第3話
「来た道を引き返すことほど面倒な事はない」
虎がぼやきながら歩く。
ただ、歩む速度はかなりのものだ。しかも休息をほとんど必要としない。
むしろ息切れするノギトのために、途中から彼は歩調を落とすようになった。
そして――――。
小路をぬけ、街道の途中で、ふたりは大声をきいた。女性のものだ。
「ちょっと、やめてよ! 無関係だと言ってるじゃない」
「いいから来い女! 逃げられると思うな」
雨よけのマント、チュニックを着た女性が、五人の男どもに囲まれている。
五人の姿はきのう出現した、野盗たちの風体とかわらない。
おそらく昨日、虎が斬った三人の仲間なのだろう。
「まちがいない、あれはセシリアだ」
ノギトがうめいた。セシリアはおそらく、いくら歩いても父と出会わないことに疑問を感じたのだろう。そこですれ違いの可能性に気づき、村へ戻ろうとしていたのだ。
その途中、運わるく仲間を探しに来た野盗と鉢合わせしてしまったのだろう。
野盗は相手が女と知れば見境がない。さらって犯すこと以外は頭にない連中だ。
じりじりと野盗は包囲の輪を縮める。少女は、両手で短弓をかまえていた。
「近寄らないで、撃つわよ!」
せいいっぱいの抵抗を示すように、周囲の男たちの頭にそれを向け威嚇する。
少女はぶんぶんと頭をふって、視界を遮るマントの頭のフード部分をはらりと落とす。
さらりと流れる、肩までで切り揃えられた金髪、澄んだ海のような碧眼。
歳のころは十七、八だろうか。目鼻立ちの整った、美しい娘だった。
「おいおい、その武器は中距離で威力を発揮するやつだろ」
「ひそんでる俺たちに気付かなかった時点で、おまえの負けなんだよ」
「あっ」
野盗がすかさず矢枕ごと矢のシャフトを掴んだ。これでは射ることもできない。
「ま、まずい・・・・」
農夫が樹木の隙間から駆け出そうとしたのを、虎が制止した。
彼の指示で、ふたりは街道をはずれ、木々の隙間から様子をうかがっていたのだ。
「やめておけ。おまえさんが行った処で、拾った命を無駄に捨てるだけだ」
「し、しかし」
「こんなときの用心棒だろう」
男は気乗りしなさそうな声で言った。敵の数は以前より多い。
「ひと働きしてくる。しかし、面倒くさいな」
虎はぶつくさと呟きながら辺りを物色し、ひょいひょいとふところに何かを収めた。
そして、まるで散歩にでも出かけるような足取りで、すたすたと野盗の集団に近寄っていく。
わざとらしく足音を立てたので、野盗のほうも虎に気づいた。
見るからに剣士である虎を、警戒するような顔つきで睨みつける。
「なんだ、この野郎は?」
「おまえらが探してる連中な、見つからないぞ」
「な、なんだと!?」
「そいつらは、そのあたりで腐ってるはずだ」
「なにい、ふざけるな!!」
野盗たちはばらばらと得物を抜いた。蛮刀を抜くもの、短剣を両手に構えるもの、手槍を持っているものもいる。
虎はふところに手を入れ、ひゅんと手首を閃かせた。
四人の野盗たちの影に隠れ、ひとりの男が呪文の詠唱に入っていた。
「アザ=シロド=メカラ=ラムロ・・・ぼっがあッ!!」
その男の口許に、めきりと尖った石がめり込んだ。
野盗たちの間隙をぬい、虎が先程ひろった石ころを、親指で撃ったのだ。
「どの魔法使いも、詠唱中は無防備だな」
魔法使いとおぼしき野盗は、顔面から血を流してのた打ち回っている。
前歯が何本か折れたようだった。
虎は連投する。
次々と野盗どもの顔面に、
「女、この隙に逃げろ」
虎はぼそっと告げた。
呆然となりゆきを見守っていた女性は、はっと我に返り逃げだした。
「ぶ、ぶっ殺してやる!!」
野盗のひとりが手槍をくりだした。
しかし、それは単なる棒だった。穂の部分がない。
先端は切断され、無音で大地に突き刺さっている。
「今のは見えたか、次は首が飛ぶぞ」
野盗は怖気づいたのか、よろよろと後退した。
得物を一瞬で切断された。それだけは理解できただろう。
だが虎の大刀は、背に収まったままである。
「なにをびびってやがる!!」
両手に短剣を持った男が、まるで蚤のように狼にとびかかった。
一颯。
頭蓋を脳天からふたつに割かれた死体が、地に落ちた。
虎は抜刀したまま、見せつけるように長大な刀身を晒している。
それは血を帯び、妖しげにどぎつい紅い光彩を放っていた。
「死にたくなければ、退がれ。死にたければ、来い」
無造作に告げた。
「・・・・・おい、みんな、引き揚げるぞ」
このなかで一番体格のいい、蛮刀を持った男が言った。
この男がおそらくリーダー格なのだろう。
「なにをぬかしやがる、仇を討たねえでいいのか?」
「そうだ、目の前で仲間がひとり殺られたんだぞ!」
「だから言ってる。おめえら、あいつの抜く瞬間を見たか?」
誰も応えず、ただ沈黙がおりた。
「技量に天と地の差がある。これじゃ無駄に死体を増やすだけだ」
「ものわかりがいい奴がいると助かる」
「ぬかしやがれ、月の出ない夜にゃ気をつけるんだな」
「残念だが、俺は夜目もきくんだ。虎だからな」
ちっと舌打ちをすると、野盗どもは得物をおさめ、その場を去っていった。
「次はもっと頭数をそろえてくるんだな」
虎の刀が、びゅんと血を振りまいて、鞘におさまった。
「セシリア、よく無事だった」
農夫は少女の無事をよろこんだ。
「お父さんこそ。無事だったのね、よかった。てっきりあいつらに捕まったのかと思って」
「ああ。危うくあいつらに殺されそうだったが、この人に助けてもらったのさ」
「この人だ、よろしく」
虎はにこりともせず言った。
セシリアはじろりと値踏みをするような眼をしたものの、
「ふたりとも助けられたし、お礼を言っておくわ。ありがとう」
「なに、報酬をはずんでくれればいいさ」
「なんですって、お金を取る気?」
「傭兵とは、そういうものだろう」
悪びれもせず、真顔で答える。それに却って怒りを増加させたのか、
「なによそれ、それじゃ野盗と変わらないじゃないの」
「違うな。野盗だったら金品を奪われ、お前も犯され、野辺の骸となっていただろう。――――俺はふたりを守った。その正当な報酬を受けとるだけだ」
淡々という。
「あら、そう。なら私もわざわざお礼を言う必要なんてなかったわね」
「ああ。ひとつ賢くなったな」
かちーん、と硬質の音が聞こえたような気がした。
セシリアは殺意にも似た眼差しを狼に向けたが、虎のほうは飄々とした顔である。
「まあまあ、さしあたって危機は去ったんだ。とりあえず村へ戻ろう」
見かねたノギトが仲裁に入った。
「ぷん」とセシリアはそっぽを向いた。
虎はそのあたりの下生えから細長い管をちぎり、それを口にくわえている。
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