第71話
「うじゃうじゃと!」
ルナが吼える。
男達は、短機関銃で武装していた。イングラムM11やUZI《ウージー》、チェコの新型機関銃スコーピオンEVO3など様々だ。おそらく、
「ルナ、肩!」
楠が叫ぶ。
ルナは楠の意を察し、ライフルを撃ちながら、片膝を着く。
そこへ楠が走った。ルナの肩を踏み台に、天井近くまで跳躍する。
踏まれたルナが伏せると、二人の間を、敵の弾丸が通り過ぎた。敵は、床に伏せたルナと跳び上がった楠のどちらを狙うかで一瞬迷ったようだ。
天井まで上がった楠が、宙返りして今度は天井を蹴った。次に、身体を捻って壁を蹴り、男達に近付く。
男達が楠の接近に気付いたときには、先頭の男の顔面に楠の膝が刺さった。至近距離でAUGから弾がばら撒かれ、男達が悲鳴を上げる。
「死ね!」
射線から逃れていた男が銃口を、着地した楠の頭があるであろう位置に向ける。
楠は、床に着地の際に、敢えて脚から降りずに背中から受け身を取った。男の放った銃弾は、無益に宙を飛び、壁に弾痕を穿っただけだ。
楠が床を転がりながら、撃っていた男の足を払った。倒れた男の眼前にライフルが突きつけられ、無慈悲な連射が鮮血を撒き散らす。
さらに楠が転がると、別の男が撃った弾丸が床の絨毯に穴を開けた。その男の足を蹴って転がし、弾切れのAUGの代わりにベレッタ90-twoピストルで、こけた男の頭を撃つ。
楠は視線と腕だけ動かし、まだ立っている男二人に拳銃を発砲。胸に二発ずつ叩き込む。
ルナは乱戦に持ち込んだ楠と男達へ向けて援護射撃を行いながら接近した。
そこへ、階段から反りを持った短刀を抜いた男が斬り掛かる。こういう狭い空間では、
ルナは、咄嗟にトンファーを抜いた。先の任務の際に敵から奪った物を、そのままズボンのベルトに挿して持ってきていたのだ。
トンファーに刃が食い込んだが、切断までには至らなかった。動いている物体を斬ろうとすると、どうしても刃筋が狂って綺麗に切り落とすことが難しくなる。
ルナは右腕に保持しているAUGの、躑弾発射器の部分で顔面を殴り、腹を蹴り飛ばした。男と距離が開いたところに、ライフル弾を撃ち込む。胸と頭から鮮血が弾けた。
だが、今度は別の男がAUGを押さえ込んだ。左手でライフルのハンドガードを掴み、もう一方の手には刃物が握られている。
ルナの対応は早かった。左腕のトンファーを半回転させ、長い部分を男の股下に通す。男が刺す動作に合わせ、自分の身を沈ませながらトンファーで男の身体を掬い上げる。
天地が逆転した男が、自分に何が起きたのかを理解する前に、ルナの背中をスルーし、頭から床に落ちた。首の骨が折れる鈍い音が響いた。
「ルナ、無事?」
楠がAUGの弾倉を交換しながら尋ねる。
「こんなの、大したことないわ、クッス」
ルナは応えると、楠とともに階段を降りた。敵の現れた方向を考えると、
図らずも、ルナと楠の予想は当たった。
「どうなっている?」
殺し屋達の主格であるチェ・ハンヨンが一階で応戦している面々に尋ねる。
「敵は二人! かなりの手練れのようです!」
ハンヨンは思わず舌打ちする。たった二人に手こずるとは、何事か。
ハンヨンは部下が担いでいる女スパイを見た。わざわざ窓から進入し、被害をほとんど出さずに拉致することが出来たというのに、この体たらくか。
悪いことに、階段を降っていた最中に、部屋に残って調べていた雇い主の幹部は捕まったし、非常口に配置されていた連中もやられたのか無線に出ない。裏を掻いて表から出ようとしたら、足止めを食らっている。
「いかがしましょうか?」
部下が恐る恐るといった体で尋ねてきた。
「俺が入り口の敵をやる。その隙にその女を連れだして、車を用意しろ」
ハンヨンはそう命じる。人質、という手も考えなくもなかったが、そんな手で簡単に逃してくれる敵とも思えなかった。
しかし、抜いた時には、敵の接近を許していた。敵の回し蹴りに、持っていた回転式拳銃が弾かれる。敵の拳が動いたため、反射的に勇海は左腕で防御しようとした。
敵は、殴ろうとはせず、防御のために動いた左腕を掴んだ。一瞬で手首の間接を極められる。
勇海は、腕を折られる前に自ら床へ倒れて、関節技から逃れた。横になった勇海に男が覆い被さり、マウントポジションを取られる。真上から、拳を打ち下ろしてきた。無駄のない連打を前に、勇海は顔面を腕で防御するが、がら空きのボディを何度か打たれる。バックアップの
「ユーミ!」
そこへ、名雪が飛びかかった。誤射を恐れ、右手にナイフを抜いて直接仕止めに掛かる。
「止せ! こいつに近寄るな!」
勇海は警告を送るが、遅かった。
逆手に握ったナイフが振り下ろされたが、男が背後を向きながら、左拳を振るった。手の甲がナイフを握る手に当たり、ナイフが離れる。
名雪はそれでも止まらず、左の掌底打を男の顔面に見舞った。今度は、男の右手の指がその掌底打を放つ手に絡み付く。
「ぎっ!」
名雪が悲鳴を上げる
ーー指間接を狙った技だと!
勇海は驚きつつも、右手でM649を抜くことに成功し、男の頭目掛け発砲する。
だが、勇海の動きを察知したか、男は名雪に技を掛けるのを止め、飛び退いた。銃弾は当たらず、男は避けながら名雪に蹴りを放って転がす。
「ハンヨン!」
男の部下の一人が、短機関銃を構えて近づいてくる。
勇海はまずいと思い、ボディガードを向けようとするが、おそらく間に合わないーー
次の瞬間、飛んできた脇差しが、短機関銃を持った男の首に刺さった。
さらに、外から車のクラクションが鳴る。
「ちぃっ!」
ハンヨンと呼ばれた男は、それが合図だったかのように外へ駆け出す。
「逃がすか!」
勇海がボディガードを連射するが、すばやく離脱していったハンヨンに一発も当たることはなかった。
「おの……れ……」
一方、短機関銃を持った男はまだ絶命しておらず、最後の力を振り絞って引き金を引こうとしていた。
そこへ、駆けてきた者がいた。投擲した脇差しの持ち主だ。男の首に刺さった脇差しの柄を右手で握ると、左手に握ったMP9短機関銃を男の腕に近付け、発砲する。両腕を撃ち抜かれ、銃を落とした男の首筋を、刺さっていた刀で抉った。噴き出した血が、床を真っ赤に染める。
「大丈夫か?」
「あぁ……助かった、マコト」
勇海は
「礼は後だ。女を担いだ連中が、入り口を出るのを見た」
「アユだな? 追うぞ!」
勇海はM686を拾うと、明智と共に外へ駆けた。名雪は、花和泉に任せることにする。
外へ出た瞬間、車が走り去っていった。
明智が短機関銃を連射するが、車を止めることは出来ない。
「マコト、バイクだ!」
勇海は叫ぶ。近くには、勇海が乗ってきたバイクが停めてある。
「俺が撃つ。マコト、お前が運転してくれ!」
「分かった!」
明智が勇海の指示を聞き、素早くバイクに跨がる。エンジンは掛けたままだったから、すぐに走れるはずだ。
勇海は明智の後ろに乗る。それを確認し、バイクが猛スピードで発進した。
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