024 ハートブレイカー
ジェイムズが登る。フォクシィが、大切な何かを諦めて、託したことを理解しているから。だからこそ、躊躇はしない。
開始点に手を掛ける。フォクシィは飛び付いていたが――そんな必要は無い。手を伸ばせば十二分に届く。
(――――)
ああ、届いちゃうんだと。フォクシィは独りごちて。彼の背丈が、少し羨ましくて。
ジェイムズが足を上げる。ゆったりとしてるように見えて、あまり時間を掛けていない。
「ふぅ」
ジェイムズが、息を吸って、一手目。左手をダイアゴナルで。とても、シンプルに済ませてしまう。フォクシィの様な跳躍は必要ない。でも、その差が有っても、フォクシィは掴んでいたのだ。50センチメートルに及ぶ、リーチ差を詰めて――。
続け様に、二手目。左足を載せ替える必要もない。
(ここからだ)
フォクシィが覚悟を決める。そう、此処までは、手段がどうであれ、フォクシィにも出来たのだから。けれど、あのクロス取り。ジェイムズは、きっと飛ばずに届く。フォクシィと同じ苦労など無い。
(くそぅ)
やはり、フォクシィは悔しかった。ジェイムズに登られてしまうのが、ではなくて。ドワーフに生まれてさえいなければ、私にも登れた。そんな気持ちが、胸に刺さる。
(ああ)
ジェイムズが、足を上げる。右足を上げる。きっと、そのまま
フォクシィが、そんな予想を、していたら――
「え――」
――違う。違う。フラッギングじゃない。左足が、上に上がる。上がって、左手の位置まで――
(何あれ!)
この三週間では、見なかった。ジェイムズには必要の無いムーブだろう。
左手と、同じホールドに踵を掛けたまま、
ジェイムズには狭いだろう距離。フォクシィなら……!
(ひどいや、ジェイムズさん)
靴の剛性の助けも有って、成り立つ行為だが。それでも、この手に足でのヒールは。距離を埋める最も確実な方法である!
左手で、ホールドを掴んだ。フォクシィの目論見よりも悪かったホールドだけど。あれ程、安定していて、持てないはずがなかった。
そのままリップに右手を伸ばして――
「フォクシィ」
ジェイムズさんに、呼ばれる。はい、そう短く返事をした。
「課題名、決まった?」
そう言えば、結局決まってなかった。でも、今のジェイムズさんに決めてもらうのは、何か癪だった。
してやられた、そんな気持ちだったから。それに、今なら付けられる。
「ハートブレイカー」
ハートブレイカーです。私はそう言った。私のココロを、二度も壊した。望みも、諦めも!
「うん。分かった――」
ジェイムズさんが笑う。そう言えば、私もいつの間にか、笑っていた。
涙は、相変わらず流れているけれど。
「そうだ、フォクシィ」
そう言いながら、ジェイムズさんは荷物の方へ。ゴソゴソと鞄を漁って、何か取り出す――布の袋だ。
其れを、ポン、と私の方に投げてくる。慌てて私は身構えて、掴む。
「使いなよ、其れ」
ジェイムズさんが、言った。なんだろう。私は袋の中身を開けて――
「――ああ」
靴。クライミングシューズ。ジェイムズさんが使っているのと、少し形が違うけれど。お揃いのレースと、お揃いの稲妻マーク!
私は靴を抱きしめる。どうしよう。また、涙が止まらない。でも、泣いてばかりじゃ駄目だから、靴を掴む腕に力を込めながら、言った。
「はい……! 大切に、使います」
貰ったばかりの靴を、濡らしながら。私は決意を固めた。
課題名:『ハートブレイカー』V3
初登者:ジェイムズ・マーシャル
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