いつか、今度、そのときは。

寺田黄粉。

再会。

「改まって何だけど、俺たちの我儘聞いてくれて、ありがとうな。心から御礼を言うよ」


「何を今更。久しぶりな上に式に呼んでもらったんだしこれくらいお茶の子っしょ。ゆーりんのキーボ、磨きかかってんね」


「ゆーりん言うな。…私は大学でも部活でやってたしね」


 5年前、同じクラスで揃った楽器経験者で組んだバンド・fellowsの面々は、メンバーの一人であるベーシスト・後藤大地(ごとう だいち)の結婚式を前日に控え、最後の練習と打ち合わせを行っていた。新婦は、文化祭での演奏を観に来ていた他校の生徒だった。知り合った切っ掛けとなった彼らに、一日だけ再結成してほしいと願った彼女と、それを聞いた後藤に応え、メンバーは揃った。

 皆、成長して見た目こそ変わったが根っこは何も変わっていない。練習に明け暮れたあの頃のままだ。

 談笑するメンバーを他所に、ギター&コーラスの御堂真緒(みどう まお)は当時を振り返る。コンテストに出て、賞を取ったあの日。一度だけ本気でぶつかったあの日。全てが当たり前のように想起される。あれこそ、青春と呼べるものだろう。胸を張って自慢できる、高校生活だった。

 しかし、バンド結成の立役者はここにはいない。再結成の話を聞いたとき、ひょっとしてと彼は心の何処かで期待していた。だが、現実はそう甘くなかった。

真緒のエフェクターボードには、社会人になりそれなりの機材を買えるようになった今でも、一つだけ明らかに安っぽい外見の自作のディストーションが入っている。油性マジックで書かれていたが剥げかけているE.Sのイニシャル。これは、彼の中で大事な約束の依り代だった。


「ほら、真緒。何ぬぼっとしてんの。明日、失敗で恥かくよー?」


「いや、腐るほど練習してた曲だし間違えるとか無いから」


 キーボード担当の古本優莉(ふるもと ゆうり)がその黒く艶やかな長髪をかき上げて悪戯っぽく真緒の顔を覗き込む。彼女の視界にもそのエフェクターは入ったが、それについて彼女が言及することは無い。彼女は元々ピアノ経験者で、誘われるが否や快諾で加入した。彼女の繊細で、時には一転力強くもなる打鍵は、fellowsの曲に欠かせない骨子であった。


「真緒、背伸びたよなー。あのときはゆーりんより小さかったのに」


「だからゆーりん言うな!ていうかあんたこそあの根暗ヘアじゃなかったから誰かと思ったけど。…でも確かにね。今175くらいあるんじゃないの?」


 ドラマーの奥村亮(おくむら りょう)、彼がバンドの中では一番経験が浅かった。高校受験の直後に初めてドラムに触れたと彼は言うが、元々器用でリズム感に優れた彼は凄まじい上達スピードで面々を驚愕させた。当時は常に目が前髪で隠れ気味だった彼も、優莉が言うように今はすっきりとした短髪にヘアスタイルを変えたことで見事に印象は180度変わっている。


「根暗ヘアは流石に傷つくんだけど…。大学で成長期迎えるのって中々レアなんじゃね?大学ではモテたっしょ」


「…それなりには」


 真緒のこの言葉に、面々は囃し立てる。当時の真緒は160cmあるかないかという低身長がコンプレックスだったが、そのギターの腕や二重でぱちりとした目、落ち着いた雰囲気、学年でも上位20%には常に入る成績――こういった点から、どちらかと言うと目立つ側の生徒ではあった。しかし、その隣には常にとある人物がいた。そのため、浮いた話が出ることは無かった。


「それじゃ次結婚するのは真緒?私はまだするつもり無いし根暗は彼女もいないでしょ」


「ちょっと古本さん?あなたの言葉毒があり過ぎですよ気を付けて」


「お前らのやりとりも相変わらずだよなぁ、ほんと変わってねぇよこのバンド」


 2人の痴話喧嘩に苦笑を零しつつ、大地がツマミを全て0に戻しスタンバイと電源を切った。シールドを8の字巻にしていく。時間を見ると、もう18時半になろうとしていた。元々19時まで借りていたが、大地には明日に備えてまだやることもあるのだろう。その様子を見るや、優莉と亮も片付けを始めた。


「それじゃ明日、宜しくな皆」


大地はハードケースを背負うと、手を振りスタジオを一足先に出て行った。


「俺らも帰る?」


「そうしようか、優莉もそれで良い?」


「ん」


 意見は纏まり、各々が帰路に着く。夜空に浮かぶ星を見上げながら、真緒はあの頃の記憶を呼び起こした。

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