第67話

「アユが危ない」

 顔面蒼白な状態で、花和泉はないずみが呟く。そのアユというのが、敵内部に潜入中のメンバーらしい。

「連絡は取れないのか?」

 雲早くもはやが尋ねる。

 花和泉が携帯を取り出し、電話を掛けた。しばらくコール音がしていたが、一向に相手が電話に出る気配がない。

「繋がらない、か?」

「……えぇ」

「今、その方はどこに?」

 明智あけちが聞いた。もし、敵の中に潜り込んでいる真っ直中に捕まっていたら最悪打つ手がなくなる。

「……今日は、拠点にしているホテルで待機しているはずよ」

 名雪なゆきが答えた。

「その状態で電話に出られない、か……」

「そのホテルの位置は?」

 綾目あやめ留奈るなが聞く。

 地図を広げると、

「ここよ」

 と、花和泉が示す。このセーフティハウスから、全力で車を飛ばして十分と行ったところか。

「まどか。この施設に車は?」

 勇海が結城ゆうきまどかに移動手段の有無を尋ねる。

「車庫にあるわ。ただ……」

「ただ?」

「車は定期点検中で使えないわ」

「何てこと……」

 ルナが頭を抱える。

 そこに、「でも」とまどかが続ける。

「バイクだったら、何台かあるわ」

「バイクか……」

 勇海が沈思する。

 そこへ、これまで外に出て警戒していた三好みよし志穂しほ葉桐はぎり美保みほが入ってきた。二人は、この場に漂う重苦しい雰囲気に驚きつつ、

「どうしましたか?」

 と、一同に声を掛けた。

 ここで、勇海が閉ざしていた口を開く。

「ミヨ、キリ、お前等のライフル貸せ」

「え?」

「はいぃ?」

 三好と葉桐が首を傾げるが、

「とっとと渡せ! 時間がない!」

「わ、分かったわよ」

 勇海の形相に驚いた二人が、各々使っていたシュタイアーAUGライフルを納めたライフルケースを持ってきた。

「弾は使い切ってないよな?」

「予備弾倉が三つまだ残っているはずよ」

「私のは二つ」

「よし、十分」

 勇海は頷くと、

「マコト! イズミ! お前等これ使え! あと、ルナは短機関銃を予備弾倉含めてユッキーに渡せ!」

 次々と武器の分配を進める。

「マコト、確かお前バイク運転できたよな?」

「え? あぁ」

 明智は頷く。

「大型も?」

「一〇〇〇ccまでなら運転経験がある」

「上等、付いてこい!」

 勇海が先導する。

「待て、ユーミ! 何をする気だ!」

 それを雲早が止めようとする。

「俺達が受けた命令は『待機』だぞ」

「わりぃが、俺の独断で思いっきり命令違反させてもらうぜ」

 勇海が「独断」の部分を強調して言う。

「何?」

「これから敵の捕虜とされた可能性の高い、諜報部隊員忍坂あゆみの救出を行う。ただし、これはあくまでも勇海新による独断であり、他の隊員は命令の拒否権はないものとして参加することとする」

 勇海が高らかに宣言した。

 雲早は唖然としつつ、

「ユーミ、お前……」

「そういうことだ。説教と懲罰は帰ってきたらいくらでも食らってやるから、今は黙認してくれ」

 と、勇海はウインクする。

「私はお留守番?」

 ルナが不服そうな顔をするが、

「しょうがないだろ。そこの二人置いていったら、後で俺が殺されそうだ」

 と、勇海はわざとらしく茶化す。

 勇海に「殺されそう」と宣言された花和泉と名雪は苦笑を浮かべながら、

「アユを助けに行くんですね?」

「どうせ、お前等だけだったとしても行くだろ? ま、俺も同じことするけどな。たぶん」

 と、勇海も口角を吊り上げる。

「ユーミ」

 ここで、黙って成り行きを見ていたまどかが声を掛けた。

「何だ? お前も止めるか?」

 勇海が聞くと、まどかは懐から自動拳銃と予備弾倉を取り出した。

「止めても無駄でしょ?」

「よく分かっているじゃないか」

「本当なら、私も行きたいけど」

「定員オーバーだよ。残念だけど、な」

「せめてこれを」

 そう言って、勇海の手に拳銃を渡す。

「ありがとうよ」

 勇海達が車庫へ向かう。

 車庫には、まどかの言った通り、バイクが数台置いてあった。アメリカのハーレー、一〇〇〇ccモデル。ボディはブラック。勇海が明智に鍵を渡した。明智は海外製のモデルに乗ったことはほとんどないが、なんとかするしかない。

 そのとき、車庫のシャッターが開いた。まだここにいる人間はスイッチに触れていないため、外部からの操作ということになる。

「あれ?」

「ちょっと、あんた達、どこ行くつもりなのよ?」

 そこへ、ちょうど英賀あがあつし駿河するがしんの部隊が戻ってきた。

「駿河さん、ちょうどよかった!」

 雲早が慌てて駆けてきて、

「こいつらを止めてください! 勝連さんからの命令に逆らうつもりです!」

 と、最後の抵抗とばかりに駿河に助けを求めた。

「あらあら、穏やかじゃないこと」

 駿河は肩を竦めると、

「何をする気なの? 場合によっちゃあ、殴ってでも止めるわよん?」

 駿河が勇海に対して凄む。

「駿河さんやダイゴさんが俺達やアガにしてくれたことを、今度は俺達がやるんですよ」

 勇海は臆することなく、言ってのけた。

 数秒の時間、互いの視線がぶつかり合う。

「……はぁ」

 先に根負けしたのは、駿河の方だった。溜まった息を吐き、張り詰めていた空気が弛緩する。

「ジミー、モモ。あんた達のライフル、貸してあげて」

「駿河さん!」

 雲早が食ってかかろうとするが、

「黙れ、若造」

 と、一睨みしただけで黙らせる。

「バイク二台だけで行くつもり?」

 ここで、杏橋きょうはしくすのが声を掛けてきた。

「二ケツでも最大四人……少ないんじゃない?」

「アズサを少しの間安静にさせなきゃいけなくてな。今はバイクを運転できるのが俺とマコトだけだ」

「あら、私も出来るんだけど?」

 と、楠が自信満々に言う。

「それは知っているが、今戻ってきたばかりだろう?」

「だから? ユーミさん達だって似たような状態でしょ? それに、こっちは増援を駿河さんやトッさん達が片っ端から倒しちゃったから、雑魚しか相手に出来てないのよ」

 楠は暗に「余力は十分」とアピールしてくる。

「ユーミ! 持ってきたぞ!」

 そこへ、清水と子桃園がライフルケースを持ってきた。

「さぁ、早く決めて。連れて行くのか、行かないのか?」

 楠が問う。

 勇海は時計を見て、

「ルナ、クッス! 四〇秒以内に移動の支度しろ!」

「兄さん!」

「ユーミさん!」

「急げ!」

 ルナと楠が車庫へ走った。

 勇海が清水と子桃園からライフルケースを受け取り、中身の確認をしている間に、二人の手でバイクがもう一台準備される。

 勇海は清水から渡されたG36Cカービンを使うことにした。

「クッスはこれ使え。あと、ルナはマコトからAUGを受け取れ」

 楠に子桃園のライフルケースを渡し、ルナが明智からライフルケースを受け取る。

「マコト、悪いがイズミからMP9受け取って、自慢の刀と一緒に何とか頑張ってくれ」

「わかった」

 そして、急ピッチでバイク三台が用意され、明智達は乗り込む。

 明智の後部に花和泉、勇海の運転するバイクには名雪、そして、楠が持ってきたバイクにはルナが、それぞれ乗り込んだ。

「出撃!」

 勇海の号令と共に、放たれた矢のように、漆黒の鉄騎が三台駆けていった。

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