23話:一時の団欒
ショウはひたすら困っていた。
自身の太ももの上でキサが寝息を立て始めてからすでに二時間が経過していた。頃合いとしては、階下の二人も目を覚ましているはずだが、上がってこないのは話の邪魔をしないよう気づかっているのだろう。
それが今は非常に迷惑でもある。
キサが寝返りをうち、背中をショウへと向ける。
すると露わになった青い線が視界に入った。慌てて視線を逸らすが、もぞもぞと動くキサを意識せずにはいられず動悸が激しくなる。
こうして黙っていればキサは文句のつけどころのない美少女だ。彼女とお近づきになりたいと願う人間は多く、それが返って常に一緒に行動するショウへの妬みとなる。煩わしいと思う反面、それが優越感となっているのもまた事実だ。
幼少の頃より魔法使いとして頭角を現し、様々な記録を樹立してきた。次期賢者候補でもあるA級大魔導士がどうして最下級のD級魔法使いを相手にするのかと、自答したことがないわけではない。
ショウに向けられるのは、いつも侮蔑したものばかり。シグレやアイヴィーなどの例外はあるが、決まって彼の事情を知っている人たちだ。
知った上でショウと共にいる。しかし、キサだけは違う。一緒にいて、そこから全てを知った側なのだ。
ずっと疑問に思っていた。最初からキサのショウへ向ける目は他とは明らかに違っていたことに。
魔導試験で不戦敗を続ける不届き者。顔と名前が割れているからこそ、キサがショウの存在に気づいたことに疑問はなかった。
興味本位ならそれっきりの関係だったはずだ。でも、そうならなかった。
魔法使いであることを隠し、ただの同級生を演じていた入学当初。
クラスが違う中、何かと理由をつけて教室まで来て話しかけてきた春。
周りの視線に耐え兼ね、無視しているのに付け回し、付け回される日々。それが狭間の世界に及ぶようになり始めてショウはキサが魔法使いであることを知った。
わからなかった。
ただの一般人なら、魔法使いとしての素性を知らなければキサの態度も交友関係の一つで理解も可能だった。だが、一方的に拒絶していたショウを付け回す理由がない。逆に魔法使いとして知っていたなら、彼女の行動に一貫性がなくなる。
「キサは……どうして僕にあんな顔を向けられたんだ?」
静かに寝息を立てるキサの横顔を眺めながら、思わずショウの本音が漏れた。
日の当たり具合よっては赤茶けた色に見えるキサの髪を撫でる。伏せられた睫毛が揺れ、少女の愛らしい眼を現実へと解き放つ。
焦点の定まらない瞳が、見下ろす少年の視線に引き寄せられる。
絡み合う眼と眼。先にこの状況の危うさに気づいたショウは頬を引き攣らせ、遅れてキサの眉間に谷間が形成されていく。
「お、おはよう」
苦し紛れに絞り出したショウの言葉に、キサが満面の笑みで迎える。極めてご機嫌に、その美貌を生かして、なのに心はちっとも笑っていない歪な笑顔だ。
もはや隠そうともしない露出した背面の誘惑に、ショウは必至に抗う。
言い逃れはもはや不可能。目を逸らした瞬間、死が確定するだろう。ショウの全身という全身から危険信号が灯り警戒が鳴り響く。
「何か言うことは?」
一言。全てはそこに詰まっていた。この返答が最後の命綱であることをショウは悟った。
ごくりと喉を鳴らす。口腔が乾く。それでも果敢に運命を決定づける答えに挑まなくてはならなかった。
「に、似合ってると思います」
二秒後、キサの右腕から放たれたアッパーがショウの左脇腹を崩壊させた。
* * *
激痛にもんどりを打っていたショウだったが、痛みが引いて来た脇腹を擦りながら起き上がる。
すでにキサは正面で胡坐をかき、険しい表情でショウを睨み付けていた。
「ど、努力はしたんだよ」
無言のまま視線という凶器を突き刺す。
「いや、ほら、見えるって思ったら、つい出来心で」
「破ったのあんただけどね」
「はい、すみません……」
戦意を喪失したショウは、ただひたすらに小さくなっていく。
そこへ、状況を一転させる出来事が起こった。
「入るよー」
聞きなれた声と、扉を叩く音。
両開きの扉の間から、ひょっこりと顔を出したのは、前日比二十%増しの寝癖をつけたアイヴィーであった。
* * *
「味気ない……」
「文句言うんだったら、食べなくて良いんだよー、ショウ坊?」
「いえ、食べます」
中央に盛られた葉っぱを一掴みし、口の中に放り込み咀嚼する。一噛み、二噛みと繰り返すうちに、ショウは渋面を作っていく。
サバイバルはお手の物とは、アイヴィー談だ。
常に最悪を想定して動く彼女の鞄の中には、ありとあらゆる物が詰め込まれている。元は
最小限の荷物で食料は現地栽培。過酷な過去を生き抜いてきた彼女ならではの生存技術だ。
栄養価の高さを優先しているせいで、味は良くない。むしろ悪い。とくかく苦いの一言に尽きる。
他の二人も口には出さないが、表情はどこか固い。
「てか、アイヴィーさんは食べずに何してるんですか?」
アイヴィーは食事も取らず何やらガサゴソと作業を続けていた。すでに今回食べる量の草は四人が囲う円陣の中央に盛られている。
「んー、サバイバル生活ではちょっとの無駄が命取りになるからねー。これが次の肥料になるんだよ」
言いつつ、空になった試験管を握り、底を使って花弁をすり潰していく。
すでに種は採取済みで、次に食べる時用のストックとして瓶に詰めている。
一通り片付け終えると、アイヴィーも中央に盛られた葉っぱを掴み、口へと運んだ。
「まずっ」
「文句言うなら食うなって言った張本人ですよね」
「うるさいなぁ。まずいものはまずいんだよー」
一度食べかけた葉っぱを戻し、皿代わりにしていた紙ごと一旦脇にずらした。
「何してるんですか?」
「まずいから、ちょっと味整える」
言いながら、何かと使えるからと収集していた枝を重ね、その上に外した胸当てを裏返しにして置く。
水を並々と注ぐと、次に大きめの板を選び両端を足の裏で押さえる。手にした枝を中央に当てると、両手を前後に擦りながら枝を高速で回転させる。
何をするのと思えば、この近代文明真っ盛りのご時世に、原始的な火起こしを始めた。
随分と手慣れたもので、ものの数秒で煙があがり始める。出来上がった火だねを一度枯葉に移し、枝山の中へとくべる。
パチパチと音を立て、胸当ての中の水の温度が上昇していく。
最後に、沸騰した水の中へ、よけていた葉っぱと、何種類かの粉を入れて煮込む。
具材は、謎の葉っぱだけの簡素なものだが、調味料として投じた粉が香しい匂いを放ち鼻孔を
「うん、よし、できた――てか何?」
指をひと舐めし、スープの出来を確認したアイヴィーだったが、注目を浴びていることに気づき
「できたじゃなくて、何作ってるんですか?」
「何って見ればわかるよね? スープだよ」
「ええ、見ればわかりますよ見れば。そうじゃなくて、そういうのがあるなら、どうして生で食わせたんですか」
ショウの言葉にキサとユイも首肯する。
「私だって、ちゃんと一口食べたかんね。思ったより食べにくかったから食べやすいようにしただけで、責められるは心外だなー」
「食べたって言っても、本当に一口だけでしょ!?」
「さっきから文句多いなぁ。一口でも食べたもんは食べたんだよ! そんなに言うなら、じゃあ、食べていいよ」
渋々差し出した器をショウが受け取ろうと手の伸ばしたところで、キサが待ったをかける。
「ショウ、あんた本気で食べる気じゃないでしょうね?」
「え、食べるけど何で? 何かダメなの? キサも食べたそうにしてただろ」
何か問題があるのかと、状況をのみ込めないショウが眉を
「こほんっ、うむ、ショウ君には悪いがここは遠慮してもらいたいものだな」
「え、ユイさんまでどうしたんですか。え、何、まじでわかんないんだけど、どういうこと?」
予期せぬ援護射撃に、ますます訳が分からないと困惑するショウ。同じく疑問符を浮かべるアイヴィーの手をキサが押し返し、スープが彼女の元へと返される。
結局食べたいのか食べたくないのかどっちだよと、アイヴィーがスープを持て余していると、キサが突然彼女に迫った。
「アイヴィーさんはもうちょっと恥じらいを覚えて下さい。胸当てで作ったスープとか何も感じないんですか」
「これが一番効率がいいんだよー。食器にも料理器具にもなるし、何よりこの流線形がスープ作るのに適してるんだって。食器とか持ち歩くと邪魔になるだけでしょー」
「それは分かりますけど、アイヴィーさんはちょっと効率優先が過ぎるんですよ。使うとしてもせめて自分だけか、女子相手にして下さい! 男の子に使わないで!」
「もー、細かいなー、私は別に気にしないのにー」
「わ・た・し・が気にするんです!」
「わかったってー、もー」
本気で嫌そうにするアイヴィーが結局一人で、冷め始めたスープを食すのだった。
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