第65話
その頃、
明智とルナは油断なくMP9短機関銃を構え、周囲を索敵した。見渡す限り、二階に敵はいないようだ。
「どうする?」
明智は再度階段前に戻って、下の様子を見る。階段のすぐ下では今も灼熱の地獄が続き、とても降りられる状況ではない。
「非常口に向かいましょう」
ルナが即答する。
「そこからじゃないと、おそらく降りられないわ」
「……だが、待ち伏せされている可能性がある」
明智は懸念点を口にした。
これが敵の仕掛けた罠であることは、すでに確定していた。お世辞にも強いとは言い難い地下のチンピラ達、そしてタイミング良く現れた大量の増援達。敵がよっぽどのバカでない限り、非常口にも敵が配置されるのは明らかだ。
「そうね」
ルナはあっさりと明智の意見を受け入れる。
「でも、行くしかない」
「だがーー」
「マコト、落ち着いて」
ルナが優しく諭すように言う。
「待ち伏せを成功させるための前提条件は、何だと思う?」
「前提条件?」
明智が答えに窮すると、
「ターゲットが、そもそも待ち伏せがないと思っていることよ」
と、ルナがすらすらと教えてくれた。
「待ち伏せとは、噛み砕いてしまえば、しっかり準備した状態で、逆に準備不足の相手が予測していない地点で奇襲を仕掛けることよ。
さて、今の私達はどうかしら?」
ルナが首を傾げる。
明智は少し考え、
「……武器は十分とは言い切れないが持っているし、敵がいること前提で行動している。そして、最も待ち伏せに適した地点も予測できている」
「その通り」
ルナは明智の回答に満足そうに頷く。
「この時点で、相手の待ち伏せのメリットは半減しているわ。
あとは、私達の行動次第で簡単に有利に持っていける。大切なのは、『ペースを相手に握らせない』ことよ」
なるほど、と思った。何も、わざわざ相手の思惑に乗ってやる必要はないのだ。相手が待ち伏せているのならば、そのことを前提とした戦法なり戦略を練ってから、逆に相手の作戦を掻き乱してやればいい。
二人は非常口へ近付く。明智がMP9の銃口を扉に向け続け、ルナが周囲を警戒する。
あと五メートル程で非常口に辿り着く――そのとき、非常口のドアが破られた。
そして、現れた人影が、何かを明智に向け投擲する。
このとき、明智は引き金を引かずに、思わず顔を自身の銃でかばってしまった。
しかし、この突飛過ぎた行動が、幸いにも明智の命を繋いだ。
飛来してきた、柳葉飛刀が二本、明智の顔の前に掲げられたMP9サブマシンガンの機関部に刺さって止まった。これで、短機関銃は撃てなくなってしまった。
だが、あのまま現れた人影に向けて発砲していたら、明智の頭は確実に串刺しにされていたであろう。
「きぇっ!」
次に非常口から入ってきた男が、三節棍を振り回して襲いかかってきた。明智とルナは咄嗟に横に転がり、振り下ろされた三節棍を避けた。
ルナが三節棍の男に短機関銃を向けるが、三節棍の男はそれを予想していたように、横薙ぎに振るい、手から銃を弾き飛ばした。さらに、そこへ
一方で、明智も窮地に立たされていた。
男は、明智に向け、右手の筆架叉を突き出してきた。
明智は、右手を銃のグリップから放すと、左手でフォアグリップを握ったまま、左手の甲を相手に向け、銃を盾にした。
筆架叉が銃を貫いた。男はそのまま左手の筆架叉での攻撃に移ろうとする。
相手の攻撃が決まる前に、明智が電撃的に動いた。銃に刺さっていた柳葉飛刀を右手で抜き、男の右手に突き刺す。
「がっ?」
男の左手の動きが、痛みでワンテンポ遅れる。
明智は男の腕から抜いた飛刀で、左の筆架叉から繰り出された突きを弾いた。そして、男の鼻面目掛け、頭突きをぶつける。
「ごぶっ!」
明智の額が、男の鼻を潰し、前歯を折った。明智は右手で握っていたままの飛刀を、今度は男の首に突き刺す。
そこへ、別の敵が接近してきた。両手には、
明智は両手を武器から離すと、左腰の脇差に右手を伸ばした。抜きざまに筆架叉の男の胴を薙ぐ。返す太刀で胡蝶刀持ちの男に斬り付けた。
男は、左手の刀でその斬撃を受け止める。右手の胡蝶刀で、明智に反撃してきた。
明智は左手で折り畳み警棒を抜き、展開した。迫る刃を特殊警棒で弾く。この警棒は折り畳み式ゆえの脆さをカバーするために材質を特殊な合金にし、打撃力を上がるために先端の方を重くしてある。
男がさらに斬り込み、明智の警棒が弾く。明智の脇差が再度斬りかかるが、それを男の胡蝶刀がいなした。互いの両手の武器が、幾度となく激突し、斬り結ぶ。
ルナは二人の男相手に苦戦を強いられていた。一人は三節棍、もう一人はトンファーを手に猛攻を仕掛けてくる。
その攻撃の合間を縫って、ようやくルナは右手でナイフを抜いた。
「ちぇい!」
三節棍の攻撃を回避しながら、トンファーを持つ男に、抜いたばかりのナイフを投げる。まさか構えたばかりの武器を投げてくるとは思っていなかったらしく、男は慌ててトンファーで迫るナイフを弾き飛ばした。
そこへ、ルナは肉薄した。男がトンファーで殴りつけてくる前に、一気に懐に飛び込む。右手のトンファーを回避しながら、男の左腕を右手で掴み、左手で腹に掌底打を放った。さらに二度、三度と当て続ける。
そこへ、トンファーの男は自らの足で、ルナの足を払った。
「あっ!」
トンファーばかりに注意していたルナが、あっさり床に押し倒される。
男が、右手を振り上げ、ルナの顔目掛けトンファーを振り下ろそうとする。
「ルナ!」
ここで、斬り合いを続けていた明智が、ルナの危機に気付く。
胡蝶刀の二連撃を警棒と脇差で逸らすと、明智が咄嗟に蹴りを放った。腹に蹴りを受けた男が、一旦間合いを開ける。
その一瞬の隙をついて、明智が脇差を投げた。
「がぁっ!」
トンファーの男が悲鳴を上げた。振り上げていた右手に、脇差が突き刺さっていた。その痛みで、右手からトンファーを放してしまう。
ルナは、咄嗟に落ちてくるトンファーを左手で受け取ると、男の顔面を殴打した。さらに、男の左腕にもトンファーを振り下ろし、骨を叩き折る。左手のトンファーも奪い取った。
ルナは奪ったトンファーのグリップを軽く握り、回転させる。遠心力の乗ったトンファーの先端で、男のこめかみを殴った。頭蓋の砕ける音と共に、男の身体が横に吹っ飛ぶ。
「けぇっ!」
ルナ目掛け、三節棍が振り下ろされた。ルナは転がって避ける。床でバウンドした三節棍にトンファーを当て、明後日の方向へ飛ばした。ルナはその隙に立ち上がり、両手のトンファーを男に向け、構えた。
男は三節棍の両端の棍を持ち、ルナを睨み付ける。
今度はルナから仕掛けた。トンファーを半回転させ、長棒の部分で殴りかかった。男は三節棍を巧みに操り、ルナの打撃を捌く。
ルナが一旦バックステップで下がる。
そこを狙い、男が再度猛攻を仕掛けてきた。左手を端から真ん中の棍へ移し、回転させる。
縦横無尽に振り回される三節棍を、ルナはステップをするかの如く避け、当たりそうになった攻撃をトンファーでいなす。
ルナはさらに大きく背後に跳んで、三節棍の攻撃範囲から逃れた。
その瞬間を狙い、男は左手を離すと、右手一本で槍のように三節棍を突き出した。鎖で繋がった三本の棍が、ルナの胸目掛け伸びていく。
――この瞬間を待っていた!
ルナは胸に伸びてきた三節棍を、振り下ろしたトンファーで、床に叩き付けた。
男はすかさず伸びた棍棒を手元に手繰り寄せようとした。
だが、ルナはそれを許さなかった。戻ろうとする棍を、踏み付けて固定してしまう。
男の対応が、一瞬遅れた。
ルナは両手のトンファーを同時に突き出し、先端で男の鳩尾を突いた。急所を二本の棍棒で突かれた男の呼吸が衝撃で止まる。動きを止めた男の頭へ、左右のトンファーを交互に叩き付ける。
二連撃に意識が朦朧とし出した男に、ルナは止めの回し蹴りを繰り出した。この一撃で、首の骨が砕ける。
一方、咄嗟に脇差を投げてしまった明智は、警棒を右手に持ち替えていた。右の胡蝶刀を逸らし、男目掛け警棒を打ち込む。
しかし、その打撃を相手は左の胡蝶刀の護拳で受け止めた。右の胡蝶刀が、再度明智に迫る。
明智は咄嗟にコルト・ローマンを左手で抜いた。
「なぁっ!」
相手の目が驚愕で見開かれる。
胡蝶刀の護拳と、リボルバーのフレームがぶつかりあった。
明智は左手のローマンをスライドさせ、銃身と刃を絡み合わせる。接触する金属同士の鈍い音を出しながら、手首の捻りを加え、男の右手から胡蝶刀を弾き飛ばした。鼻面をローマンのグリップで殴り、怯ませる。警棒で左手の胡蝶刀も叩き落すと、頬を警棒の先端で張った。
折れた歯が男の口から飛ぶ。
よろめいて後退した男は、抵抗を止めず、飛び掛かろうとした。
その時には明智の指がトリガーを絞り、ローマンが火を噴いた。弾丸が男の胸に命中し、鮮血が辺りを赤く濡らした。
「ちぇい!」
非常口に立っていた男が、再び柳葉飛刀を投擲した。
明智は飛んでくる刃を警棒で弾き飛ばし、ローマンを発砲、新たに飛刀を抜いていた男の肩を撃ち抜いた。
「マコト!」
ルナの叫びとと共に、風切り音。そして、肉を貫く音と小さな呻き声。
声がした方を向くと、明智が胸を撃ち抜いたはずの男の首に、脇差が突き立っていた。男の手には、匕首が握られていた。
「刀、返すわね」
「それはどうも」
二人が言い合っているうちに、飛刀を投げていた男が立ち上がり、非常口から外へ出た。どうやら、勝ち目がないと思い、逃げる算段のようだ。二人は拳銃を向けるが、撃つ必要はなかった。
男は外に出た瞬間、外からライフル弾で頭を撃ち抜かれ、絶命した。
「誰だ!」
明智は銃口を向けながら誰何の声を上げる。
「……MDSIかしら?」
ルナが問う。
「その声は、ルナね? もう一人は?」
問いに対して、女性の声がした。
「ルーキーよ」
「なるほど。噂には聞いていました」
非常口から、タクティカルベストを着た女性が入ってきた。その手には、シュタイアーAUGカービン銃が握られており、銃口はこちらには向けられていない。
明智とルナも一旦銃口を下ろした。
「九州支部の
「救援? 他のメンバーは?」
女性は名乗り、さらに状況を説明してくれた。
「すでに勝連さん達との合流も完了しました。敵も撤退を開始しています」
『ば、化け物だー!』
『あ、熱い、熱いぃぃぃ』
『た、助け……』
無線を通じ、悲惨な状況が伝わってきた。
「くそ、こんなはずでは……」
敵を追い込むのには成功した。しかし、仕留めることは出来ず、それどころか甚大な被害を出してしまっている。
「組長! 若頭が負傷!」
「地下に投じた戦力、三分の二がやられました!」
追い打ちを掛けるように、別動隊の苦戦の知らせが届く。
「
「鷹見の叔父貴のようです! 命に別状はないが、戦闘の続行は不可能とのこと」
「組長、いかがしますか?」
部下が指示を仰ぐ。
「……撤退だ」
乾は即座に答える。
「これ以上は無駄だ。鷲尾と鷹見を回収次第、速やかにこの場から離脱! 浮足立つな! 各員に伝えろ!」
――狐を追い詰めたつもりでいる狩人を、底なし沼に引き込んでやりましょう。
ウェンの言葉が、乾の脳裏に浮かぶ。
だが、実際に底なし沼にはまったのは自分達ではないのか――乾はそのような錯覚を覚えていた。
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