この思い、君に届k(上)

 そして、時は一気に早送り。

 放課後

 そう、呼び出された刻限が迫ってきた。

 既に柊の姿は教室にはなく、残された優希は先に友人と一緒に帰ろうとしていた。


 幼馴染としてその成否には興味がつかないところであるが、優希は柊からこの件に関しての話の流布と関与を固く禁じられたので、すごすごと帰ることにしたのだ。


 …まぁすでに彼の頭は帰宅後、帰路の遊びの予定でいっぱいだったのだが。

 

 教材を鞄に仕舞い込み、さぁいざゆかむとぐるりと見渡す。

 そこで、ある異変に気づいた。


「あれ、みんな早くね?てか荷物忘れてってね?」


 いつの間にか教室には彼一人と荷物を残し、クラスメイト全員が何処かへと消えたのだ。

 普段ならば居残りなり日直当番なりで何人か残っているはずなのに、である。


 さすがに異常を感じた優希は、一旦帰宅を取り止めてクラスメイトを探す旅に出るのだった。



 そしてこちらは柊が呼び出された裏庭…をこっそり垣間見れる離れの旧校舎空き教室のなか。

 そこに柊は隠れながらひきつった顔で呼び出された場所を眺めていた。


「どういうことなのよこれ…」


 そういって混乱しながらも状況把握しようと努力する視線の先には-なんか人がめちゃ一杯いるのだ。

 裏庭の中心にたたずむ桜のそばにいる男子生徒、はおそらく今回のラブレター(?)の差出人だろうからいいとして。


 その回りを取り囲む人、ヒト、ひと。

 ぶっちゃけ人垣と表するよりは要塞のような堅牢さを想起させるに足る人数だ。

 具体的に言うと既に男女問わず一、二クラス分集まってきている。

 裏庭に入りきらないものは近くの廊下から見ていたりと混沌というか、混雑した状況が出来上がっていた。


 因みに、これはあくまでその一帯を俯瞰しているからわかるのであって

 空き教室で隠れて眺めている柊には「なんか男女問わず裏庭に集まってる」程度の情報しかわからない。

 もちろん、ラブレター(?)を出した相手のことなぞ人垣が邪魔して確認できないのだ。


 人に見られながらの愛の告白なんて正気の沙汰ではないと言う彼女の主観のもと、一時撤退して様子を見ていたのだが


「ていうか、見知った顔までいるし。何であの子までいるのよ-」


 人気が捌けるどころかどんどん増え、そのうえ見つけたくはなかった人の姿を見かけ既に気持ちが沈みかけていた。

 低身長-この春入ってきたばかりの一年生が集まっているーエリアをちらりとのぞきこみ、深々とため息をつく。


「イベントがあったわけでもないのになんでこんな…、

正希に電話して聞く?いや勘ぐられた挙げ句知られでもしたら絶対ネタにされるわね…」


 独り言の最中、鞄から携帯を取りだし短縮ボタンに手をかけて-そこで一度考え直すように指を離す。

 件の人物とは犬猿の仲ではないのだがあのことあるごとにからかってくるのでこう言うところはあまり見せたくなかったようだ。


 とはいえこれでは埒が明かない。

 しかしなんの情報も得ないままあの人垣に特攻するには、柊は勇敢ではなかったし考えなしでもなかった。


 でもこのままでは好転しないのも事実、はてさてどうしたものかと困り果てていたところ

 

「あれ、柊さん?こんなところにいたんだ。」

「んーその声は」


 唐突に呼び掛けられた声に彼女は顔をあげる。

 その声はこの学校にいるなら知らないものはいない、生徒会長のものだった。


「そう言う貴方は何でこんなところにいるのかしら生徒会長さん?」

「-なにか刺のある言い方だね、其はおいとくとして元気ないけどどうしたんだ?」


 純粋に心配して声をかけた生徒会長、皮肉交じりな笑顔で柊は返す。

 それでもこの返し方に慣れたものなのか、彼は笑って受け流しつつさらりと相手の心配までこなして見せた。

 その姿勢はどこからか嫉妬と羨望の入り混じった歓声が聞こえてきそうなほど堂に入っていて、見るモノの心を落ち着かせる力を持っている。

 -何が言いたいのかというとこの生徒会長、イケメンである。真正の。


「ん、んん!ご免なさい八坂。一寸余裕がなくて」


 わざとらしく咳払いをして非を詫びる柊、その顔が赤く染まるのはただの羞恥からなのかそれともイケメン補正によるものか…やはりイケメンは悪い文えふんえふん

 

 すると、生徒会長は珍しいものでも見たかのように目を丸め、そして合点が言ったようにポンと手をたたく。

 

「ああなるほど。まぁ、あんな様子じゃ仕方ないよね。アイツも何考えてるんだか-」

「-は?」


 彼は何やら訳知り顔で一人合点が言ったように片手を顎に起き首を縦に振る。

 まるで柊の事情を完全に把握しているような口ぶりだった。


 

「あれ?もしかして違う話だったかな。てっきり裏庭での件だと思ったんだけど…」


 確定である。

 生徒会長はこれからの柊の予定をバッチリ把握していたのだ。


 さて、そうなると次に気になるのはその話の出所。

 まぁ、この時点で柊はその犯人にあたりを付け決めつけてしまった。


「あんの馬鹿…!」


 思わず彼女は頭を抱え大きく項垂れた。

 この状況を作った(と思っている)幼馴染についてとこれから目の前の人ごみに突っ込んでいかなければいけないという絶望から



「もし無理そうだったら俺のほうから断って-」


 生徒会長はそんな柊を気遣って助け舟を出す、しかし彼女は手でそれを制しゆっくりと大きく首を横に振った。

 その代わりにゆらりと立ち上がり、彼女は問う。


「人ごみで埋もれているけど、彼はもう、そこにいるのね?」

「あ、ああそうだと思うけど…」

「なら私が逃げ腰になるわけにはいかないわね…」


 そう口に出した柊の瞳は不気味なほどに光り輝いていた-。



―一瞬、その場の空気が凍った気がした-


 当時、その場に居合わせた男女問わない学生たちが同時に感じたという。


 また、友人から又聞きして興味を持ってそこに向かったという当時一年だったM氏はこう語る。


『いやぁ、あの事件は凄惨でしたね。問答無用でばっさばっさと切り倒していくその様は圧巻の一言でしたが同時にある種の畏怖を覚えましたよ。

ある意味一種のデモンストレーションにもなったというか、一言でいうなら鉄血、いや『鬼の風紀委員長』の本気を垣間見せるいい機会になったというか。

まぁアレを見て中学デビュー(笑)をあきらめた奴もいたでしょうねぇ』


 そう語るM氏は朗らかな笑みで受け答えしていたが、目だけは全く笑っていなかったことを改めて追記しておく。


 和気藹々としているいつもは人気の少ない裏庭。

 まぁそれも仕方ないだろう。なにせこれから彼ら彼女にとって面白い見世物が見れるのだから。

 いつの時代も人の恋路ほど無関係な立ち位置から見ることほど楽しいものは無い。

 中には複雑な心境で見守る人影も存在するのだが。


 時刻は約束の時間から少し経った頃、まだまだかと野次馬オーディエンスのボルテージが最高潮に達したころに

 奴は来た。



 ザッザッと舗装されていない地面を蹴りながら、威風堂々とした雰囲気で向かってくる彼女。

 なんかよくワカラナイ貫禄さえ引っ提げてその瞳はまるで獲物を狙う野獣のよう。

 

 この時点で幾人かが異常に気が付く、しかし気づいたからと言って何か行動に移そうと思ったものはまだ現れない。


 そしてある程度近づいた彼女は一旦立ち止まり、ゆっくりと空気を吸った。



 一言、先程大きく息を吸ったのにもかかわらず、あくまでこの裏庭一帯に届くか否かの声量。

 それだけで裏庭の空気が反転、サツバツとしたものへと変わり気の弱い生徒からはか細い悲鳴が漏れ出る。


 ついにはその空気にいたたまれなくなり何人か逃亡者が出た。

 蜘蛛の子を散らすように一人、また一人とこの場を去っていく。

 それでも結構な数が残っている。


 彼女は残った群衆をもう一睨みして、深くため息をはいた。

 これ以上は減らないと察したからだ。


 フゥッと息を整え、一歩ずつ前進する。

 ソレと同時に彼女の前にたっていた生徒たちが一斉に道を明け始めた。

 さながらモーセの海割りを再現しているかのよう、…いやまぁ神秘性とか神々しさがまるで皆無なんだけどね。


 そして、その中心へと彼女が至るとおもむろに懐へと手を伸ばし、頭上へ掲げた。


「この文を書いたのは…ダレ?」


 もはや公開処刑のソレである。

 いや別に恋文を人前に出して愉しむ性癖を彼女がもってるわけではない。

 柊もこの状況にいっぱいいっぱいだった、言い直せばテンパっていたのだ。

 たぶん、先程自分が何を宣言したのかもよくわかっていない。

 もはやその場の空気は『告白』何て言う甘ったるいものを許す空気ですらない。


 ああ、これはもうだめだな。

 そう、その場の誰もがそう思った。




 しかして、勇者とはここぞと言うときに前へ出る生き様を言う。


「こ、ここにいるぞ!」


 やや舌を縺れさせながら、それでも気丈に振る舞う少年一人。

 普段は気障ったらしいイケメンの男子生徒が、群衆の前へと躍り出る。


「その手紙は僕が書いたものだ!他でもない君に話があってここに呼び出した」


 常時とは違う余裕もへったくれもない気迫でもって柊に相対する少年、其れを見た彼女は優しく安堵するよう微笑んだ。


 え、何故かって?

 そりゃ彼女も自覚があったからだ-やらかしてしまったと言う自覚が。

 あきらかに告白する雰囲気じゃないよね、どちらかと言うと『果たし合い』だよねと嘆いていたときに現れたのだ。

 例えるなら来るはずのない合いの手が来たときの感動のようなものを彼女は感じていた。


 そして、その朗らかな表情をみた相手方も多少の落ち着きを取り戻す。

 先ほどまで見えなくなった勝機が再び垣間見えたからだ。


 そして向かい合う二人、まず始め口を開いたのは柊だった。


「きちんと話す前にひとつ言っておかなきゃいけないことがあるの」

「おっとなんだい?呼び出したのは僕の方だけど、まぁ僕は寛大だからねお先にどうぞ。」


「ありがとう

それと






-ごめんなさい」


 本日二度目の空気が死んだ瞬間である。

 いや、どこかで誰かか吹き出していたりもするが、まぁそこはおいとこう。


 これから告白だと言うときにいきなり謝罪の言葉を出されたら誰だってそうなる。

 向かい合っていた少年も心が折れかけ、逆に外野は静まりながらもホットため息をつくものも。


「本当にごめんなさい、こんな雰囲気もへったくれもない空気にしちゃって」


 ざわめく外野、にわかに活気づく少年。

 そして堪えたような笑い声を出すダレか。


 現場はいつだってカオスである。


 いや今回のこれはまた違うだろうけど。


「そ、そんなこと-」

「大丈夫、言いふらしたバカはあとでキツメに締めるから」

「-」


 二の句を継げようとしたところで間髪いれずに彼女は宣言する。

 さも『テメェがやったのバレバレだかんな』と言外に表現しているタイミング、少なくとも少年にはそう見えた。

 何故なら-彼がその張本人だからだー!。


 だがそれでも彼は諦めない!

 様々な障害を押し退けようやく手にいれたチャンスだから-


「そ、そんなことはおいといてさ。本題に入ろうか。」

「え、ええ。改めると緊張するわね」


 なお、少年は別の意味でドキマギしてます。

 それでもここが大一番、彼は意を決して-


 

「柊さん、ボクと…付き合ってみないか!?」

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