第140話
その頃、
「全滅だと!」
停車している運送用大型トラックの荷台――に偽装された司令室で、司令官が声を上げる。
邸宅の周りに配置していた部隊が突入してから、すでに三十分が経過していた。途中、待機していた部隊も追加し、三六人に及ぶ人数を投入した。
しかし、その結果は隊員の誰とも通信が繋がらないこの状況が示している。
「いかがなさいます?」
オペレーターの一人が尋ねた。
司令官は素早く思考を纏める。
すでに戦闘用の部隊は、別地点で警戒をしている一部隊六人のみ。壊滅した部隊からの通信内容を鑑みて、この人数で作戦続行は不可能と判断する。
「撤退する。警戒中のゴルフにも伝えろ」
ここでいうゴルフとは、アルファベット順に数えて七番目(G)の部隊を指す。
オペレーターが通信機器を操作し、離れた位置で巡回していた部隊に指令を伝えた。合流は、作戦前にあらかじめ決めた地点で行う。
一方で、司令官が司令室となっているトラックの運転席に発進の指示を出そうとした時だった。
逆に、運転席から司令室に通信が入る。
「何だ?」
『所属不明の車両が四台、前後を挟むように接近してきます!』
運転手からの知らせに、司令官が慌てて荷台外に付けてある小型カメラの映像を表示するように指示する。
暗視カメラによる映像を見れば、運転手の言葉の通り、SUVがライトも点けずにトラックに近付いてきていた。
「発進させろ! 囲まれるぞ!」
司令官は即座に叫ぶ。
「了解」の声と共にエンジンが掛かり、荷台に振動が伝わり始める。
次の瞬間、通信機越しに着弾音がした。ガラスが割れ、座席に倒れる音がする。
司令官は拳銃を抜いた。
「敵だ!」
喜三枝邸と連絡が取れなくなって一〇分程で、MDSI本部に待機していた隊員達は出撃していた。
警護対象がいるため、一定のタイミングで相互に連絡を取り合っていた。それが突如切れ、MDSI本部側からいかなる方法を用いても繋がらなくなったことから、襲撃されていると判断したのだ。
しかし、喜三枝邸へ援軍がすぐに突入するような真似はしない。
通信妨害等を用いた大規模な襲撃作戦においては、当然臨時の指令所や予備の部隊などが周囲に配置されているものだ。
ゆえに、相手側に関知されないように細心の注意を払いながら捜索したところ、長距離輸送用の大型トラックが停車しているのを発見した。
狙撃手の
試しに他の面々が囲むように接近したところ、運転手は携帯ではなく、イヤモニとスロートマイクによる通信を行い、トラックを発進させようとした。
久良木が狙撃を敢行して運転手を射殺すると、荷台から続々と銃を持った人間が現れる。
「おいでなすった!」
荷台側から接近するSUVを運転していた
人数は五人。三人が拳銃で、残り二人がMP7サブマシンガンで武装している。
早速MP7が火を噴き始め、フロントガラスに弾痕が生じた。
「ちっ、こっちが銃構える時間もくれねぇのか!」
レイモンドが毒づく横で、
隣のSUVが横向きに停車し、
レイモンドもそれに倣って停め、反撃を行う。
力石が撃っている間に、レイモンドは後部座席からショットガンを取り出した。イタリア製、フランキPA3の、短銃身モデル。ポンプアクション用のフォアエンドには、持ちやすいようにフォアグリップが装着されている。
「レンジ、狙撃出来ねぇか!」
レイモンドが狙撃手に問うと、
『ダメだ。運転席は角度がよかったが、他は荷台に隠れる』
と、返ってきた。
「こっちで何とかするしかないか!」
レイモンドがショットガンをぶっ放した。銃口から飛び出した散弾が、荷台に当たって火花を散らす。
敵の一人がレイモンドに向かって拳銃を連射した。レイモンドがエンジン部分を盾にし、車に新たな弾痕が生じる。
レンモンドは弾丸が金属のボディを削る音を聞きながらフォアエンドを前後させ、空薬莢を排出した。
トラックの荷台側で撃ち合っている間に、運転席側へ接近していたSUVから隊員達が降りる。
そのことに気付いた敵の内一人が、MP7を乱射した。
降りていた隊員達は相手が銃口を向けた時には地面に身を投げ、事なきを得る。
着弾し、相手の攻撃が弱まる。
匠達四人は攻勢に出ようとした。
しかし、彼らの背後を思いっきりヘッドライトが照らす。
立ち上がるのを中断し、再度散ったところに、接近してきたワゴン車から銃撃が始まった。
「敵の増援!」
後部座席左側の窓からM4カービンを撃ち、右側から三人、カービンを構えた敵が降りた。
さらにトラック側からも銃撃が再開される。
今度は匠達が前後を挟まれた。
五〇〇メートル離れた丘の上で、その様子を久良木はスコープで捉える。
この丘は自然公園的な役割があったのか、剪定された大樹が四本程根を張っていた。その内、特に枝が太い樹を選び、幹に背を預けるように枝の上に腰を据えた。
立てた左膝を二脚代わりにして構える狙撃銃を支えている。
今回持ってきたのは、前回の任務で使ったボルトアクションのライフルではなく、スイスの軍用アサルトライフルを狙撃用にブラッシュアップしたモデル、SIG SG550スナイパーだ。使用弾頭は元となったアサルトライフル準拠の5.56mm口径弾だが、精度そのものは高い。先程も、トラックを運転しようとした敵の眉間を撃ち抜いている。
『増援を確認。援護を行う』
別の樹に上っていた観測手の
「了解。目標を指定」
『我々より、右から1、2、3と命名。3を狙う』
ワゴンの後部右側から降りた三人に仮の名前を与え、互いに指針を確認し合う。
こちらで「3」と仮定した敵が、M4カービンを持ってワゴンの左側に移動しようとしていた。ワゴンの陰に入って射線が遮られる前に仕留める。
照準を合わせると、引き金を五割程引き、息を止めた。
『撃て』
霞末の言葉と共に、引き金を絞り切る。
サプレッサーで抑制された銃声と共に、銃弾が闇の中を駆けた。ワゴンから降り、左側から回り込もうとしていた男の胸に着弾する。暗い中でも確認できる程大量の血が噴いた。
『ハートショット、ブレイク。次弾、撃て』
霞末が命中を確認し、次の指示を飛ばす。
久良木は照準を切り替え、再度発砲した。
心臓を撃たれて動きを止めた男の頭を、ライフル弾が吹き飛ばす。
『ヘッドショット、ブレイク。目標切り替え「2」』
「よし」
次の目標を指定され、久良木が射撃を続ける。
続けざまに放った弾丸は、風で狙いから少しずれ、対象の首を貫通した。先程のように心臓、頭の順で撃って確実に仕留めるつもりだったが、一発で始末出来ただけよしとする。
三人目に狙いを点けるが、すでにその必要はなくなっていた。
この時には、トラック周りに展開していたMDSIメンバーの反撃が始まっていたのだ。
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