ケモ耳娘走りました
「読むなとは言わないが、今日は漫画散らかすなよ?」
「分かってますよ。同じ失敗は繰り返しませんって」
心配されながらも、私は笑顔で春斗さんを見送った。
ふふふ。賢い私は同じミスは繰り返しません!
「さてさて。今日も家事を終わらせますか……ん?」
ふと、机に目をやると、そこには春斗さんの財布が置きっぱなしになっていた。
おそらく忘れていってしまったのだろう。と言うか、仕事に行くのに財布を置いていくなんてありえない。
「仕方ありませんねぇ」
幸運なことに、私には犬の性質が備わっている。細かい詳細は省くとして、それは運動神経も例外ではない。今から走れば数分で追い付くだろう。
が、同時に女の子の性質も備わっているため、ジャージ姿では羞恥心に負けて外に出られそうにない。
「あ」
私は一昨日服を買ってもらった事を思いだし、すぐに着替える。
尻尾穴は無いが、スカートを履き、尻尾を腰に巻く。さらにコートで巻いた尻尾を隠し、最後にキャスケットを被り、完全に犬の特徴を隠す。
「欠点は、梅雨にコートは少しばかり暑いことですね」
もうすぐ夏だというのにコートが買えた理由は、冬の売れ残りで安くなっていたと言うところだ。普通に買ったら、万はいくだろう。
「さて、後は鍵ですかね」
玄関に行ってみると、げた箱に付けられたフックに合い鍵が掛かっていた。
私は鍵と財布をしっかりと握りしめ、最寄りのバス停を目指して走った。
いやぁ、久々の全力疾走は気持ち良いですね。頬に汗が伝ってくる。
まだ、まだ足りない。
足の踏み切りを強くし、地面を思い切り蹴り続ける。
さすがに車との平走は出来ないが、自転車なら良い勝負が出来ると思う。
本気で走って数分くらいか。目的のバス停が見えてきた。
しかし、今まさに、バスが到着しようとしている。
私は体に鞭をうちつけ、さらに速度をあげる。
「春斗さ~ん!」
「……ん!?」
バスが到着するのと春斗さんが私に気が付くのはほぼ同時だった。
ドアが開くとともに、ほかに待っていた人たち約二十人ほどがバスに乗り込む。今の時間帯は通勤・通学で利用者が多いのだろう。
半分くらいの人が乗ったあたりで、私は春斗さんに追い付いた。
「はぁ~、はぁ~……」
膝に手を当て、息を切らしながらも私はお財布を春斗さんに渡す。
春斗さんは目を丸くしながらも鞄を確認。財布が無いことを確認したらしい。
「わ、悪い。まさか財布忘れてるとは思わなくて」
「い、いえ。これも忠犬の役目と思えば、なんて事はないです。はい、早くしないとバスが行ってしまいますよ」
私が早く乗り込むように促すと、春斗さんは何か考え込むような素振りを見せてから、運転手に驚きの言葉を放った。
「すみません!バスを出してください!」
「え!?」
私が驚くと同時に、バスの扉は閉まり、駅に向かって走り出してしまった。
「は、春斗さん!いったい何をしているんですか!?これじゃあ、私が何のために走ってきたか分からなくなるじゃないですか!」
「まあまあ。落ち付けって。とりあえず座れよ」
私を無理矢理ベンチに座らせ、すぐ近くにある自動販売機でスポーツドリンクを買い、渡してくる。
「飲んで良いぞ?俺からのお礼のつもりだ」
「あ、ありがとうございます。って!そうではなくて、仕事はどうするんですか!?」
激情する私の頭に、春斗さんは手を置いてくる。
キャスケット越しに撫でられているのに、それはとても心地よいものだった。
「安心しろ。この時間帯は、利用者が多いって理由で十分後にもう一度来る。それに、普段駅についてもそこから十五分は待っているんだ。いつもはもしもの事を考えて早く行っているが、五分の空きさえあれば十分だよ」
そう言って、春斗さんはにこりと笑った。
……あれ?何でしょう。心無しか、心臓が以上に早く鼓動を打っている気がします。
「ん?あずき、顔真っ赤だぞ」
「ふぇ!?」
思わず、奇妙な声を挙げてしまった。
すぐに顔を反らし、手で覆うように隠す。
「お、おい、どうした?具合悪いのか?」
「べ、別に何でもありませんよ!あ、ほら、バス来ましたよ!私は帰って家事をします。お仕事頑張ってください!」
「あ、おい!」
私は制止させようとする春斗さんの声を無視し、その場から逃げ出すように走り去った。
「この間、春斗さんに女の子慣れしてないと言いましたが、私も大概でした!」
私は先も通った裏路地をゆっくり歩きながら羞恥で顔を染めた。
うう、いくらなんでも、出会って一週間もたってない人の行動に頬を染めてしまうとは、いつから私はチョロインと化したのでしょうか。
身悶えながら裏路地を進んでいく。
「……ごめんなさい」
「え?きゃ!」
不意に聞こえた高めの声で我に返る。それと同時に腕に何かがぶつかった。誰かが走り去ったのだ。
振り返り、確認してみると後ろ姿しかわからないが黒のパーカーにフードを被り、ショートパンツを着用した小柄な少女だ。
「畜生!またやられた!」
続いて走ってきたのは額に捻ったはちまきを、腰に魚とプリンとされた灰色のエプロンを付けた体格の良いおじさんだった。
「何か、あったんですか?」
「盗みだよ。あのガキ、ウチの商売の魚を盗みやがったんだ。しかも、何度もな」
おじさんはもう一度だけ悪態を付くと、踵を返して行ってしまった。
世の中物騒ですね。
私はゆっくりと、アパートに向かって歩きだした
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