第64話

 MDSIが爆破して開いた通路を使い、蒼狼そうろう会の構成員達が地下から進入を果たした。

 指揮を執るのは、若頭の鷲尾わしお鷹見たかみだ。彼らの部下が、中国製のブルパップ式アサルトライフル、86Sを装備している。AK47ライフルの中国版56式自動歩槍を、小型化するために機関部を銃床内に配置したモデル。AKや56式同様7.62mm口径のライフル弾を使用する。

「行けぇ!」

 鷲尾が持っている回転式拳銃を指揮棒の如く振り回し、突撃の合図を出した。スタームルガー社製のスーパーレッドホーク。使用弾薬は、熊をも一撃で殺せる44マグナム弾。

 ライフルを構えた構成員達が次々と地下通路を突き進む。

 先程、一階での戦闘で、火炎瓶で分断した敵部隊の一部が地下にいるとの知らせを受けていた。彼らの任務は、地下に押し戻された可哀想な連中を皆殺しにすること。

 途中、ワイヤで縛られて転がされている黄鱗おうりん会の構成員二人を発見し、さらに進んだときだった。

 突如現れた人間に、散弾の洗礼を受けた。



 敵の増援を地下に視認した瞬間、太刀掛たちかけひとしが、レミントンM870ショットガンをぶっ放した。先頭を走ってきた構成員が穴だらけになって倒れる。

 左手で握るフォアエンドを前後させ、廃莢する。二人目にも発砲。あとは一連の動作を何度か繰り返し、弾幕を張り続けた。

 こういった、狭い通路で使用する散弾銃は凶悪だ。気付かずに近付いたら最後、避ける空間もなく、蜂の巣が次々と量産される。

 太刀掛は散弾銃を撃っては、コンクリートの壁を抉り破片をばらまく作業をしていたが、ついにチューブマガジン内の散弾を全て使い切った。反転し、その場を離れる。

「逃がすか!」

 弾切れを悟った構成員の何人かが、盾にしていた曲がり角から飛び出す。

「止めろ!」

 鷲尾が警告するが、遅い。

 今度は、勝連かつらたけしがUMP45サブマシンガンをフルオートで撃った。急いていた注意不足の構成員達を容赦なく四五口径の弾丸が撃ち倒す。

 再度突撃を中止した敵が隠れている場所に適度に弾をばらまきながら、勝連も後退した。

 蒼狼会の面々は、さすがに今度はすぐには飛び出さず、様子を窺ってから慎重に進み始める。途中の小部屋に敵がいないか確認しつつ、この地下にあるライブ用スタジオのある大部屋前まで来た。

 先頭の男の頭が、突然弾けた。

 驚きに足を止めた二人目の眉間が、撃ち抜かれた。

 三人目、四人目と撃たれていくが、いずれも無音だった。

「おい、あれ――」

 これが五人目の遺言だった。

 五人目が死ぬ寸前に指した位置に注目が集まった。

 スタジオのドアの位置から、名雪なゆき琴音ことねがASヴァルで、狙撃を行っていた。この銃独自の消音器と特殊弾頭のおかげで、敵側には発砲時の音をほとんど感じさせず、一方的に狙い撃っていたのだ。

 名雪に気付いた敵が、一斉にライフルを撃った。名雪が引っ込み、そこへ大量のライフル弾が着弾し、穴だらけにする。

 名雪は、バリケード代わりにスタジオ中から集めて積んだ楽器達を盾にして、壁を貫通してきた弾丸をやり過ごした。シンバルやトロンボーンなどの金属性の楽器に弾丸が当たり、甲高い音を鳴らす。

「……なんて不協和音」

 名雪は思わず顔をしかめる。

 蒼狼会は撃ちながら前進を再開した。

 そして、彼らは名雪に夢中になって気付かなかった。彼らが通った通路とスタジオを隔てる壁に、穴が開けられていたことに。

 名雪と共にスタジオに潜んでいた花和泉はないずみみゆきは、その穴から通路の様子を眺めていた。先頭を突っ走っていた生き残りが穴から見えた後、手元の起爆スイッチを押す。

 直後、ドアに近付いた男達の足下で爆発が起きた。M18対人地雷「クレイモア」内の爆薬が炸裂し、約七〇〇個の鉄球が男達の足を襲った。

「ぎぃゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 絶叫し、足を失った男達が倒れた。思わず、後続も足を止める。

 花和泉はさらにもう一つ、起爆スイッチを押した。今度は蒼狼会の最後尾付近に仕掛けられていたクレイモアが作動し、再び男達の足下を吹き飛ばす。

 前後を固める構成員達が倒れてしまったことで、間に挟まれた構成員は進むことも退くことも出来なくなった。

 花和泉は仕上げに、プラスチック爆弾の固まりを、穴へ向けて投げつける。穴から通路に落ちた爆弾から花和泉の手まで、起爆コードが延びている。

 穴の存在に気付いた男が銃口を穴に向けるが、もう遅かった。

「ジ・エンド、ってね」

 起爆。

 爆発し、逃げられない構成員達十人近くがまとめて爆散した。炎が容赦なく焼き、衝撃で身体がバラバラになり、通路が真っ赤に染まる。爆発の衝撃で、天井からパラパラと埃が落ちてきた。

「……崩れないよな?」

 スタジオ内に退避していた勝連と太刀掛が心配そうに見上げる。

「そこは計算していますから」

 花和泉はニッコリと微笑む。

 先程の太刀掛と勝連による攻撃は、花和泉が罠を設置するための時間稼ぎだった。火炎瓶で分断された時点で、地下から敵が向かってくることを予測していたのだ。



「やられただと? 全員がか!」

 鷲尾が驚きの声を上げる。

 這々の体で逃げてきた部下の話だと、奇襲してきた相手を追いかけて先行した部隊は、罠にはまって全滅したとのことだった。

「くそぉ!」

 鷹見たかみが毒づく。これで、地下に割いた人員の内半数がやられた計算になるからだ。あまりにも被害を出し過ぎている。

「ど、どうしますか?」

 部下が脅えた声を出した。

「どうしたもこうしたもあるか!」

 鷹見は、懐から大型自動拳銃、デザートイーグルを二丁抜いた。

「何をする気だ!」

 鷲尾が咎める。

「もう奴らも罠を使い切ったはずだ! ここで一気に討ち取る!」

「止めろ! これ以上は……」

 鷲尾が止めに入るが、頭に血が上った鷹見は聞く耳を持たない。

「このままじゃ組長に合わせる顔がねぇだろうが! 野郎ども、続け!」

 鷲尾の制止を鷹見が振り切り、両手にデザートイーグルを構えて突撃していった。

 そして、血の気の多い部下達は、鷹見に付いていく。

「よせぇ!」

 だが、鷲尾の声で止まった者は僅かだった。

 鷲尾は迷った末に、もう一丁のスーパーレッドホークを抜くと、追いかけることにした。



「勝連さん! こちらの援軍が来ました!」

 一階への階段付近で撃ち合っていた梓馬あずまつかさが、スタジオに戻り、報告したときだった。

 若頭の鷹見を先頭に、さらなる蒼狼会の戦闘部隊の一団が突っ込んでくるのが見えた。

「嘘でしょ!」

 先程の爆発音は梓馬も聞いていた。よもや、残った敵が策もなしに突っ込んでくることなど、予想していなかった。

「死ねぇ!」

 梓馬を視認した鷹見が、二丁のデザートイーグルを連射する。44マグナム弾が梓馬の周りで弾け、コンクリートの破片を飛ばした。

「このぉ!」

 梓馬は覚悟を決め、P90短機関銃をフルオートにし、残弾を一気に撃ちまくった。鷹見が避け、周りの組員が撃ち抜かれる。

 やがて、P90は弾切れになった。

「くっ」

 梓馬は、サイドアームのFive-seveN拳銃を抜いた。

「死にさらせやぁ!」

 鷹見が吼え、デザートイーグルが火を噴く。

 ほぼ同時に、梓馬も5・7拳銃の引き金を絞った。

 マグナム弾が梓馬の胸に着弾し、一瞬梓馬の息が止まった。

 一方、梓馬の撃った弾丸は、鷹見の右耳を撃ち抜いた。

「がぁぁぁぁ!」

 獣のような咆吼を上げながら、鷹見が右耳を押さえてうずくまった。

「鷹見!」

 ここに、もう一人の若頭、鷲尾が辿り着く。

「梓馬!」

 スタジオから、勝連達も出てきた。

「鷹見を下がらせろ! 引き上げだ!」

 鷲尾がスーパーレッドホークを撃って牽制しながら、指示を飛ばす。生き残っていた組員が、痛みに悶える鷹見を抱えながら、逃げていった。

「アズサ!」

「しっかり!」

 花和泉と名雪が声を掛けると、倒れていた梓馬が咳込む。

「……大丈夫?」

 名雪が尋ねる。

「どうかしら?」

「いや、何で貴女が逆に聞くのよ……」

 梓馬の返答に困りつつ、花和泉が傷の具合を調べる。

「うわ、防弾用のセラミックプレートがボロボロ……」

 弾丸そのものは防弾装備が止めており、骨も折れた様子はなさそうだった。ただ、着弾の衝撃が肺を圧迫したのか、梓馬は咳を繰り返している。弾丸の威力を示すように、タクティカルベストに挿し込んであったセラミックプレートが粉々に割れていた。

「本当に大丈夫なの?」

「問題ないわ」

「まぁ、戻ったらメディカルチェックは必須ね」

 花和泉が肩を貸して梓馬を立ち上がらせたところで、敵を追撃していた勝連と太刀掛が戻ってきた。

「どうでした?」

「残念ながら、雑魚しか仕留められなかった」

 太刀掛ががっかりしながら答える。

 そして、勝連が指示を出した。

「幹部には逃げられた。だが、向こうも少なからず損害が出ている。

 こちらも援軍と合流次第、脱出する。分断された隊員の救出を行うぞ!」

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