第75話

 アルファが外来棟に突入する前――


 英賀あがあつしが指揮を担当するブラボーチームは、榊原さかきばら記念病院入院棟の隣に建つ立体駐車場の様子を観察していた。数十メートル離れた雑木林から、暗視装置付きの双眼鏡で敵の配置を探る。

 立体駐車場は鉄骨とコンクリートで構築された三階層になっており、屋上にも駐車が出来る構造であったことが、フェンスの存在で察せられた。

 屋上では、ドラグノフ狙撃銃を持った男が数名周回していた。

「あいつら、あんな見えやすいところにいるのは、バカなのか?」

 登崎とさきがくが口走った。

「確かに、フェンスでこちらから狙いづらいとはいえ、あちらも似たようなものだろう」

 力石りきいしみつるが冷静に分析する。

「で、あれって霧生きりゅう組かしら? それとも黄鱗会?」

 姫由ひめよし久代ひさよが疑問を口にした。

「ナインテラーじゃないかな? もしくは、この前罠にはめてきたロシアンマフィアの生き残りか」

 梓馬あずまつかさが意見を述べる。

「まぁ、バカって決めつけるのは早計だったみたいよ、トッさん。二階層目と三階層目、よく見て」

 さつき里緒りおの言葉を聞き、言われた箇所を注意深く観察し直す。登崎が「おっ」と思わず唸った。

 PK機関銃を伏せ撃ちの体勢で構えた敵が、御丁寧にもコンクリート色のポンチョを被った状態で隠れていた。その周りには、まだ点灯していないサーチライトが置いてある。

「なるほど、迂闊に突っ込めば蜂の巣か」

 力石が納得する。

「で、どう攻めるの? チーフ殿?」

 久代がからかうように言った。

 ブラボーを構成するのは、関東MDSI本部の実働部隊の副指揮官に任命されたばかりの英賀敦、一般隊員である力石満と梓馬つかさ、姫由久代。そこに、中国・四国支部のエースである登崎岳と皐里緒が応援として加わった、計六人。この中で指揮権を持つのは、当然副指揮官の肩書きを持つ英賀だ。

「とりあえず、我々の役割は陽動です。正面から突撃する必要性はありませんが……まぁ、出来る限り殲滅はしないといけないですね」

「なら、相手の注意を引いて、出てきたところを片っ端から片付ければよろしいのでは?」

 英賀の見解に対し、久代が意見を言う。

「その通りですね」

「なら、プランBか?」

 登崎が尋ねた。

「そうですね……プランBで行きましょう」

「プランBだな……了解」

「……ねぇ、一つ聞いていい?」

 梓馬が思わず、といった形で聞く。

「なんですか?」

「なんで男ってプランBって言葉使いたがるの?」

「プランBは男のロマン!」

 登崎が胸を張って言う。

「ふーん」

「あ、はい」

「……はぁ」

 英賀と力石が頷く一方で、女性陣は冷めた反応を返す。

「そ、それでは戦闘準備!」

 空気を変えるためか、慌てて英賀は指示を出した。


 まず、英賀あがあつしはM4カービンのカナダ版、C8カービンを装備している。ハンドガードの下にフォアグリップを兼ねた四〇mm口径の擲弾発射器、H&K AG320を装着している。

 サイドアームは、SIG社の高性能拳銃、P226。


 登崎とさきがくはH&K G36Kカービン銃を装備。サイドアームには以前の救援時にも使ったH&K社の特殊短機関銃、MP7A2を二丁所持。どの銃にも銃口下にレールシステムでレーザー照準器を装着。登崎の腕を持ってすれば、レーザー光が目標を捉えた次の瞬間に撃ち抜ける。


 力石りきいしみつるの主部器は、H&K社製G3ライフルをベースに開発された、HK11汎用機関銃。精度がよく、軽量なマシンガンで、ドラムマガジン内に7.62mmのライフル弾を八〇発内蔵。バックアップには同社のUSP拳銃を装備。


 さつき里緒りおが装備するのは、G3ライフルが原型の汎用機関銃HK21。力石のHK11との違いは、ベルト給弾機構の有無で、こちらはベルトリンクによる連続百発もの射撃が可能だ。


 姫由ひめよし久代ひさよはFN社のSCAR-Hライフルを装備。SCARとは「特殊部隊用戦闘ライフル」の頭文字を取った名称。このライフルは銃身等の部品を組み替えることで対応する弾薬を変更できる。Hは高威力の7.62mmNATO弾仕様だ。ハンドガード下部に、この銃用のグレネードランチャー、EGLMを装着している。


 梓馬あずまつかさは主部器としてミニミ軽機関銃の空挺部隊用モデルを選んだ。

 さらに、リオ、久代、梓馬の三人はサイドアームとして、FN社のP90短機関銃とFive-seveNピストルを装備している。


「ブラボー、配置につきました。いつでも行けます」

 英賀あがが無線でアルファに連絡を入れる。

『よし、チャーリーは?』

 勝連がこちらに向かっている最中の、第三のチームへ問いかけた。

『こちらチャーリー。予定通りの行程。到着まで三分切りました』

『よし、仕掛けるぞ!』

 チャーリーの報告を受け、無線の先で勝連が号令を掛けた。

 それを聞き、一同が初弾を装填し、グレネード弾を持つ二人がランチャーに炸裂弾を込める。

「こちらブラボー。合図を!」

 戦闘準備が完了したところで、再度アルファへ無線を入れる。

 直後、アルファのいる外来棟の方向から、派手な爆発音が響いた。

「ブラボー、状況開始!」

 合図と判断した英賀の号令とともに、英賀と久代の二人はグレネード弾を放った。グレネード弾は長い放物線を描くと、立体駐車場の屋上に着弾した。爆発に巻き込まれた敵の身体が宙を舞う。

 途端に、立体駐車場が慌ただしくなった。サーチライトが点灯され、こちらの位置を探ろうとしてくる。

「させん」

 力石とリオが、セミオートで機関銃を撃った。サーチライトが割れ、役割を果たさなくなる。さらに、浮き足立っている敵を、可能な限り狙撃した。HK11、21の精度を持ってすれば、判断力を失って思わず立ってしまった敵を撃ち抜くことなど、容易い。

 まだ生き残っている敵の機関銃手が、PK機関銃を連射し始めた。きちんと位置を確認しての射撃ではないだろうが、当たれば痛いでは済まない。

「固まっていてはやられます。散ります。ただし、ツーマンセルを厳守。孤立し、囲まれることを避けてください!」

 英賀が矢次早に指示を飛ばす。

 それぞれ身近にいる二人ずつのペアで行動することになった。英賀と力石が右手方向へ、登崎とリオが左手方向へ分かれて移動する。

「じゃ、もう一発ドーンといってみよう!」

 その場に残ったのは、久代と梓馬だ。久代は再装填したグレネード弾を今度は機関銃手が陣取る三階層目に撃ち込む。爆発音に混じって悲鳴が届く。マズルフラッシュが減ったことから、何人か討ち取ることに成功したと思われた。やがて、相手側から撃つのを止め始める。

「およ? 撃つの止めたわね?」

「籠城戦じゃ勝ち目無いと考えたんじゃない?」

 その予想はすぐに当たることになる。

 立体駐車場から、次々と車両が降りてくる。軽トラックの荷台に、三脚で機関銃を立てた簡易のピックアップだ。荷台には銃手の他にも二、三人ずつアサルトライフルを装備した構成員達が乗っている。

「考えたわね。機動力と火力を揃えて人海戦術ってとこかしら?」

 久代はSCAR-Hの照準を先頭車両の運転手に合わせる。発砲。大口径のライフル弾が簡単にフロントガラスを貫いた。二発、三発と撃ち、運転手を射殺する。

 運転手を失ったトラックは、加速を続けたまま久代達の潜む林に突っ込んできた。二人が奥に退避したところで、トラックは木に激突した。荷台に乗っていた人間が宙に放り出される。

 展開していたピックアップトラックが、次々と停止した。その数、残り五台。さらに、一台、荷台に屋根が付いたタイプの中型トラックがピックアップに囲まれた中に止まり、中からアサルトライフルを所持した敵が十人程降りてくる。

 久代と梓馬は、展開中の敵部隊に攻撃を加えた。久代が、ピックアップの機関銃手目掛け、SCARーHを撃つ。一人目を討ち取ると、久代に気付いた敵が一斉に撃ち始めた。そのときには久代は出来るだけ太い木を盾にして隠れる。

 敵が久代に夢中になっている間に、梓馬のミニミ軽機関銃が火を噴いた。二、三発ずつに区切った短連射で、敵の戦闘員を片っ端から撃ち倒す。

 敵の注意が、今度は梓馬に向いた。梓馬が射撃を止めて隠れたところに、敵が攻撃を集中する。

 その隙に、久代は移動し、別のポジションから機関銃手を狙撃した。敵の意識が久代に移った隙に、今度は梓馬が移動し、再度マシンガンを撃ちまくる。そして、敵の攻撃が弱まったところで久代がポジションを変えてから、攻撃を再開する。

 たった二人の攻撃に、相手は見事に翻弄されていた。

 そのために、側面に回った別の部隊の存在に気付くのが遅れた。

 英賀がまだ銃手が生き残っているピックアップへ向け、グレネード弾を撃ち込む。爆発で車両が炎上し、搭乗員は死を免れることが出来ない。

 さらに、別の方向から近付いていた登崎が、M68手榴弾をトラックの荷台に投げ込んだ。機関銃手が気付いたときには手遅れで、機関銃ごと男を吹き飛ばし、その衝撃と破片が運転手や周りに展開していた戦闘員達を巻き込む。

 久代が狙撃した数も含め、機関銃手は全滅した。

 ここで、力石とリオが機関銃をフルオートで撃ち始めた。大口径ライフル弾の連射による、嵐のような銃声が轟き、銃口から伸びる発射炎が周りの空気を焦がす。完全に浮き足立った残りの戦闘員達が次々と蜂の巣になっていく。運良く掃射から逃れた敵も、英賀、登崎、久代、梓馬の四人が冷静に一人ずつ確実に討ち取り、ほぼ一方的に戦闘が終わった。

 そこへ、今まで沈黙していた立体駐車場の方から、銃撃が再開した。六人は一斉に残ったトラックを遮蔽物にして隠れる。

「アズサ、動く車両がないか確認を!」

「了解!」

 英賀が指示を飛ばす。

「ちっ、まだまだ本隊は残ってたみたいだな」

 登崎が舌打ちする。

「アズサ、まだなの?」

「えぇい、あんたらがバカスカ撃ったせいでタイヤがパンクするわ破片がエンジン破るわでヒドいのよ!」

 リオの催促に対し、梓馬が言い返す。その数秒後「あった!」と叫び、ドアが開く音がした。

 梓馬がまだ動く軽トラックを運転し、英賀達が身を隠す中型トラックに近付く。

「乗って!」

 五人がトラックの荷台に飛び乗った。

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