わたし、ツンデレになります

琴野 音

ツンデレチャコ。爆誕。

 柔らかなそよ風と夕日が差し込む教室。扉の前で切れる息を整えたわたしは、カラカラの喉に少しでも潤いを取り戻すため唾を飲み込む。

 よし、だいぶ落ち着いた。

 ゆっくりと扉を開けてその中で読書にふける二人の女の子の前に進み、わたしは胸に刻んだ決意を口にする。


「せっちゃん! タンちゃん! わたし、ツンデレになる!」


「「.....はぁ?」」


 二人はまったく理解できないといった表情だ。顔を見合わせて、またわたしの目を見る。

 本を閉じたせっちゃんは隣の席から椅子を一つ取ると、ぽんぽんと叩いて座るよう促した。


「チャコ、とりあえず落ち着き。ここ座りや」


 用意された濱中くんの椅子に座ると、せっちゃんは足を組んで身体ごとこっちに向き直った。


「あんたジュース買いに行ってただけやん。どんなジュース飲んだらそんな混乱状態なんねん。デバフ効果強すぎやろ」

「もう! わたし本気やねんけど!」

「はいはい、何があったか言ってみ?」


 呆れ顔で机に肘をつくせっちゃん。彼女はゲーマーだからたまに訳の分からないことを言うけど、基本的にいい相談役でお姉さんみたいな友達だ。向かいに座るタンちゃんは本の虫だから読んでいる最中はあまりこっちを見ない。


「実は.....」


 わたしは事の経緯を話した。




 ジュースを買うために校門の近くの自販機を目指したわたしは、そこでクラスメイトの如月 一輝くんを見つけた。

 一目見た時から彼に恋をしていたわたしはつい物陰に隠れてしまい、ストーカーの如く聞き耳をたてて彼と友達の会話を盗み聞きしてしまったのだ。

 話しは好みの女性について。内心ドキドキしながら聞いていると、イッキくんはこう語った。


「ツンデレとかめっちゃええよな」


 その時だった。わたしの中に電気が走って一つの答えに導かれたのだ。


 そうか、ツンデレになればいいんだ。


 その決意のもと、わたしは急いで教室に引き返すことにしたのだった。




「まてや」

「え?」

「あんたジャンケンに負けてあたしらのジュース買いに行ったんやろ。手ぶらやん」

「でも、イッキくんの前でそんな...ジュース買うなんてできひん!」

「お前の王子様はカンカンめっちゃ飲んでるやろ。引くとこ間違ってんねん。やり直し」

「え〜」


 せっちゃんに睨まれ、わたしは仕方なくもう一度自販機を目指すことにした。


 せっちゃんは背が高くてロングヘヤーでつり目やからビジュアルが女番長みたいで凄まれたら怖いねん.....。


「聞こえてんで?」

「はい! すぐ行ってきます!」







「でな? イッキくんその時お腹がチラって見えて腹筋凄かってん。優しいし、スポーツ出来るし、イケメンとかもう普通に.....」

「おいチャコ。なんであたしが如月の魅力そんな事細かに聞かなあかんねん」

「あ、話逸れたわ。つまり、二人に何が聞きたいかと言うと」


 二人と言ったので、読書を終えて机に突っ伏していたタンちゃんも顔を上げた。


「『ツンデレ』ってなに?」


 わたしの問いかけに、二人は目を丸くした。

 何? わたし変なこと聞いた?


「つまり、ツンデレが何かわからんけどなりたいと?」

「うん、いや、ちょっとはわかるで? イッキくんと話してた濱中くんが言っててん『やっぱツンデレ娘やな』って。ゆるふわ系とか小悪魔みたいなもんやろ? 性格的な」

「ん〜、まぁ遠からず、近からず.....」

「チャコちゃん」

「うわ、びっくりしたぁ」


 タンちゃんが急に話に入ってきてちょっと驚いた。この子は雰囲気も暗くて声も低めだからいきなり話すとボソボソ聞こえてドキッとする。

 タンちゃんは真っ黒な長い前髪を避けて話しを続けた。


「ツンデレは一日にしてならず」

「名言? さすが読書家」

「チャコちゃんはツンデレに向いてないってこと」

「全然意味ちゃうやん! なんで!?」

「だって、チャコちゃんにはもう属性ついてるし」


 タンちゃんは立ち上がると、わたしのショートヘヤーのサイドを持ち上げてゆさゆさした。


「ほら、犬耳〜」

「あ〜、これ気持ちぃ」

「たしかに犬っぽいな。人懐っこいし、マルチーズみたいな耳ついてるし、従順やし」

「せっちゃんまで.....」


 そんな、心に決めた日に向いてないとか言われても。タンちゃんはずっとゆさゆさしてくるし。


「あたしもやろ。タンちゃん交代」

「あ〜、寝ちゃう〜」


 程よく頭皮が刺激されて睡魔が。わたしの髪は多くてサラサラなので重さと感触でさらに気持ちよくなる。


 結局この日はわたしが半寝になったのでお開き。家に帰ってパソコンで必死に調べることにした。

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