第29話
トレスが乗っていた護送車に、ついにナインテラーの構成員達が到達した。最後まで護送車を守っていたSAT隊員達を数の暴力で撃ち倒す。
後部のドアが開かれ、中にいた隊員も為すすべなく倒れる。
「トレスさん、こちらへ!」
トレスに掛かっていた手錠がライフルで破壊され、トレスが車の外に出る。そのまま構成員達が守りながら、離脱しようとしたときだった。
一台の車が彼らに向かって突っ込んできた。一斉に構成員達がライフルを向け、銃撃を開始する。その車の運転手は、ひびの入ったガラスを拳銃のグリップで叩き割り、撃ち返してきた。
しかし、数が違う。撃ち出される弾丸の量は、ナインテラーの方が圧倒的に上だ。
すると、向かってきていた車が突如方向転換し、橋の欄干へと疾走していく。そのままの歩道と車道を隔てるガードレールに激突した。
ナインテラーの構成員達は、停止した車へ銃撃を加え続ける。
「撃ち方、止め!」
一人が宣告し、男達は撃つ手を止めた。
車は、銃撃で穴だらけになり、ガードレールとの衝突でボディが歪んでしまっている。再び動き出す気配はない。
「見て来い、カルロ」
カルロと呼ばれた構成員が、運転席に近付き、注意深く覗き込む。
車の中は、もぬけの殻だった。
次の瞬間、銃声と共にカルロの意識が消し飛んだ。
すると、構成員の一人が車に近付いた。銃口を運転席へ向けながら、中を覗く。
ルナは懸垂の要領で身体を引き上げ、右手で構えたグロック19を発砲した。9mmパラベラム弾が男のこめかみに吸い込まれる。
ルナは橋へ登り切り、先程
ルナは自分の車に飛び乗り、ボンネットを蹴ってさらに高く跳躍した。こうして相手の頭上に位置取り、UZIを連射する。ほとんどの弾丸が防弾ベストに守られていない頭に命中した。相手の上を取れば頭を狙いやすくなる――ルナの狙いは見事的中した。
一番近くにいた男に、落下の勢いを足して膝蹴りを叩き込む。突き出した膝が、男の顔面にめり込んだ。蹴られた男の肩を左手で掴み、支えにして無事着地する。弾が尽きるまでUZIを連射した。
UZIを捨て、その男の身体を一八〇度回転させる。男が持つガリルアサルトライフルを乱射し、新たに三人程貫く。
ついでに、ルナは男のレッグホルスターから拳銃を奪い取った。男の拳銃もグロックのコンパクトモデルだ。
ルナは右手で自身のグロック19を撃ち始める。奪ったグロックは左手で保持しながら、口でスライドを引いて初弾を装填した。ルナは敵集団の中へ駆けながら、左右の拳銃を次々と撃ちまくる。
同士討ちを恐れたナインテラーは、闇雲に撃つわけにもいかず、近距離からの二丁拳銃を碌な抵抗も出来ずに受けた。
相手が残り一人となったところで、何発か消費していた右手のグロックの弾が尽きた。
男が好機とばかりにライフルを連射する。
ルナはサッカーのスライディングタックルの要領で足を延ばしながら道路を滑り込み、射線から逃れた。低くした頭を高速のライフル弾が掠めていく。回避しながら相手の懐まで到達し、突き出した右足で相手の脚を払った。
男の姿勢が崩れる。
ルナは右手の拳銃を捨て、男の襟元を掴んだ。体勢が崩れかけていた男を引き寄せ、地面に叩きつける。入れ替わるように立ち上がり、左手のグロッグで眉間に一発撃ち込んだ。
左手のグロッグもスライドが後退した状態で止まった。
その時、脇腹に鋭い痛みを感じた。
「……えっ?」
思わず、自分の腹を見下ろす。脇腹から白刃の切っ先が突き出ており、自身の血で真っ赤に濡れていた。
「くっ!」
ルナは咄嗟に背後へ肘を突き出した。
敵は後退しながら、ルナの身体から刀を引き抜く。
ルナは振り返り、相手の顔を見た。
「
左手のグロックを投げつけた。宍戸は眼前に飛んできた拳銃を刀で両断する。
ルナは右手でナイフを抜き、宍戸に肉迫した。
だが、突き出したナイフが届く前に、軌道を変えた刀がナイフを弾き飛ばす。
宍戸が蹴りを放った。
傷口を抉られ、激痛で動きが鈍る。そこを、鍔で殴り飛ばされた。
「やりましたね、宍戸さん!」
「この女、手こずらせやがって!」
霧生組の構成員が現れ、倒れ伏すルナの身体を一方的に蹴る。
ルナは身体を丸め、耐えるしかない。
痛めつけて満足したか、男達は蹴るのを止め、
「宍戸さん、こいつもう虫の息ですが、どうしましょう?」
「よく見ると結構美人じゃあねぇか。一回ぐれぇ楽しんでみるか!」
髪を掴んで表情を覗く男が醜悪な笑みを浮かべる。
ルナは思わず「ひっ」と短い悲鳴を漏らした。今も血を流す傷の痛みと、彼ら相手に抵抗できなかったという事実のせいで悲鳴を抑え切れなかった。
「馬鹿どもが。そいつのせいで俺達の組が壊滅したんだ。さっさと始末しろ」
宍戸の言葉で、ヤクザ達が一斉に銃を構える。
「恨むんなら、自分の運のなさを恨むんだな」
銃声が響く。
この時にルナの胸中は悔しさと恐怖が入り乱れていた。目の前に
ここでルナは不信感を抱いた。いつまで待っても、弾丸が襲ってこない。
そっと周囲を窺う。こちらに銃を向けていたヤクザが、突如糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
さらに銃声が続き、他のヤクザの頭が爆発する。異変に気付いた男達が撃った人間を捜すが、見つける前に撃ち倒された。宍戸だけは放たれた弾丸を、僅かな上体の動きだけで避ける。
宍戸がルナの髪を掴み、首へ刀を突きつけた。
「何者だ!」
「
その声にルナは驚く。
(何故、あの役立たずの新入りが?)
声の主が現れた。
ルナの目に映る明智は、左手にリボルバー、右手に刀を構え、その全身は返り血で赤黒く染まっている。
(これが、碌に銃も当てらなかった男だというの?)
そこに、銃を撃つことを戸惑い、逆に撃たれ、醜態を晒していた男の姿はなかった。
明智は宍戸に照準を合わせ、静かに宣告する。その声は低く、感情の込もらない、まるで死神の宣告だった。
「お前を冥府へ迎えに来た」
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