異世界で「5000兆円欲しい!」と叫んだ男

腹筋崩壊参謀

第1話

 科学が進歩し、日々人々の悲喜こもごもが繰り返される世界から遥か遠く離れた、剣と魔法が入り乱れ、日々人間や魔物、そして多くの動物たちによる営みが繰り広げられる異世界。

 その一角、限られたものしか入る事の出来ない結界で覆われた一角で――。


「あぁぁ、くそぉっ!!」


 ――1人の美青年が、心に溜まった苛立ちを隠せないまま、大声で叫んでいた。


 彼の傍には、先ほど報酬として得た山盛りの金貨が入った袋と、彼にその輝かしい成果を与えた剣が転がっていた。彼の思いに応じて虹色に輝くこの剣で斬れないものはこの世界に無く、更に彼が念じればそこから強烈な魔法を繰り出すことができる、途轍もない強さを持つ武器である。

 だが、彼の持つ力はその剣だけではなかった。この世界で、この男に勝てるだけの魔法の使い手や格闘術の達人、そして叡智を持つ存在は誰一人としていなかったのである。

 そんな彼が苛立ちを募らせ、怒りを露わにするまでに至った理由は、これらの力をもってしても未だに成しえない目標があったからである。いや、正確に言えば彼の持つ無敵の力は、たった1つの大きな目標のために存在していたのだ。


 

「……畜生……こうなったら!!」


 とうとう怒りが限界に達した男は、この鬱憤を晴らすべく、足元に魔方陣を作り始めた。この世界に伝わる魔法とは全く別の系統、誰も理解することができない様々な飾りや文字で彩られた光の紋章が創り出されるのと同時に、彼はまるで早口言葉に挑戦するかのように口を動かした。崇め、称えるというお世辞のような意味合いも持つその内容とは裏腹に、彼は今から召喚する相手に対して全くそのような心を抱く事ができないままでいた。


 やがて魔法陣がひときわ大きく輝いた瞬間、彼の傍を吹いていた風や空を漂っていた雲、そしてそれらを動かしていた世界中の時間が、彼を除いて止まった。この魔方陣を使った特別な召喚術が成功した証である。そして、中心から1人の女性のような姿をした存在=『ライラ』と名乗る1人の女神が現れた瞬間――。


「こんにちは、何か御用……きゃぁっ!?な、なんですか!?」

「なんですかじゃねえよてめえ!!いつまで待たせるんだよ!!」


 ――無礼にも、男は女神の胸ぐらを掴み、怒りの罵声を浴びせたのである。

 あまりにも突然の事に女神ライラも不意を突かれ、慌てて落ち着かせようとしたが、彼の中に溜まりに溜まった怒りは中々収まらなかった。とくに彼が怒っていたのは、あの時自分と交わしたはずの約束が未だに守られていない事だった。そもそも彼は、とある夢をかなえるため、遠く離れた別の世界から女神ライラによってこの場所で暮らし始めた、いわゆる『転生者』なのである。


 

「ったく……忘れてねえだろうな、俺がお前に言ったこと……!」

「え、ええ……覚えています……。貴方が不慮の事故で命を落とした時、私は確かにその命を救いました……」



 何をやっても冴えずに失敗ばかりの日々を過ごした挙句、女神ライラですら予想できなかったという死を迎えてしまったこの男は、その運の悪さを哀れに思ったライラによって新たな命を授かる事となった。意識が蘇った直後、目の前に温和な顔を浮かべた短髪の美女――ただし彼好みの巨乳とは正反対の体格であったが――に当然男は驚いたものの、この世界でいつも不運ばかりであった穴埋めとして、別の世界で生まれ変わる代わりにどんな無茶な目標でも実現できるような力を授けるという条件を聞くにつれ、次第に彼女が本物の女神であると信じる始めたのと同時に1つの大きな欲望が彼に生まれてきたのである。それが――。


「救ってくれたのは感謝してるぜ?だがなあ、まだその時に言った目標に!!全然届いてねーんだよ!!

 いつになったら俺は『5000兆円』手に入るんだよ!?」


 ――この途轍もない金額に値するだけの財産を異世界で手に入れる、という、ある意味非常に俗なものだった。


 勿論、最初にこの願いを女神ライラに告げた時は、まだ男は遠慮気味、あくまで冗談だと謙遜していた。当然だろう、言うだけタダとはいえ『5000兆円』という金額はどんな金持ちでも、どんなに強大な国の予算でも、どんなに大規模な証券取引額でも敵わないほどの巨大な金額である。言い出しっぺの彼ですら、こんなものを独り占めしたときの自分を想像しようにも思い浮かばないほどだったのである。

 だが、あの時自分の言葉に自信を持てず、へらへらとした笑顔を見せた男とは逆に、ライラは真剣な表情で彼に告げた。転生先で輝かしい日々を過ごさせると言った以上、約束は必ず守る、と。そして女神は、彼に『5000兆円』を手に入れるのにふさわしい力――どんな外敵も寄せ付けない剣の腕、驚天動地の魔力、どんな複雑な罠や暗号でもすぐに理解してしまう叡智、そして多くの人々を魅了する美貌を授けたのだ。

 そして、転生先で次々と強敵を倒していく中、彼の思いは少しづつ確信へと変わっていった。どんなダンジョンもあっという間にこなし、才能を妬んだ悪党をも蹴散らし、多くの女性から恋心を抱かれ、そしてたくさんの財宝や金を手に入れていく――これなら間違いなく、元の世界で『5000兆円』にあたるだけの財産を手に入れる事ができる、と。だが――。



「……あれから何年経ったか知ってるか!?!?10年だぞ、10年!!」



 ――いつまで経っても、彼の財産は目標金額に届かないままだったのである。


 確かに彼が今いる秘密の倉庫には、この世界でも指折りの金額が山積みにされていた。空間をゆがませて生じさせた難攻不落、絶対に誰からも奪われることがない隠れ家に、彼はこれまでに貯めた大量の財宝を収納し、5000兆円に匹敵するのを今か今かと楽しみにしていたのである。しかし、何度ダンジョンにたった1人で挑もうと、何度盗賊団を襲撃しようとも、そして何度各地の国家からの要請を受けて活躍しようとも、手に入れた報酬は5000はおろか、ようやくを超えるほどしか貯まらなかったのだ。こんな事を繰り返していたら、こちらの世界で自分が寿命を迎えてしまうのではないか、と尋ねた彼に対し、女神ライラはその心配は決してない、そのあたりもしっかり考慮に入れたうえで『転生』を果たさせたと優しく語った。


 だが、男の心は癒されるどころか、ますます怒りに包まれてしまった。

 当然だろう、寿命を迎える心配は無いという事は、彼は死ぬこともなければこの美貌を失うこともない『不老不死』である。普通は喜ぶべきものかもしれないが、裏を返せば何十何百、下手すれば何千何万年もかけないと目標の5000兆円は貯まらないと言われているのと同等なのだから。



「ふざけんな!!そんなに待ちきれる訳ねーだろうが!!」

「でも、この世界でいきなりそのような金額を手に入れるのは幾ら何でも無理がありますし、それにこの世界で一度に生み出す事ができる財産は5000兆円には及びませんし……」

「なんだよそれ!!じゃあずーっと俺はこんな無駄な日々を過ごさなきゃなんねーのか、あぁ!?」


「む、無駄って……で、でもほら、着実に貯まってはいますし、間違いなく5000兆円に近づいて……」

「近づいていますよ!!あぁそうですよ!!でも遅すぎるんだよ!!

 肉体が何億何兆年持とうとな、俺の精神が持たねえんだっつーの!!」



 そして苛立ちが頂点に達した男は、女神ライラに決定的な言葉を吐いた。

 そんなに5000兆円を自分にくれないようなクソ女が、よくなど名乗れるな、と最大限の侮辱を込めて。


 当然ライラもその言葉に反論しようとしたが、『5000兆円分の財産を授ける』という願いが未だに叶えられていないという事実を覆すことは出来なかった。更に、この世界のバランスを考えると今すぐそれだけの財産を召喚するのは無謀すぎる、という彼女の慎重な意見までも男は嘲り笑い、ビビリの貧乳女となじった。そして挙句の果てに、男は5000兆円手に入らなければ、自分の力で命を絶つ、とまで言い出したのである。

 もしここで5000兆円を手に入れられないまま男の命が失われてしまえば、女神ライラは1人の人間との約束を破ったという汚名を着せらえてしまう――彼女に残された手段は、1つしか無かった。




「……分かりました、そこまでいうのでしたら……」



 数日中に『5000兆円』相当、いやそれ以上の財産を手に入れる方法を授ける――その言葉を聞いた途端、完全に諦めムードに入っていた男の目の色が変わり始めた。どうせまた何億年もかかるインチキな手段なのだろう、と挑発的な言葉を投げる彼に対しても、女神ライラは10年前に見せたような真剣な顔を崩さなかった。



「恐らく貴方はご存知かもしれないですが、ここから……そうですね、貴方の前の世界の単位で3000km程進んだ場所にある山脈の中で、一部の魔物が人間と手を組み、ある計画を進めています……」



 かつてこの世界に、体から自在に宝石を創り出す事ができると言う不思議な力を持つ人間に近い種族が存在していた。恋した相手にどんな高価な宝石よりも美しく、の価値でも数千億円分は下らないという宝石をもたらす風習があり、更にその姿形も非常に美しかった、という伝説を、男も聞いたことがあった。転生するずっと前に災害か疫病によって全滅した、と言われていたが、どうやら一部の欲に満ちた人間たちが魔物と手を組んでその種族の中で最も美しいとされていた『王女』を蘇らせたらしい、というのだ。元の世界でいうと同じようなものである、と女神ライラは補足を述べた。


「……確かに何か変な奴らがそこでうろついてるみたいだな……」

「貴方の魔力を使えば十分透視出来ますよね?」

「あぁ、少なくともその説明は嘘じゃないようだな。だけど、それが5000兆円と関係あるのか?」



 相変わらず懐疑的な男に対し、ライラはため息をついた後、その叡智でよく考えてみて欲しい、と告げた。挑発的な態度を返されたことに一度は苛立った彼であったが、じっくり考えるにつれ、この考えが非常に自分自身にうってつけのものである事が分かってきた。

 確か、あの種族は人数こそ非常に少なかったが非常に長命で、何千年も同じ姿形のまま生き続ける事ができたらしい、という伝説がある。一方の自分はそれをも凌ぐ不老不死の体と、それを維持するのにふさわしい美貌や肉体、そして魅力を有している。もし上手く行けば毎日絶世の美女とイチャイチャしながら幸せな日々を過ごしているうち、いつの間にか5000兆円を軽く凌ぐ価値がある大量の宝石を手に入れる事が出来るのだ!


 

「なるほどなぁ……これなら何百年かかっても辛くねえ……女神もよく考えたなぁ♪」

「いえいえ……あ、それともう1つ情報なのですが……」

「ん?」


 次第に乗り気になってきた男をより発奮させるかの如く、女神ライラは更なる知らせをもたらした。山の中にある秘密のアジトで、人間と魔物たちはこの蘇らせた王女を自分たちの好き勝手に利用し、彼女から無理やり宝石を抽出した上で、最終的には恒常的なを作り上げようという卑劣な計画を実行に移しているというのだ。つまり、彼は苦しめられている美女をその運命から救う英雄にもなれる、という事である。

 今までの鬱憤を見事にはらしてくれそうなこの話に、ようやく男は重い腰を上げた。



「……分かった、やってみるぜ!」

「それは良かった。大丈夫です、確実に貴方は5000の財産を擁する事になりますよ」

「その言葉、今度こそ信じていいんだな?」

「……はい!」


 やる気と欲望に満ち溢れていた男は、その承諾の返事の前に若干空いた間を、言葉の確実さを増すためのあやである、と解釈した。

 呼び出した時の態度とはすっかり対照的に、彼は女神ライラに恭しく礼を述べながら、魔法陣の効果を解くことで彼女と別れを告げた。やけに張り付いたような笑みを見せる女神の姿に何の疑問も抱かないまま見送った直後、止まっていた時間が動き出した。



「……よし、やるか……待ってろ、5000兆円!!!」



 そして、力と叡智だけは超人クラスの男もまた、1人の美女を助けるべく動き出したのである……。

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