幕間 ~画策する影~

16話:それはあまりに大きな代償

 大理石を一面に敷きつけた様は、威厳を保つためのものだ。

 通路一つとっても、意匠を凝らした作りが視界に飛び込んでくる。等間隔で左右に並ぶ円柱には、防御結界の役割を持つ魔法文字ルーンが彫り込まれ、中央部には魔石が埋まる。柱一つだけでも、常人なら卒倒する規模の資金が投じられている。

 銀色の魔法防具に身を包んだ男の足音が鳴り響く。動きやすさを重視した特注品であるそれは、至る場所に魔石や魔法文字ルーンが彫られ、十億エイスは下らないであることは明白だ。

 男性にしては長い黒髪は肩甲骨にまで届く。後姿からは女性にすら見えてしまうほどの美しさだが、彼の顔を見れば子供は泣き出してしまうだろう。

 世にも珍しい四白眼しはくがんを宿し、切れ長の目尻が凶悪な面貌を生み出す。

 急遽入った女性からの通信に、男は廊下に出ていたが、今は再び扉を開き元の部屋へ戻ってきたところだ。


「どうであった?」


 男の入室に、部屋の最奥から少女が声をかけた。

 年のころは十歳前後。やや光彩の弱い瞳は男とは対照的に目尻が垂れ下がり、小動物のような印象さえ与える。ともすれば背景と同化してしまうのではと思わせる透き通る肌。この世のけがれを知らない純白のシフォンワンピースは、上質な絹で織り込まれ、わずかに脱色した黒い髪が服の上で踊る。完全に、白と黒のモノトーンカラーを象る少女だが、幼さは一切ない。

 口にした声音には、まるで神聖な力を宿しているのかと錯覚させる力強さがある。


計画外の非常事態イレギュラーだ。魔王が動くなんざ聞いてねぇぞ?」


 苛立った感情を隠すことなく男が抗議の声を上げる。


「何事も例外は付き物だ。妾とて万能ではないのでな」


「それで振り回されんのは、こっちなんだぞ? で、どうすんだよ。ユイには計画続行を伝えたが、七年前とは状況がちげぇ」


 男の言葉に、少女は「ほう」と予測していた結末に笑みを浮かべる。


「ならば、【戦乙女ワルキューレ】は?」


「ああ、中毒症状だけじゃなくが出たって話だ。風間翔と同じで、もう魔法は使えねぇだろうって話だ」


 面倒なことになったと、男はキメの細かい髪を掻く。


「問題は聖戦の英雄どもだ。当初の計画なら、フォレッタ領の障壁ゲートを非活性化して水面下で動くって手はずだったのが、ぶっ壊されたせいで大事になった」


「過ぎたことを悔いても仕方あるまい。して、英雄たちの動きはどうなっておる?」


「すでに捜索隊が結成された。言われた通り周囲の障壁ゲートは全部非活性化させたから、行くとすりゃ、ボルディヘイブからだ。邪魔が入ると面倒だぞ?」


 計画続行を強行したのは失策だったと言外に伝える男だが、少女は涼しい顔で受け流す。


「問題はない。七年かけたこの計画にはあの少年が必要不可欠なのだ。に刻まれた精霊文字ヒエログリフを解読するには、神聖文字ヒエラティック魔法文字ルーンを読み書きできる少年でなければな。そのための誘導はできておるのだろうな?」


「それこそ愚問ってもんだろうが。南障壁ゲートまで非活性化された状態じゃデッドスポットからの脱出方法はねぇ。そうなりゃ、アイヴィーがいる。奴なら、唯一の避難場所セーフティゾーンのあの場所へ向かうはずだ。そのために職員に働きかけてんだからな」


 時間との戦い以外に障害はないと男は言う。逆にそれこそが最大の障害だと告げる。


「英雄どもの件はそっちでなんとかしろ」


 男はそれだけ言い残し、翻る。扉に手を添え、出て行こうとしたところで、少女が呼び止めた。


「【悪魔の人格シュラ】よ」


 身体の向きはそのままに、シュラと呼ばれた男は四白眼の顔で振り返る。


計画プランをBに変更する。そなたならこれだけで妾の真意は伝わるな?」


「ちっ、面倒ごとばかり押し付けやがる。たくっ……」


 愚痴を零しながらも、シュラは指示通り部屋を後にするとデッドスポットへ向かって行った。







 魔導歴十一年三月二十七日、月曜日――


 世界が大きく動こうとする中、精霊は、浅輝葵沙那から魔法を取り上げた――

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