第131話

「明智、いるか――」

 美妃みきの案内で、太刀掛たちかけは離れ屋に入る。

 だが、太刀掛の声に応える者がいない。

 太刀掛は念のため、懐の拳銃に右手を伸ばしながら、戸を開ける。

「どうなっている、美妃?」

 太刀掛は美妃に問う。

 美妃が、即座に携帯を出して、警備室に連絡を取った。短いやり取りの後、

「防犯カメラには写っていません。ただ――」

「ただ?」

 太刀掛がさらに問う。

「ちょうど、映像を記録するテープを切り替える時間がありまして、そこは写しようがありません」

「ちっ、やられたな」

 太刀掛は珍しく舌打ちする。

 防犯カメラの映像を記録する際、改竄が出来ないようにディスクではなくVHSへ録画している。容量が多くないため、一日一回はテープを交換する必要があった。

「明智の奴はテープの交換時間を?」

「教えてはいませんが、調べようと思えば調べられるでしょう」

「元警官の調査力を舐めすぎたか」

 二人は話し合いながら、もぬけの殻となった部屋を後にした。



 その頃、明智あけちまことは、町外れの墓地に来ていた。

 村雨むらさめさやかの墓には、換えたばかりの花が飾ってある。一週間近く任務で来ていなかったから、おそらく渥美あつみひとみが交換してくれたのだろう。ありがたいと思う反面、申し訳なさも感じる。

 線香を立て、手を合わせる。

 その隣には、かつての恋人そっくりの顔の女、玉置たまきみどりがいた。彼女も同じように合掌している。

「悪いな。墓参りに付き合わせて」

 明智が謝ると、

「いえ、我が侭を言ったのは、私よ」

 と、みどりが自身のイヤリングをいじりながら微笑む。

 彼女は髪をまとめて結い、その上から帽子をかぶっている。さらに、眼鏡を掛け、簡単に変装していた。

 事の発端は、ずっと室内に閉じこもり続ける玉置みどりの心情を、明智が心配したのだ。

 確かに、彼女は狙われている身ではあるが、ずっと籠もりっきりというのも息が詰まるだろう――

 明智はしばらく墓参りに行っていないことを思い出した。そこで、息抜きに外に出ることを提案した。

 明智はずっとあの離れ屋に暮らしていたため、防犯カメラのテープを交換する時間を知っていた。その瞬間に、彼女を連れ出したのだ。

 無論、彼女の立場を考えると、街で遊んだりは出来ないだろうが、ちょっと外の空気を吸うだけでも違うだろう。すぐにばれないように、変装もさせてある。

「村雨さやか――ご家族の方ですか?」

 みどりが、墓に掘られた文字を読みながら聞く。

「――正確には、なるはずだった、かな」

 明智がボカすが、みどりはそれで察したようだ。

「――ごめんなさい。科学者の悪い癖だわ。気になったことにすぐに首を突っ込む」

 みどりは目を伏せ、謝る。

「気にしなくていいさ」

 明智は努めて爽やかに流そうとする。

 ――さやかと同じ顔で、悲しい顔をして欲しくなかった。

 少し考えた末、

「そのイヤリング」

 と、明智は話題を変えようとする。

「ずっとしているけど、大切なものかな?」

「えぇ、家族からの贈り物」

 みどりが、寂しく微笑む。

 何となく、話題を変えるどころか触れてはいけないところに触れたことを明智は察した。

「悪いな。どうも昔から空気が読めなくていかん」

 明智が頬を掻きながら謝罪する。

「いえ――ここはお互い様、ということで済ませませんか?」

 みどりが提案し、

「――あまり、長い時間出てはいけないのでしたね」

 と聞いてくる。

「あぁ、そうだな。そろそろ戻ろうか」

 明智はみどりをエスコートし、バイクで屋敷に戻った。



 屋敷に戻った明智を、勇海ゆうみあらたの拳が襲った。頬から甲高い音がし、明智が倒れる。

「バカ野郎が!」

 いつもの飄々とした雰囲気はなく、勇海は明智を怒鳴りつける。

「どこの世界に要警護人物を連れ出す奴がいる! お前、一応は警官だったんだろうが!」

 勇海の言葉を聞きながら、明智は立ち上がる。

「ちゃんと変装はさせた。念のため、武装もしている。奴らがこの辺を捜し回っているとしても、対策はしていた」

「そういう問題じゃない!」

「おいおい、落ち着けって」

 周りにいたレイモンドや力石りきいし久代ひさよ梓馬あずまといった面々が勇海を落ち着かせようとするが、彼は聞く耳も持たない。

「明智、お前が彼女を連れ出したものだから、急遽隊員達を集めることになった。連日気が抜けない状況の中で、余計に負担を強いることになったんだ。そのことについては反省して欲しい」

 怒りが収まらない勇海に代わり、太刀掛が諭すように言う。

「それは……申し訳ありませんでした」

 さすがに太刀掛の言うことは尤もだったため、明智も頭を下げる。

「どうせ、お前が彼女に優しくするのは、お前の恋人にそっくりだからだろう?」

 ここで勇海が舌打ちしながら、いらないことを言った。

 その言葉に明智はカチンと来る。

「……なんだと?」

 返す言葉が低くなる。

「言っておくが、彼女は顔は似ていても、お前の恋人じゃあないぞ。そのことを忘れるなよ」

 さらに続く言葉に、明智の目が険しくなる。

「あぁ、その通りだ。あんたに指摘される必要もない」

 静かに言い返すが、その言葉には隠し切れない怒気が含まれている。

「なら、冷静な行動を心がけてもらいたいね、明智真・・・

 わざわざ、名前の部分を強調する勇海。

「言われるまでもない」

「どうかな。ずっと真智明・・・の心情を引きずってんじゃないのか? だから、死んだ恋人に彼女を重ねているんだろう!」

 今度の言葉には、明智は完全にカッとなった。

 次の瞬間、明智の拳が勇海の顔にめり込んだ。

「もう一回言ってみろ、手前!」

「上等だ、このバカ野郎!」

 勇海が、懐からコンバットマグナムを抜いた。

 反射的に、明智も懐からコルト・ローマンを抜く。

「止めろ!」

 見ていた太刀掛が静止の声を上げた。

 周りにいたレイモンド達も、大慌てになって二人の身体を羽交い締めにして取り押さえる。

「よせ!」

「味方同士で銃を向けてどうする!」

 レイモンドや力石が口々に止めに入る。

 その言葉で互いに銃口を下ろしはしたものの、二人は睨み合ったままだ。

「――とりあえず、今日から私もここで警護に着く。勇海達は本部に戻って待機だ。いいな?」

 太刀掛の指示に勇海が抗議しようとするが、それを一睨みして黙らせる。

 結局、勇海はレイモンド達に引きずられる形で、戻っていった。

 明智もみどりを連れて離れ屋に戻る。

 その姿を見て、太刀掛は溜息を吐いた。

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