distance of mind
冬水涙
~1~
「
放課後の教室でクラスメイトの
そんな石川と関わりたくない僕は、いつものように自分の財布から千円札を取り出して、石川に差し出した。
「流石、上本。よくわかってるな。来週もよろしく」
石川は笑顔で僕の手から千円札を奪い取ると、取り巻きの二人を連れて去って行った。誰も居なくなった教室で平穏を取り戻した僕は、自分の席に座って物思いにふける。
ずっと思っていたことがある。
お金は物事を解決するために一番手っ取り早い手段だと。お金さえあれば、誰とでもうまくやっていける。関わりたくない奴だって、笑顔にさせることができる。実際に石川は笑顔で帰っていった。僕の前からあっさりといなくなった。
お金は人の心を変える力がある。
僕と石川の関係は千円札一枚で成り立っていた。だからこそ、僕がお金を渡すことに難色を示したらどうなるか。その答えは誰もが簡単に想像できた。石川は暴力という武器を使って、僕からお金を奪い取るはずだ。
僕だって石川と同じ高校二年生。石川一人だけなら、少しの抵抗はできたかもしれない。
でも、石川の周りには必ず取り巻きがいた。名前も知らない二人が、石川といつも行動を共にしている。僕が石川に歯向かうものなら、容赦なく三人で僕を痛めつけてくるだろう。だからこそ自分の平穏を守るためにも、僕は今の関係を続けないといけなかった。
「
快活な声が教室内に響いた。僕はその声の主を知っている。
「なんだよ、由実」
振り返った先に上機嫌な
「一緒に帰ろう」
笑顔を向けてくる由実を一瞥し、僕は何も言わずに鞄を手に持つと教室を後にした。
自宅までの帰り道を歩いていると、後ろをついてくるだけだった由実が僕の隣までやってきた。
「あのさ」
由実は何か言いたそうに僕の顔を見つめてくる。
「何だよ。言いたいことがあるなら早く言えよ」
僕の一言に由実は躊躇いながらも口を開いた。
「今日も石川君に……取られたの?」
「……取られてない。あげたんだ」
由実は僕を見つめると、はっきりと言った。
「そんな関係駄目だよ」
「駄目じゃない。あいつにお金をあげれば、すべて解決することなんだ」
僕は由実の意見を否定した。実際にお金をあげることで、石川との問題は解決していたから。
そもそも僕はお金には困っていなかった。高校に入ってから、学校のある日は毎日千円札が母さんから支給されたから。
高校生のお昼に千円札は高額だった。学食のスペシャルランチを頼んでも、お釣りがくる値段。普段からお金を使うことに執着がなかった僕の財布は、月日を重ねた分だけ膨らんでいった。
僕はその膨らみを見るのが嫌だった。それも石川にお金をあげる理由の一つにあたる。
そんな僕の態度が気に入らなかったのか、由実は僕の前に仁王立ちすると怒り口調で言った。
「そのお金って、
「もらったお金をどう使うかは僕の自由だろ。由実には関係のないこ――」
「関係あるよ!」
僕の言葉を遮り、由実は声を発した。その勢いに僕は少しの間、固まっていた。
「何で関係あるんだよ」
「それは……」
由実は咄嗟に僕から視線を逸らした。いつも真っ直ぐ向かってくる由実が初めて見せる仕草に、僕は動揺を隠せなかった。
暫くの沈黙の後、由実は僕を見つめて口を開いた。
「悠馬のことが……好きだから」
由実の言葉に、僕は頭が真っ白になった。
「だ、だって僕達は幼馴染で……」
「そうだよ。悠馬と私は幼馴染」
動揺している僕とは打って変わって、由実は淡々と言葉を紡いでいく。
「幼馴染だけど、私はそれ以上の関係になりたいって、ずっと思ってた」
初めて由実の気持ちを知った。今までずっと一緒にいたのに、気づかなかった。
僕は改めて由実を見る。由実は今でも真っ直ぐな視線を僕に向けている。
「でも、悠馬が石川君と今の関係を続けているのは嫌だ。そんな悠馬、見たくない」
訴えかけてくるような由実の瞳から、僕はたまらず視線を逸らした。
由実の言っていることは正しい。僕自身それは理解しているつもりだ。お金で作る関係は上手くいかない。だって僕の人間関係は、上手くいっていないことばかりだから。
それでも。
「……由実にとやかく言われたくない。石川とは今の関係でいいんだ」
「悠馬……」
「ごめん。今日は一人で帰る。また明日」
そう言い残した僕は、由実の前から逃げるように走り去った。
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