第15話 答え

 俺の隣に居る瀬尾はじっと俺の顔を見た。

 その表情は動かない。まるで紙の裏に書かれた字を読もうとでもする様に彼女はじっと俺の顔を見ていた。

 その時間は俺にとって永遠にも思えた。

 俺はゆっくりと息を呑みながら彼女の答えを待った。

 そして、彼女はゆっくりと口を開く。


「いいに決まってる」


 瀬尾はそっと目を細め、唇の端を上げて言った。


「ていうか、そんなの私が決めることじゃないよ」

「………………」

「夏樹くんが私たちの本当の仲間なのか……。それは君自身の気持ちの問題なんだから。でも、少なくとも――」


 瀬尾はふわりと笑って言った。


「私は夏樹くんのことが好きだよ」


 まるで何か美しいものを見たときに零れるような笑みで彼女は俺を見ている。


「私は君がプロ作家として頑張っていることを知っているし、部活の仲間としても、君が色々と頑張っていたところも見ている」


 瀬尾は言う。


「確かに私たちを利用しようとしていたって考え方はあまり褒められたものじゃないのかもしれないけど……誰だって似た様なことはやっているよ」


 俺は黙って瀬尾の言葉に耳を傾ける。


「この人と居たら楽しいから一緒に居る。これもある意味では打算でしょ? それと夏樹くんが取材のために私たちを使おうと思ったっていうことは本質的には一緒だと思うよ」


 それは詭弁だと思った。俺は人の想いを明確な意図を持って利用しようと思った。そんな打算や計算の元に築かれる関係でなければ、俺は信じることができなかったからだ。


「そんな都合の良い……」

「それを言い出したら、私も同じだよ」


 瀬尾は俺の顔を見て、優しい声で話す。


「私は自分がプロになりたいから、プロである君を利用しようとしたんだって言えない? むしろ、私から提案したんだから、君の考え方で言うなら、罪が重いのは私の方ってことにならない?」

「それは……」


 それは考えてもいなかったことだった。


「君はそんな君を利用しようとした私が許せない?」

「……そんなことはない。そんなこと……考えたこともなかった」

「一緒だよ」


 瀬尾は、はにかみながら言う。


「君が私を責めないように、私も君を責めようとは思わない」


 瀬尾は俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「君が私たちの本当の仲間なのかどうかは、君自身が決めることだよ」




「わかった……」


 俺の中で何かがすとんと落ちた。

 覚悟は決まった。


「なら、俺はおまえたちの仲間だ……仲間でありたい……」


 ならば、為すべきことを為さねばならない。

 今、この文芸部は廃部の危機に瀕している。この今の現状を救えるのは俺だけだ。それは自惚れかも知れない。だが、今のこの瞬間くらい自惚れさせてくれ。

 俺がこの現実の主人公になる、この一瞬くらいだけ。


「そのために、俺はこの文芸部を救う……!」




「救うって……何をするつもりなの……」


 俺は瀬尾に今から自分がしようとしていることを説明する。

 俺の言葉を聞いた瀬尾は絶句する。


「でも、それって……」

「ああ、自分でも馬鹿なことを言っているっていう自覚はあるから安心してくれ」


 今からやる作戦では、俺は大きな不利益を被る可能性がある。そして、これは今までの俺の考え方に盛大に背く行為でもある。そして、そこまでのリスクを背負っても、うまくいかず失敗してしまう可能性も高いというあまりにも歩の悪い賭けだ。


「それでも、もうこれしかない……これができるのは、俺だけだ……」


 俺は校舎にとりつけられた時計を見る。

 これを実行するのであれば、すぐにでも動かなければならない。


「瀬尾、悪いが店番を頼む」


 そして、俺は校門へ向かって走り出した。

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