しかし、開口一番に出たのが、さきほどのあれである。
「いったいどういう状況っスか!?」
盛大にツッコミを入れたのは、金の双眸を剥いた青年だ。
瞳と同じ色をした短髪のいかにも好青年風の彼は、いわゆる軽装に近い。デッドスポット用の標準装備に近いが意匠の凝られた装飾が目を引く。何より黄金色に輝くそれらが普通でないことは一目瞭然だ。
「ラルティークさん、ラルティークさん。通訳します。『
両耳の後ろで結わえた二本の薄青色の髪をぴょこぴょこと揺らす様は、まるでそれ自体が生きているようにも見える。白地の布に青の刺繍が
これが役目とばかりに、女性はラルティークに屈託のない笑顔を向ける。
「毎回思うんスけど、なんでルリルリってエミエミの言葉わかるんスか」
肩を落とすラルティークに、ルリはその短い人差し指を桃色の唇に当て「うーん」と可愛く唸る。
「女の勘です!」
両拳を握り、胸の前で力を入れるルリは可憐な少女そのものだ。
「勘スか」
「はい、女の勘です!」
「……ん、いや、待つっス。ハイデンシティスポットならマナ濃くて当然じゃないっスか?」
「あら、本当ですね。不思議なこともあるものですね!」
「嘘じゃないっスか!?」
「ラティ、ルリ、二人は何話しテる?」
楽し気に話すラルティークとルリの会話に割って入ってきたのは、興味津々のエミリアだ。
「はい、ラルティークさんがエミリアさんの日本語が下手で困ると仰っています」
「ちょっ、ルリルリ、何言ってんスか!? オレ一言もそんなこと言ってないっスよね!?」
「うがあぁ!! ラティ、ワタシの日本語下手って言ったのカ!?」
ウキウキと全身で飛び跳ねるほど生き生きとしたルリに、発汗作用が働くほどに心拍数を上げたラルティークが吠える。そこへ
「だから言ってないっス。そりゃ、英語で話してくれたらいいなぁとは思うっスけど」
「英語ダメ! ワタシ、日本語ペラペラ」
両手を交差させ、エミリアは唇を尖らせて全否定する。
「どの口が言うっスか!?」
「意見のぶつかり合いは美しいものです。雨降って地固まると言いますし、友情を深めるためにももっと本音をぶつけましょう!」
「ルリルリは楽しんでるだけっスよね!?」
不幸は蜜の味とばかりに、
「――よーし、ということで、みんな、冒険はここから始まるよ! しゅっぱーつ!!」
と、長々と誰も聞いていない前口上を語っていた夕焼け色の髪を
返事がないのを不信がり、恐る恐る振り向く女性の後ろには誰もついてきていなかった。
「えええ!? なんで、どうしていないの!? んもう、ボクがリーダーなんだから全員ちゃんと着いてきてよ!」
すぐ後ろにいると思っていた彼女は、実に二分に及ぶ〝自分の中で良いこと言った〟を実践して悦に入っていた。それだけに顔を真っ赤にさせ、小さくなった
「いつも思うが、大丈夫なのかこのパーティーは……」
* * *
「はいはい、それでは準備しますよ」
そう言って、二度手を叩き仕切りだしたのはルリである。
「目標が
最後に小首を傾げ、二本の髪を揺らすと、全力で眉を
「チョウ……ケッカ、ジバ……ルリ話長い。何言っタ?」
「結界っスよ。エミエミは結界張る係っス」
「ケッカ? ラティ意味不明。それよりワタシ、焼肉で学校吹っ飛ばしたい」
「だから、どうやったら出来るんスか、それ!?」
目に力を入れ、真面目に訴えかけるエミリアに、ラルティークが面白いように反応する。
「ラルティークさん、ラルティークさん。通訳します。『そろそろ眠たいので、寝ていいですか?』とエミリアさんは仰っています」
「ダメに決まってるじゃないっスか!? むしろなんでいいと思ったんスか!?」
「ラティ、shut up」
「エミエミそれ英語っスよ!?」
「ラルティークさん、ラルティークさん。通訳します。『うるせぇんだよ、黙れ』とエミリアさんは仰っています」
「わかるっスよ!? なんでわざわざ通訳したんスか今!?」
早口で
エミリアの細指がラルティークの頬をつねりあげ、怒りを露わにする。
「ひたっいっふ」
舌も口も自由に回らず、ラルティークは思った通りの言葉が出せず、そんな風に言う。
「ラティ、ワタシにもっとズタボロに殴らせろ」
「ふぁんえ!?」
「ラルティークさん、ラルティークさん。通訳します。『ズタボロになるまで殴って泣かせたろか』とエミリアさんは仰っています。ワラ」
この日一番の笑顔と心の中の悪意を以って通訳するルリに、エミリアの手を逃れたラルティークがビシーっと指をさした。
「語尾にワラつける時のルリルリの通訳は嘘って知ってんスからね!」
「そんなことありませんよ。私の通訳は完璧です。ワラ」
「――いいよね、みんなはボク抜きで楽しんでさ」
少し離れた位置で膝をかかえ、指で地面に何やら文字を書いていた女性が呟いた。
キリっとした眉のせいもあって、ぱっと見は少年のような出で立ちだが、れっきとした女性だ。こめかみの下を通る簡易な額当て以外は、真っ赤な全身鎧による完全武装。腰に携えている虹色に染まる長剣は、世界に五振りしかないといわれるS級武器の七星剣だ。
完全にいじけてしまった自称リーダーの七星は、蚊帳の外とばかりに機嫌を損ねていた。
一度こうなってしまうと、なかなかやる気を取り戻してくれないことを、他のメンバーはよく知っていた。困ったな、と思っている一団を微量な振動が襲った。
「こっちの世界に地震があるはずないんスけどね」
今までの落ち着きのなかった青年とは思えないほど、持ち前の
同時に悪ふざけを心底楽しんでいたルリも、この時ばかりは仕切り役の顔つきに戻る。
「過去の事例から判断するに【暴君】の転移魔法の影響でしょう。おそらく下ですね」
指摘した刹那、地面が隆起した。正解は見てからのお楽しみだと、五人の前に出現したのは歴史上でもたったの二度しか確認されていない魔物の王であった。
「うっひゃー。でっかいスね。魔王見るの実は初めてなんスよね。聖戦の時はナナがさっくりやっちゃったっスからね」
手を額に当て、首の角度を変えつつ見上げるラルティークに影がかかっていく。
遂に全容を明らかにした魔王は、その体躯の差で
どうしようかとラルティークが頬を掻いていると、すでに眠気が限界なのか、フラフラとした足取りでエミリアが魔王の前に出た。
「腹踊りしてきた焼肉」
本人にしか理解できない謎の日本語を口にし、重くなったまぶたを一度袖で拭う。
次にまぶたが開いた刹那、エミリアの眼前に魔王の巨体をもゆうに超える魔法陣が出現した。
「ちゅっどーん」
あまりにも緊迫感の欠片もない一言だったが、その一言を契機にして、魔法陣から途轍もない破壊力の魔法が放たれた。
一撃で消し炭にしようかという威力が魔王を飲み込み、大きく吹き飛ばす。
それもそのはずである。なぜなら、今エミリアの放ったのは魔属性
エミリアは生まれながらにして、通常とは異なった形で脳が形成された人間である。サヴァン症候群を患っている彼女には、それを補う形で、とある能力が突出して発現した。
彼女の目覚めた新たな才能。それは、一度見たものは絶対に忘れないという映像記憶。
風間翔ですら五分はかかる弩級魔法の
賢人会第九席
【
効果:どんな
そこで本当に力尽きたエミリアは「おやすみ」と一言だけ言い残し、眠りについた。
だが、戦闘はまだ終わったわけではなかった。いくら弩級魔法でも、急所に当てられなければ魔王を一撃で倒せる通りはない。
超火力によって百メートルほど押し込まれた魔王だったが、黒焦げの肉体に鞭を撃ち立ち上がる。見る限り満身創痍であることに違いはないが、油断していい相手ではない。
「しょうがないっスね。エミエミ寝ちゃったんで次オレが行くっスわ。《
聖属性
鞘の中に格納された日本刀を模して造られたA級武器・森羅万象。
魔王の口腔上に魔力が収縮していく。
最大威力の魔砲だ。
「《神々の黄昏・浄化の清浄・滅して虚無へ》」
たったの三節にまで凝縮した詠唱破棄が、森羅万象に乗る。
「《
放たれる強大な魔砲を、ラルティークが抜刀術で迎え撃つ。
彼を包み込む強化と、新たに繰り出した超級形状維持型の二種類の聖属性が魔砲を分解していく。抜き放たれた刀は、分解されて霧散していこうとするマナを吸着し肥大化を始めた。
時間にして〇.〇一秒に満たない抜刀。
振りぬかれた森羅万象の刃渡りは、優に七メートルは超えるサイズにまで膨れ上がっていた。当然、魔砲は瞬きほどの間に全て分解切って捨てられている。
「お、思ったより、おっきくなったっスね」
魔砲のマナを吸収し、
迎撃しようとする魔王の腕をすれ違い様に一閃、肩から先を切り落とす。
賢人会第十席
【
効果:聖属性で浄化した魔法を、己の武器に吸着させ攻撃力を上げる技術
「どうしましょうか? 私たちも参加しますか?」
「この状況で参加しないとなると、俺たちの存在意義を問わなければならなくなる」
やや面倒臭そうに、無造作に金髪を跳ねさせた男性がそう言う。首の後ろに手を添えながらルリに先んじて一歩前に出ると、ちらりと顔だけを後ろに向け、
「女性優遇で先にやるか?」
「いえいえ、お気遣いなさらずに氷室さんがお先にどうぞ。あ、でも、できれば服を汚したくないので、動けないように魔王さんの四肢を駄目にして頂けるとすごく嬉しいです」
笑顔を絶やさず、そして丁寧な口調で、それでいて笑えない要求をルリが口にする。
それもいつものことだと、氷室はダルそうに魔王へと一足飛びに接近していく。それを後からルリがルンルンと鼻歌混じりに軽快なステップで追いかける。
魔王との距離がわずかとなったタイミングで、氷室が二種類の魔法を
「《
淡々と作業を熟すように、氷室はダメージ特化の生属性
そのやる気を感じさせない声音とは裏腹に、目にもとまらぬ超速の五連斬を魔王に浴びせた。
一瞬で魂を持っていかれるほどの攻撃を受けた魔王は、両膝を地面につけ、だらりと肩を脱力させてしまう。
賢人会第三席
【
固有技術:強制進化
効果:不明
氷室の強制的な魂の剥離を受けた魔王の瞳に生命の色はない。
「それでは、不肖、
スカートの裾を両手で掴み、優雅に一礼をする。
これなら反撃は受けないだろうと判断したルリは、軽やかなステップを踏み、最後に魔王の胸の高さにまで跳躍。握り込んだ右拳を振りかぶる。
「
二種類の高級魔法を付与させた細腕が、魔王の分厚い胸板を叩く。衝撃によって本来は後方へ押しやられるが、ルリの拳から発せられる重力によって逆に引きつけられる。
一切の衝撃を受け流せず、打撃特性を持つ地魔法の強烈な破壊力がまともに入った。
しかし、これで終わりではなかった。
付与とは、形状維持型と違い常時発動させている必要はない。一度付与として発生させてしまえば、効果が切れるまで永続的に効果が持続するのだ。
だが、ルリの付与は少し違う。
初心者の付与は形状維持型との中間になることが多い。いわゆる宙に浮いた状態であり、上手く効果を張り付けることができないのだ。ルリは、わざとこの中途半端な状態で施す。
張り付けるのではなく、上から押さえつけて無理やり張り付けを維持する。
するとどうなるのというと、ちょっとした衝撃で元の形へ戻るのだ。
「
打撃に触発されたことで、ルリの拳から二種類の魔法が解き放たれた。時間にしてほぼルリの拳打と同タイミングで高級魔法が最接近状態から襲いかかる。それこそ弩級魔法の直撃となんら遜色ない暴力が、魔王の核を露出させた。
大賢者(元賢人会第四席)
【
固有技術:
効果:強制的に二連打を叩き込むことで、威力を倍加させる技術
「――もう、みんな、ボクをのけ者にするなんてズルいんだよ!」
勇者然とした女性が魔王へと歩みを進める。
「七星さんのために見せ場は残しておきました」
「さっさとやれ。俺たちの目的は他にあるからな」
敬意を払うルリは通りすぎる女性に頭を垂れ、氷室は変わらず覇気のない声をかける。
「ナナ、美味しいとこどりっスか?」
最後に愛刀の峰を肩の上で躍らせているラルティークの横を抜けていく。
数々の激戦を共に潜り抜けてきた七星剣を一つ振るう。
風を切り、魔王の正面に七星が立つ。
「いっくよーー! えいっ!!」
格好良さとは無縁の掛け声と共に、七星が突き上げた剣が縦に振り下ろされた。
こんな短い武器では、そもそも魔王には届きはしない。しかし、七星が英雄とされるのには、実力以上に、この勇者像こそが全てを物語っていた。
天を割らんばかりの巨大な光が七星剣に纏わり、ラルティークの森羅万象をも超える大きさへと変化する。
七星は数少ない先天性魔力異常症患者だ。
その膨大な魔法力から放たれる
度重なる攻撃で魔王が弱っていたのは事実だ。七星の持つ装備には攻撃力を増幅させる
魔王をたった一撃で頭から股にかけ一刀両断に割る様を――
賢人会第一席
【
固有技術:
効果:不明
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