甘苦いクッキーを作ろう
@tororo240
こうこう、これこれ二年生
差すのは月明かりでこそあれ、そこに夜の帳が落ちたと例える程の暗さはない。
眼が闇夜の暗澹に慣れていて、却ってその視覚的な静寂に安堵すら覚える。ふと、そんな中に水を差す街灯が目に入るけれど、これもまたこの住宅地の清閑に一花添えていると思えば、愛おしくすらある。
自他共に音の無いこの空虚さが、普段の喧騒も相まって、尚のこと映える。
田舎のそれとは相容れない、どことなく俗物的な風情を、肌を撫でる冷ややかな風と共に感じていた。
肌寒い、でもそれが良い。
おおよそ、もう丑の刻を過ぎた辺りに思える。
自転車の車輪の音の他には刺激の無い路地は、物思いに格好の場で、誂えたかのよう。
――さて、こんなことをしてはいるけれど、私は純然な女子、それも高校生だったりする。更に言うなら、非行なんて以ての外の模範的な学徒ですらある。たった今この時に道を外れただなんてこともなくて、品性はきちんと胸の中に納まっている。
学業も、人付き合いも、如才無いと言えなくはないし、現にそこそこ頭は良かったりするんだけれど。
ただ、浮浪したかっただけで、ただ、放浪したかっただけで。
とにかく、虚しくなりたくて。
その一心を抱いて、こうして夜闇に身を委ねている。
自分でも、道理が分からない。
ただ無邪気に、それこそ子供みたいに、何となく今を過ごしたい。
まだ齢も十七にして、どうやら私は放浪癖という奴に罹ってしまったらしい。
「……この思いは、何なんだろう」
人も、文明も、何だって眠ってるのに、それに歯向かって闇を、瞼を裂くことが、こんなに昂ぶるなんて。
一面に落とし込まれた黒に染まらないで、けれどそれを楽しんで、どうかしている。
思春期だから、か。
痛々しいから、なのか。
よく分からない。
でも、分からないからこそ、それに惹かれているような気もする。
その証拠にかれこれ、こうして当て所なく彷徨うことも幾度と重ねてきたけれど、何を望んでやっているのかは判然としないし、それで渇望が消えることもない。
こうして不明瞭に惑わされ、また心は虚無感を覚えていく。
そうして……何かが抜けていく――と。
そこまで意識が溶けた辺りで、車輪は人気の残り香を踏んだ。
ともなって、耳に。自分の車輪とは違えた、粗野な音が叩きつけられる。
どうやら、大通りに出たらしい。丁度良いから、今日はこれくらいにしようかな。
さっきまでの感慨も、マフラーから漏れる雑音に晒される頃には、最早どこかへ消え失せていた。
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