一ノ瀬くんは動画を撮る
ハル・トート
第1話
「ちょ、しーッ」
隣の席で、一ノ瀬くんの慌て声がした。
「みんなに聞こえるだろ」
3年生になって2週間が経つ。ようやく、このクラスの雰囲気にも3年生という響きにも慣れてきた。それから、一ノ瀬くんが隣の席であることにも。
「ごめんごめん、でも、昨日の動画マジで良かったって」
「だから、動画とか、ここで言うな」
一ノ瀬くんは辺りを警戒しながら、友達の清水くんの口を塞いだ。
動画ってなんのことだろ?
一ノ瀬くんの慌てぶりに、私がクエスチョンマークを浮かべていると、一ノ瀬くんの視線が私の方にきて、目があった。
あった瞬間、警戒の目から動揺の目に変わる。
私はいつものように、視線を落とした。
ちょっと気まずい。
「ど、どうも」
一ノ瀬くんはなぜか私にお辞儀をし、すぐに清水くんの方を見た。
「くそ、お前のせいだからな」
この2週間、昼休みになると、隣のクラスの清水くんは毎日のように一ノ瀬くんのところにやって来た。
だから、昼休みはいつも楽しそうな一ノ瀬くんの話し声が聞こえてくる。
私は昼休み、あまり席を立たないようになった。
こそっと耳を傾ける。
「でも、さすがに、道端の草を真剣に調理して食べるってのはどうなんだろ?」
「いや、そんくらいしないとこの世界では生きていけないんだって」
清水くんの問いに、一ノ瀬くんが答えた。
最近、2人はよく分からない会話をしていることが多いけど、今日の話はいつもにも増して分からなかった。
一ノ瀬くんのお家、ひょっとして困ってるのかな。
言ってくれれば、ご飯くらい、いつでも私が作るんだけど。
「まあ、でも今だったら、つくしとかまだ生えてるかもだし、なんとかなるのか」
清水くんは少し考え込んだあと、勝手に1人納得して、頷いた。
なんとかならいよ! 清水くん、友達なら、止めてあげてよ。
私は思わず声をあげそうになる。
「いや、つくしは食べない。俺はあくまで、下校中の道端にある草だけを食べるんだ」
一ノ瀬くんの謎の雑草魂発言に、私はぽかーんとする他なかった。
いかにも切羽詰まっていそうな状況とは裏腹に、一ノ瀬くんはとても楽しそうだった。
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