蔵人天下無宿
葛西 伸哉
序
鬱蒼とした林が陰を落とす細い山道を、静かに進む男がひとり。
「おい。てめえ、ちょっと待ちな」
その前に、不意に立ちはだかった者が三人。
遮られた方は三度笠に縞合羽という、昨今
「おいおい。襲うなら
笠の下で、涼やかな美声が笑う。
若い声だ。
「うるせえ! なけなしだろうが銭持ってんだろうが! 身包み全部置いていけ!」
三人組の頭目と思しき男が怒声を上げて、渡世人ににじり寄る。
「こっちは三人、そっちはひとり。勝ち目はねえぞ」
「無宿渡世の安い命でも、はした金惜しんで捨てたかぁねえだろう?」
残りのふたりも左右に広がり、三度笠を取り囲んだ。
「安い命ねぇ。そりゃ上等な代物じゃあねえが、山賊風情に言われる筋合いもない」
「うるせえっ!」
男の挑発に、包囲の輪が狭まる。
風体の廃れぶりとは裏腹に、構えに乱れはない。
三人が三人、流派は違えどそれぞれに真っ当な剣術を修めた事が窺える動きである。
「やれやれ。生憎だが、こちとら命も金も渡したくない。お互い無駄に動いて腹を減らす事ぁねえと思うんだが」
無宿者も、得物を手にした。
飾り気抜きの白鞘。鍔などの拵えのない、反りの少ない長脇差し。
所謂、ドスだ。
これも渡世人たちが好む武器である。
それを、鞘のまま片手だけで構える。
「やるってのなら、容赦はしねえ。殺して奪っても同じだからな!」
気合いを発し、頭目が突きかかった。
仲間のふたりも、呼吸を合わせて飛びかかる。
殺気に当てられたのか。
木陰に、枝に、潜んでいた鳥たちが飛翔する。
羽音と啼き声が入り乱れ、周囲を満たす。
そして、静寂。
薄暗い山道で聞こえるのは、三人の男の呻き声だけ。
頭目だけは立ったまま、残りのふたりは跪き、苦しげに己が手を押さえている。
刀は三本、地面に転がり、相変わらず空しくきらめいていた。
流血は、ない。
無宿者は長ドスを腰に戻すと、何事もなかったかのように歩き出す。
「ま、待て!」
頭目が呼び止める。
「なんでとどめを刺さねえ! 嘗めてんのか? 哀れみか? 侍崩れの山賊には、殺す値打ちもねえってのか?」
「知るかよ」
涼やかな声が答える。
「火の粉は払うが、後はどう扱うか決まりも掟もねえ。生かすも殺すも俺の……何て言きゃあいいのか……。そうさな、勝手気ままな気紛れよ」
振り返りさえせず、ただ縞の合羽を風に翻し、無宿者は去って行く。
勝手気ままな気まぐれ。
今は、そう言うしかない。
この時代、この国に、まだ「自由」という言葉はない。
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