第61話
「組長! 敵を追い込みました!」
「若頭より報告。地下にて接敵、現在交戦中!」
部下達からの報告が次々と
「よし、いいぞ!」
乾は思わず喝采を上げる。
この少し前に、別施設へ攻めてきた敵を、同盟関係にあるロシアンマフィア「アゴニスーシャ」とナインテラーの連合部隊が包囲したと連絡が入っていた。犠牲は出しているが、想定の範囲内に収まっている。作戦は順調に進行していた。
「組長! 狙撃班からの連絡!」
「む?」
ここで、高揚する気持ちに水を差すような報告が届いた。
「不審な車両が一台、こちらに向かっているとのことです」
「一台? 車の種類は?」
「ワゴンとのことです」
「こちらの陣営の車両ではないんだな?」
「はい」
乾は重ねて問うと、部下が即答する。
「敵の応援か? 意外と早かったな……いや、早くするために、最小限の人員しか用意できなかった?」
乾は考えつつ、
「もう一度聞くが、本当に一台だな?」
再度狙撃班と短いやり取りが行われ、
「はい、一台です」
と、部下は答えた。
「よし、入り口を固めている部隊のうち、十二人ばかり回せ」
乾は新たな指示を飛ばした。
これが複数台、つまり十数人規模におよぶ増援だったら、
この時、乾はそう判断した。
乾からの新たな指令を受け、十二人の組員達が、中国製の漁るトライフル、81式自動歩槍を構え、敵を待ちかまえていた。
そして、待つこと数分、件のワゴン車が走ってくるのが見えた。
「よし、射撃用意――」
チーフ格が射撃指示を出そうとした時だった。
ワゴン車が減速を始める。そして、ドリフトをするかの如く横向きに停車した。
あまりの不可解過ぎる相手の行動に、組員達は首を傾げる。相手は増援なのだから、猛スピードで無理矢理突破するものだと誰もが考えていたのだ。
さらに、不思議なことに、まだ距離がある状態で、後部のドアをスライドさせ始める。
「何をする気だ?」
ここで、彼らは判断を間違えた。疑問符を浮かべる前に、さっさと射撃を開始するべきだった。
ドアが開き切り、現れたものに一同が度肝を抜かれる。
束ねられた7.62mm口径の銃身六本が電気モータ音とともに回転を始めた。ワゴンの後部座席に固定された電動ガドリングガン――ミニガンを奥で支える大男が、組員達に死の宣告を行う。
「芝刈リノ時間ダ!」
「隊長、お願いします!」
助手席に座る部下の声を聞き、MDSI九州支部長――
この銃は――この場合、銃という表現が正しいかは分からないが、高速で擦れ違う戦闘機同士が短い照準時間で大量に弾をばらまくために作られたバルカン砲を、対人用兵器サイズに小型化したものだ。フィクションでは大男が抱えて撃つようなインパクトある使われ方が多いが、本体重量だけで十五kg、動力源を含めて二五kgに達し、さらに普通の機関銃以上に消費の激しい大量の弾薬を一緒に持って行くことを考えれば、現実では不可能なのは自明の理である。
よって、この武器を使う場合――特に移動が伴う場合は、車両やヘリなどに乗せるのが一般的だ――今、大呉が実践しているように。
待ちかまえていた十二人の構成員達が、二秒と掛からず蜂の巣と化した。おそらく、痛みを感じる時間もなかっただろう。
異変に気付いた別の敵がワゴンに攻撃を仕掛けようとしてくる。大呉はそこへ、さらに容赦なくミニガンの連射を浴びせた。数は相手の方が多いにも関わらず、火力は圧倒的にこちらの方が上だった。
恐怖で錯乱し、車両を盾にした敵を、車ごと撃ち抜く。このミニガンにかかれば、大抵の遮蔽物は紙切れに等しい。防弾処理も、大口径ライフル弾の超高速連射による連続攻撃には耐え切れない。
『ダイゴ、聞こえるか?』
大呉の耳の通信機へ連絡が入った。
「ジョージか」
声の主は、関西支部支部長、
「ドンナ塩梅ダ?」
「あと一人だ。もう少し待ってくれ」
吉弘は右目で狙撃銃のスコープを覗きながら、大呉の問いに答える。
吉弘が使用する狙撃銃は、イギリスのAI《アークティクウォーフェア》社製、AWSM。.338ラプアマグナム弾仕様の長距離狙撃用ライフル。
レンズの先では、狙撃銃を持っていた敵が、何人も頭を撃ち抜かれて倒れている。敵の狙撃部隊だ。大方逃げるところを狙う算段だったのだろう。
「誰もがすぐに思いつく狙撃ポイントを使うとは――三流だな」
吉弘は最後の標的に、狙いを点ける。
途中まで引き金を引くと、肺に七割空気を残した状態で息を止める。その状態で、一気にトリガを絞り切った。
最後の狙撃手の頭から鮮血が弾けるのをレンズ越しに確認する。
『今、敵の狙撃手を片付けた。これから援護を開始する。討って出ても大丈夫だ』
「助カル」
大呉は礼を言った。
戦場は、スナイパーによる援護の有無で優劣が決まると言っても過言ではない。どこから飛んでくるか分からぬ弾丸に脅える敵など、一方的に排除できる。
逆に言えば、
吉弘の専門は、カウンタースナイプ。いわば、狙撃手を狩る狙撃手だ。MDSIに所属する前から優れた狙撃手だった吉弘は、逆に敵の狙撃手がどこに配置されるのか、手に取るように分かる。敵の狙撃手の思考を自身の経験から読んで逆手に取り、相手が狙い撃つ前に狙い撃ってしまう。
「ミヨ、キリ、俺ガ討ッテ出テ、中ニ突ッ込ム。ソノ間ノ時間稼ギヲ任セル」
「了解」
「承知しました」
運転席と助手席に座る部下、
大呉はミニガンから手を放し、突入用の武器を手に取る。
まず、イスラエル製IMIネゲヴ・コマンド軽機関銃。二百発の5.56mmNATO弾を繋いだベルトリンクを納めた箱型弾倉が装着されている。
そして、もう一丁は散弾銃だ。南アフリカのRDIストライカー12。この散弾銃の特徴はドラム型の
大呉は右手にネゲヴ・マシンガン、左手にストライカー12を持ってワゴンから降りた。着ているタクティカルベストには防弾用のチタンプレートを二重で挿し込んでいる。ちょっとやそっとの銃弾では貫通しない。
武器・防具含め二〇kg近い装備だが、大呉の巨体は、それをものともせずノシノシと進んでいく。路地を通り、建物の裏口を目指した。
その間、三好と葉桐が、吉弘のバックアップを受けながら銃撃し、敵の注意を引き付ける。
裏口に辿り付いた大呉は、マシンガンでドアノブやヒンジを破壊し、蹴り破った。そこは一階のバーの厨房だった。壁の向こうで、銃を撃ち合っている音がした。
大呉は、壁に耳を寄せる。
『――蜂の巣は確実だ』
『ここにいても燃やされるぞ!』
銃声に混じり、二人の会話を聞き取る。
大呉は壁から離れ、左手のショットガンを連射した。六発散弾を撃ち込んだところで、銃撃を中止する。会話が聞こえてくるほど壁が薄いとはいえ、小粒の散弾程度では貫通せず、壁に傷を付けるのが精一杯だ。
大呉は一度銃を床に下ろすと、指の間接を鳴らす。ゴリラ並にデカい拳を握りしめ、振りかぶった。
次の瞬間、拳を壁に叩きつけた。ショットガンの連射でボロボロになっていた壁にさらに大きなヒビが入る。手応えを感じた大呉は、二度、三度と壁を殴り続ける。
そして、四度目のパンチで、壁に穴が開いた。一度穴を穿ってしまえば、あとは簡単だった。脆くなった部分に肘や蹴りを叩き込み、穴を広げていき、壁の向こう側にあったバーカウンターの棚も倒してしまう。
やっとのことで自分が通れるぐらいの穴を開けた大呉は、銃を拾って通過する。予想通り、勇海と雲早がいた。二人とも、開いたばかりの穴を通ってきた大呉を見てあんぐりと口を開く。
「無事ダッタカ」
ニヤリと大呉が笑う。
そして、その声で今まで停止していた蒼狼会の構成員達が動いた。大呉の実施したあまりにも現実離れした破壊行動に、理性が追い付かなかったのだ。
「ば、化け物めー!」
叫びながら火炎瓶を投げつけようとする。
大呉は、ネゲヴでその火炎瓶を持った腕を狙って撃った。
高速のライフル弾に肘を撃ち抜かれ、男が投げようとしていた火炎瓶を足下に落とした。瓶が割れ、男が真っ先に火達磨になった。さらに周りにいた仲間にも引火する。
炎に巻かれて慌てふためく男達に向かって、大呉は右手のマシンガンで追撃を行った。まともな反撃も出来ないまま、片っ端から仕止められていく。
その中、勇気ある一人が、持っていたアサルトライフルで大呉を撃った。三発のライフル弾が、大呉の胸や腹に着弾する。的は十分大きいのだ。当てるのは容易だ。しかし、防弾プレートを貫通するまでには至らなかった。
「オ返シダ」
大呉は左手のストライカー12を発砲。散弾が、勇敢な構成員の身体を穴だらけにした。
火力と防御力の差を見せられ、蒼狼会の構成員達が恐慌状態に陥った。ある者は悲鳴を上げて逃げ、ある者は無謀にも銃を撃ち、またある者は混乱のあまり乱射して味方と同士討ちを起こす。
そこへ、容赦なく撃ち込まれるマシンガンとショットガン。防弾プレートが相手の攻撃を防ぎ、大呉は一方的に敵を蹂躙していく。その長躯も相まって、さながら巨人が小人を蹴散らしていくようなものだ。
「すげぇ」
「俺らいらないんじゃないの?」
勇海と雲早がその様子を見ながら呟く。
「ユーミ、シュウ、
一旦敵を片付けた大呉が二人に聞く。
我に返った勇海が、通信機で呼び掛けた。どうやら、地下の方から来ている敵に対処しているようだ。
「ヨシ、応援ニ向カウゾ」
「了解」
「助かりました、ダイゴさん」
雲早が礼を言う。
「しかし、何故こちらに?」
「諜報部ノ
大呉は説明した。
「敵が罠張っていたのは俺達だけ? ダイゴさん」
「モウ一ツ……
勇海の問いに、大呉は答える。
「アガ達の方は?」
「
「それなら安心だな」
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