第6話

 5000兆円をあっという間に、しかも楽に手に入れる方法を教えてあげます――貧乳かつ童顔の女神ライラから教えて貰った情報は、嘘偽りが一切ない、間違いなく正確なものだった。瞬間移動で乗り込んだ遥か遠くの山奥にはたくさんの研究用の機材が並び、怯えた科学者たちがその中に大勢潜み、そして一番奥には宝石を次々に創り出してくれる美しい王女の『クローン』が転生者の男の助けを待っていたのだ。だがその過程で、彼はある致命的なミスを犯していた。あの女を開放してはならない、むやみに扱うと危険である――そう懸命に忠告した科学者たちの言葉に、一切耳を貸さなかったのだ。


 その警告が真実であった事を示すかのように、結界の中をぎっしりと何重にも埋め尽くし、男の動きを完全に封じてしまった同じ形に統一された王女の大群を見下ろしながら、女神は呆れ交じりの口調で彼に告げた。あの時、どうして科学者たちの懸命の訴えをしっかりと聞かなかったのか、と。当然ながら彼は女神の言葉に真っ向から反発し、あのような悪党の言葉に耳を貸す必要なんてあったのか、そもそも事前にアドバイスをしなかった女神も悪い、と自分のことを完全に棚に上げて怒りの言葉を吐いたのである。

 だが、そんな彼に追い打ちをかけるかのように、女神は更に言葉を返した。


「私も伝えたい言葉があります。貴方は5000兆円を手に入れたいと願い、私から様々な能力を貰いました。その力で、どうしてもっとこれらのクローンを観察しなかったのですか?」

「うっ……!!」


 美貌と大金の欲望にかられ、後先考えずに目の前の研究材料を外部に解放してしまった、という言葉を突きつけられた男は、言葉に詰まってしまった。分け与えて貰った叡智を活かせないままこのような事態を招いてしまった事実を否定する事はすなわち自分が折角授かった力を活かしきれなかったと言う事実を女神にばらしてしまう事になる為、流石の彼にも出来なかったのである。

 それでも自分は騙された被害者であるという信念を曲げたくない、と言わんばかりに顔を歪め続ける男を見た女神は、この結界の中で起きている事態――王女があれよあれよと無限に増殖し続けるという異常な光景の種明かしを始めた。本来なら、男が魔法の力で既に調べつくしているはずの内容を。



「……科学者たちがこの『クローン』を利用して宝石牧場を創り出そうとしたと言う解説は覚えていますか?」

「忘れるわけねえだろ……その言葉で俺はこいつらを救う羽目になったんだからな……!!」


「ええ、そうでしたね……。ですが、その時既にこの『クローン』は、科学者たちによってある改造を施されていたのです。

 貴方が元居た世界の言葉で例えますと……そうですね、『』でしょうか」

「遺伝子……改造!?はぁ!?」



 元々この王女を含んだ古代の種族は、自分自身が体に受けた様々な外部刺激――言うなればを外部に発散するためにそれらを『宝石』として凝縮し、外に放出する不思議な仕組みが備わっていた。科学者たちはその王女をクローンとして蘇らせた際、更に大量の宝石を創り出す牧場計画を推し進めるため、外部からの刺激を受けた際に宝石のみならず、新たな『自分自身』をも創造する力を植え付けたのである。暴力や誹謗中傷、様々なストレスを受けさせられる度に、王女はあの煌びやかな宝石を創り出すのと同時にそれらの恐怖から逃れるかのように新たな自分も同時に生み出し続け、悪徳科学者たちが思い描いていた無限に宝石が実り続ける光景を実現させようとしていた、というわけである。


「なんだよそれ……じゃあ何であの時王女は1人しかいなかったんだよ……?」

「多分分裂に失敗して命を落としたか、さもなくばその命を科学者たちに……」


「それ以上は言うな!!畜生、さっきの俺がやった光景と一緒じゃねーか……!!」

「さっきの……まあいいでしょう、ともかくそのような力を持っていたのは事実です。認めますね?」



 認めるも何も、こうやって数えきれないほどに王女が増え、笑顔で押し寄せてくる光景がどこまでも広がるのを見れば、認める以外に選択肢は存在しなかった。だが、それでも男は女神に言葉で噛みつき続けていた。暴力という名のストレスを与え、自分たちが施した改造の成果を得ようとしていた悪の科学者とは異なり、自分はどこまでも彼女に優しく尽くしたし、そもそもそのような過酷な運命から救ったという実績もある。なぜそのような自分の親切に対してストレスを抱かなければならないのか――。



「……!!」



 ――そこまで口に出した瞬間、彼はようやく自らの叡智を働かせ、この事態を招いた本当の理由に気付いてしまった。


 王女が次々に増え、その状況に混乱しまくった際、彼は心の中でこう感じた。大量の巨乳や笑顔、そして宝石に埋もれるというのは非常に嬉しい事は否定しないが、流石にその喜びが大きすぎるのは体に毒――すなわちに繋がってしまう、と。それは、大量に増えながら今までにないほどの喜びを見せ続ける王女の大群も同様だった。苦しく辛い目にしか遭わなかった自分に対して優しく接し、更に暖かいお風呂や大きな家まで用意してくれた事は、彼女にとってあまりに嬉しすぎて『毒』になるレベルの出来事だったのである。そして、その喜びを体の中に貯めておく事ができず、宝石として発散するのと同時にあの科学者たちによって改造された遺伝子までフル稼働してしまい、次々に新たな王女が増殖し続ける結果になってしまったのだ。



「あ、あ、あ……じゃ、じゃぁ……」

「……ふふ、ようやく気付いてくれましたか♪」



 愕然とする男の心を読み取ったかのように女神は微笑みながら補足を述べた。この改造されて組み込まれた力は科学者たちでも制御しきることができず、魔法を込めた鎖で抑える必要があった、と。だが、あの時彼はその魔法の構成を碌に調べず一瞬で断ち切ってしまった。そのせいで遺伝子の力はどこまでも暴走し続け、男が最大出力で放った攻撃魔法という名の外部刺激をも吸収してしまった、と。つまり、彼が持つチート能力すら、今の王女たちには程度にしかならないのである。



 自分をここまで追い詰めたのは自分自身のせいだった――その事実を容赦なく突き付けられた男の顔は、恐怖と後悔で真っ青になっていた。だが、それでも彼は必死にその現実から逃げるように、喉が枯れ始めてもなお女神に怒鳴り続けた。


「裏切り者!!嘘つき!!卑怯者……ゲホゲホ……!!」


 しかし、それはもはや一時凌ぎにしかならなかった。


「嘘も言っていませんし、裏切ってもいませんよ。だって、これだけ……えーと、5も王女がいれば、5000兆円分の宝石なんて数時間のうちにあっという間に溜まりますからね♪」

「ご、ご、ごちょうにん……」


 返す言葉もないまま体中から力を抜けていくのを感じた男の様子を見て流石に哀れに思ったのか、女神ライラは5000兆円分の宝石が貯まったら、この空間を覆いつくしながら増え続ける王女たちを除去してあげる事を約束してくれた。自分の力ではどう足掻いても脱出できない以上、男は女神の力に頼るしかなかった。


 だがその直後、女神の表情が変わった。まるで彼女の力をもってしても予想できなかったかのような驚きのものに。そして、時間が停止した空間の中で、まるで銅像のように固定されてしまった1人のビキニアーマーの王女に触れ、その掌に握られていた宝石を取り出した女神は、呆れと諦めが混じった深いため息をつき始めたのである。

 いったい何がどうなっているのか、恐怖に苛まれながらも気になって仕方がなかった男の前に、女神はあの宝石――元の世界で数千億円もの価値があると見込んだはずの、どこまでも眩しい光威を放つ物体を見せながら、その宝石の周りだけ停止した時間を解いた。その瞬間、男にとって一番見たくない事態が起きてしまった。



「え、え、え……!?」

「あらら、残念ですね……あの時貴方が放った攻撃魔法のせいで、宝石の組成まで変わっちゃったみたいです、ほら……」


 女神の掌の中で、宝石がまるで砂粒のように小さな破片に砕け、指の隙間から零れ落ちてしまったのである。しかもその破片には、一切の輝きも残されていなかった。最早この宝石、いや砂粒には何千億円どころか1円、いや1銭の価値もあるか無いか――ほんの僅か、女神の指にくっつく形で残された砂粒の醜さが、彼に否応なしの現実を突きつけた。


 言葉すら出ないほど絶望しきった男に対し、女神ライラは憐みの視線を投げながらとても優しい口調で告げた。こうなった以上、あの砂粒を5000分貯めるまでは助けることは不可能である、と。何故なら――。



「ここで貴方を助けてしまったら、私は自分の約束を破った、の女神になってしまいますから♪」

「……うわああああああああ!!!!!」



 そして、心が壊れそうなほどに絶叫し続ける男を見下ろしながら、ライラはまた会いましょう、と別れの言葉を告げながら姿を消した。その直前に言い放った言葉――貴方は期待外れ、もう必要ない、というあまりにも冷たい言葉は、最早彼の耳には届かなかった。


 

「勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」…



 女神がこの世界から消え去った直後、再び動き出した時間と共に増殖と微笑みを再開したビキニアーマーの王女の大群によって、彼の体は埋もれてしまったからである。

 この日以降、10年もの間各地のダンジョンで活躍し、次々に悪党を成敗し続けた1人の『勇者』の姿を見たものは誰一人としていなかった……。

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