エピローグ-4

 シャッターばかりが降ろされた、寂れた商店街――その片隅に、ポツンと営業を続けるスナックがあった。

 男は、入り口をくぐる。すぐに「いらっしゃい」の声が返ってきた。

「お疲れさまです」

 先客がいた。

 MDSI現場指揮官の勝連かつらたけしと諜報部部長、邑楽おうらみやびの二人だ。

「すいません、先にやってます」

「構わんよ」

 男は鷹揚に頷いて、勝連の隣に座った。

「あら、ミネさん!」

 スナックの女将が声を上げた。

 いわお峰高みねたかは「やぁ」と手を挙げて応える。

「随分と久しぶりじゃありませんか」

「このところ、仕事が忙しくてね。ボトル、まだキープしてあるかな?」

「当たり前じゃあないですか! 少し、お待ちくださいね」

 女将が、棚に置いてあるブランデーのボトルを一つ取り、グラスに注ぐ。

「どうぞ」

「うむ」

 巌はグラスを受け取り、中の酒を一口含む。その芳醇な香を楽しむように舌で転がした。

「そういえば、タチさんは一緒じゃないんですか?」

磨志葉ましばと一緒に来ると言っていた」

 説明しているところに、再び入り口が開く。

「噂をすればなんとやら、だ」

 隊最年長の隊員である太刀掛たちかけひとしと、科学医療班班長の磨志葉ましばらんの二人が到着した。

「あら、こんなに揃うなんて、久しぶりですねぇ」

 女将がしみじみと言うと、

「やぁ、ママ。今日のお勧めは何かな?」

 と、太刀掛が聞く。

「信州の銘酒が何本か手に入りましたけど、いかがですか?」

「よし、それをもらおう。磨志葉は?」

「同じもので」

 女将が、店の保存庫に置いてある日本酒を取りに行った。

「やれやれ、これで一段落かな?」

 巌が言った。仕事の話は本来外でするべきではないが、今は勝連達以外の客はいない。

「えぇ。霧生きりゅう組も黄鱗おうりん会も、資金源である麻薬部門が大打撃を受け、落ち着いてもいられないでしょう」

「ただ、今回、ナインテラーの動きがほとんどなかったのが不気味です」

 邑楽が付け加える。

「下級構成員こそいましたが、主立った幹部が一人もいませんでした」

「二人幹部を失ったから、混乱しているとか?」

「その線も否定できませんが、その場合、完全に黙視を決め込むか、真っ向から報復を行うかの二択となることが多い……今回の行動は、あまりにも中途半端過ぎる」

 邑楽が懸念点を口にした。

 それを聞いた太刀掛が「ふむ」と顎に手を当て、

「これが、何かの前触れでなければいいがな……」

「嵐の前の静けさ、というやつですか?」

 と、勝連の問いに「あぁ」と返す。

「まぁ、あまり深く考えすぎるのもよくないだろう。今、我々に出来ることは、常に最悪の可能性を想定してそれを未然、あるいは最小限の被害に収めることだ」

 巌が言ったところに、日本酒の瓶を持った女将が戻ってきた。

 これで、一度仕事の話はなくなる。

 女将が太刀掛と磨志葉のグラスに、日本酒を注いだ。

「とりあえず、一段落は着けたのだ。今はこの平和な時をのんびりと謳歌することとしよう」

 そう言い、一同は互いのグラスを軽く当て合い、乾杯した。



 一方、とある雑居ビル街の地下にある小さなバーにて――

 カウンター席に、一組の男女が隣り合って座っていた。その手には、酒の入ったグラスが握られている。

「それじゃ」

「乾杯」

 バーボンの入ったグラスと、カクテルの注がれたグラスを簡単に合わせ、ガラス同士が涼やかな音を鳴らした。

「今回もお疲れさま。大変だったでしょ?」

 アルコール度数の低いカクテルを口に含みつつ、司令官秘書の結城ゆうきまどかが言う。

「いや、普段と変わらんよ」

 バーボンを呷りながら、勇海ゆうみあらたは何でもなさそうに言う。

「人の相棒借りておいて言う言葉かしら?」

 相棒――とは、彼女の愛銃のことだ。

「その節は助かりました」

 勇海がわざとらしく丁寧に言うと、

「いえいえ」

 と、まどかが微笑む。

「飲み会、今どんな感じかしらね」

「レイモンドやトッさん、リオがいるんだ。間違いなく今頃二次会コースだろう」

 勇海が笑う。

 何人かは先に帰るだろうが、基本的にドンチャン騒ぎが好きな連中ばかりなのだ。想像は容易だった。

「貴方も参加したかった?」

 まどかが聞く。

 今回、勇海は先日の命令無視などが原因で、任務後の後処理が他の面々より多かった。結果として飲み会に参加出来ず、ちょうど仕事が終わったまどかと一緒に飲んでいる。

「そうだなぁ」

 勇海は少し考える素振りを見せつつ、

「お前と二人で一緒に飲めてるんだ。むしろ、こっちが役得だろう」

「あら、嬉しい」

 まどかも釣られて笑う。

「そんな役得を、勝手ながら妨害してよろしいでしょうか?」

 と、二人の背後から声が掛かった。

「あら、シュウ」

 まどかが、その名を呼ぶ。

「おいおい、主賓として飲み会に行ってたんじゃなかったのか?」

 勇海が、現れた雲早くもはやしゅうに対し、驚きの声を出す。

「行って来たさ。で、一次会はお開き」

 そう言い、雲早は勇海の隣の椅子に座った。

「二次会は? レイモンドが幹事やってんだから、当たり前のようにやると思ったんだが?」

 ここで、馴染みのバーのマスターが雲早に注文を取りに来た。雲早が「ウォッカ、ロックでね」と短く注文を済ませ、

「それだが、レイモンドはリオと二人っきりで飲み直すつもりだったんでな。空気を読んで、退却してきた。アガは、別の店へトッさん達に連行されて行ったけどな」

「おや」

「あらぁ」

 雲早の説明に、勇海とまどかは驚く。

「どうしたんだあいつ」

「あの鈍感さだと、リオの気持ちに気付くのにあと半世紀はかかると思っていたのだけど」

 二人はそれぞれ辛辣なコメントを残す。

「そりゃあ、お節介な仲間達が、酔った勢いで後押ししたんだよ」

 笑いながら、雲早が二人の疑問へ回答する。

 ここで、マスターが雲早の注文した酒を持ってきた。丸く削られた氷の入ったグラスにウォッカが注がれ、おつまみ用の一口ベーコンの入った小皿と一緒に置く。

「ありがとう」

「いやいや、いつも贔屓してもらっているからね」

 マスターがチョビ髭を撫でながら笑う。

「しかし、最近じゃあ珍しいんじゃないか? 君達が揃うのは?」

「……そうですね」

 勇海が応える。

「三年くらい前は、毎週のように四人・・で飲みに来てくれたのになぁ……彼も、数年ぶりに珍しく顔を見せたと思ったら一人だったし」

「……何?」

 勇海が驚きの声を上げる。

「彼って……」

 まどかが、戸惑いの声を上げる。

「マスター、彼ってのは、いつも俺達と一緒に飲んでいた奴のことを指しているのか?」

「そうだよ? それ以外誰がいるんだ?」

 マスターがおかしなことを言う、と言いたげな表情を見せる。

 ここで、別の客から注文が入ったため、「ちょっと失礼」とマスターが勇海達から離れる。


「あいつが……生きている?」

 そのはずはない、と勇海は思う。

 何故なら――三年前、は自分の手で撃ったはずだったからだ。

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