13's<サーティンズ>

綴り屋

神の使い

空を大地を埋め尽くすようにいた神の使いも残っているのは目の前にいる6枚の羽をもつ1体の天使だけだった。


数の上では圧倒的に不利だったものが数の上では有利にはなったが目の前にいる1体の方が状況的には最悪に近い。


「霊力の低い者は下がれ! 魂を持っていかれるぞ!」


先頭で天使に対峙する男はアジア系の顔つきで黒髪短髪、既に袖のない白いシャツにスーツの下だけになったグレーのパンツを履いていた。


両手に握られた剣は何十、何百の天使を切ったが刃こぼれもせず、また汚れてもいなかった。


もともと血の流れていない天使を切ったところで返り血もつかず男のシャツに着く血は自分か仲間の血だった。


男はチラッと後ろを見る。


地面に座り込んでいる少年は男の声も届かないほど心を蝕まれていた。


無理もない。


目の前で天使により惨殺され食われる人間をどれだけその幼い目で見たことか、両親かもしれない、仲の良かった友達かもしれない、優しかった村の知り合いかもしれない、そんな人々が血の海に沈んでいくのを見て壊れないほど少年の心は強くはなかった。


この少年だけは殺させない。


たとえ敵が天使のなかでも四大天使と呼ばれる絶対者であろうと。


「ガブリエル!」


男は天使の名を叫んだ。


それに答えるかのようにガブリエルはソプラノ歌手の歌声に似た高音を発した。


【天使の歌声】と呼ばれるそれは周囲の生きる物すべてに影響を及ぼす。


声を聞いてしまった生き物は生命力の弱い順に生体エネルギー、つまり魂を吸いとられる。


バタリ、バタリと数人の仲間が倒れた。


「くそっ! 離れろ! こいつはヤバすぎる、仲間に構うな! 今は自分が生き残ることを優先しろ!」


最高位の戦士である自分はこの程度ではなんら影響はでないが、他の中位戦士では死なないまでも行動に影響がでてしまう。


「俺達で奴に隙をつくる」


横に並んだ金髪の男が言った。


「零コンマ1秒かもしれないけど、あなたならその隙をつけるかもしれないでしょ?」


同じく横に並んだ黒髪の女が言った。


男の左右に同じ高位戦士が並ぶ。


「お前ら……」


今のガブリエルに正面から挑んでも勝ち目は無い、濃密なエーテルエネルギーに包まれた本体にはどんな攻撃だろうと届きはしない。


「まさかもう使ったわけじゃないわよね」


「ああ、12番目の封印はとっておいた」


「じゃあ試す価値はありだな」


神速の剣。


12番目に封印されたその技は天使の反応速度を越える剣撃。神の名を冠したその剣技はいかに四大天使であろうとかわす事は不可能、後はどこへその一撃を与えるかである。


『1発で仕止められないと2発をぶちこめるほど奴は甘くない』


男は両手の剣を収めた。


代わりに1本の剣が右手に現れる。


シンプルな剣だ。特別な装飾はなく柄からスラリと先に伸びた両刃の刀身。


新米の騎士が持つような本当にシンプルな剣であった。


「それじゃあ始めるか」


仲間にそう言われ男は頷いた。


「じゃあ、まずは俺からだ」


金髪の男がガブリエルに向かい走り出す。


「ブレイク11! サウザント・チェーン!」


金髪の男の周りに無数の鎖が現れる。


鎖の先は槍の先のように尖っていた。


「季節はずれのそのコート、脱いでもらうぜぇ!」


一斉に一点に向かい鎖が突き進む。


まるで巨大な鎖の蛇が狙いを定めた物に襲い掛かるように見える。


その巨大な蛇がガブリエルの1メートルほど手前で鎖が止まった。


見えない何かと力比べでもしているかのようにギリギリと音をたてている。


「ブレイク11! ヘルズ・インフェルノ!」


黒髪の女が突き出した両手から黒い炎が吹き出し鎖の後押しをする。


ギリギリと均衡を保っていた見えない壁が崩れた。


壁を破壊した鎖と炎がガブリエルを襲う。


だがガブリエルが突き出した右手によりそれは霧のように消えた。


圧倒的な力であった。


物質であろうと非物質であろうとその力の前では一瞬で破壊されてしまう。


だがその右手を上げるという動作で隙が生まれた。


「ブレイク12! 神威!」


男の放った神速の一撃はガブリエルの胸を切り裂いた。


切り裂いた一線を境にガブリエルの体が上下に離れていく。


「「やった!」」


勝利の瞬間のはずだったが次の瞬間、3人は地面に押し付けられていた。


「なんだこれは!」


あがらぬ顔を無理に上げ3人はガブリエルを見た。


ガブリエルは体を分断されたままの状態だった。


「そんな……」


「ありえないわ」


「ぬぅ……」


ガブリエルの傍らにもう一体の天使が立っていた。


「あ、あの額の印……ミカエル!」


「歴史上、四大天使が二人も降臨するなんて……記録にないわ」


ミカエルがガブリエルの胸に手を向けると体がつながっていく。


「スバラシイ。ミゴトダニンゲンヨ」


ミカエルが言葉を話した。


「て、天使が言葉を」


天使とは会話できないものと記録されている。


歴史上、天使と直接会話した者はいないのだ。


「ナニヲオドロク。ニンゲンニコトバヲオシエタノハワレラゾ」


ガブリエルが右手を天にかかげた。


「カレハショウショウオコッテイルヨウダ」


ガブリエルのかかげた右手に天から雷が落ち、槍の形に変わる。


「カミノサバキトハムジヒナモノダ。サラバニンゲンヨ」


ミカエルの言葉が終わるとガブリエルが槍を投げた。


その槍は大地を削り、熱風を巻き起こし、辺りを焦土に変えた。


巨大な土煙が巻き起こり辺りを包んでいく。


かつて一瞬で国を消し去ったという全ての生を許さず浄化させる神の一撃。


ガブリエルの放った雷の槍はそんな一撃だった。



やがてその煙が薄れた時、二体の天使はありえないものを見た。


右手で幼い少年を抱えた人影が立っていたのだ。


「おろかだな、ガブリエル! ミカエル!」


はっきりとした口調でその人影が叫んだ。


煙がすべて消えそこに立つ姿を見た二体の天使は同時に叫んだ。


「「ルシファー!!」」


そこには12枚の羽を持ちかつて神に弓を引いた元天使が立っていた。

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