第18話

 明智あけち達がブリーフィングルームに入ると、すでに隊員達が集まっていた。

 ブリーフィングルームと名付けられているが、この部屋はちょっとした講堂のようになっている。空いている席に明智達は腰掛けた。

 明智はさりげなく部屋を見渡してみる。隊員が集まっているとは言っても、かなり椅子に空きがあった。

(そもそも、この部隊の規模を詳しく知らないんだよな……)

 防衛省特殊介入部隊――「Ministry of Defence Special Intervention unit」の頭文字をとって「MDSI」とも呼ばれる。防衛省の名が示す通り、防衛省の管轄ではあるが、その実態は謎に包まれている。世間一般には存在自体が知られていない。

 もっとも、死刑囚を脱獄させて隊員にするような組織だ。そういった意味では、この組織は非合法なのであろう。

 そんなことを明智が考えていると、部屋の壇上に一人の男が上がった。

 歳は四十を確実に過ぎているだろう。一見すると穏やかな顔をした中年男性だが、眼光が鋭い。

「あの人が、MDSIの司令官、いわお峰高みねたかだ」

 勇海ゆうみが耳打ちした。

 それを聞いて、明智は油断できない相手だな、と思った。注意深く見なければ、その見た目に騙されてしまう。

「これより、逃走した国際指名手配テロリスト『ナインテラー』幹部トレスの潜伏先、および氏の身柄確保作戦の説明に入ります」

 アナウンスが入ると、室内の照明が薄暗くなり、壇上にスクリーンが展開した。

 スクリーンには、一人のヨーロッパ系の男性の顔が表示された。

「この場には先日の作戦に参加していない者がいるため、その説明から開始する。机に置いてある資料も参考にするように。

 先日、関東広域指定暴力団霧生きりゅう組と国際テロリストナインテラーによる武器取引の情報を得て、我々は二つの部隊を派遣した。一つは取引現場を押さえる部隊、もう一つはナインテラーが輸送に使用した船舶を押さえる部隊だ。

 まずは、取引現場を担当した部隊の報告だ。勝連かつら、説明を」

 司令官の宣言の後、勝連が壇上から説明を開始する。

「取引現場には、霧生組若頭補佐松澤まつざわ昌樹まさきを含む組員四七人およびナインテラー幹部トレスを含む構成員十一人がいました。松澤昌樹とトレス二人の身柄の確保に一度は成功しましたが、霧生組あるいはナインテラーと思われる増援によりトレスは逃亡、松澤昌樹は死亡。

 結果、ナインテラー構成員一〇人、松澤を含む霧生組組員四七人が死亡。また、相手の増援によって後方支援部隊五人に被害が出ました。幸い死亡者はいません。

 スクリーンに映っている男は、逃亡したトレスです」

 明智は机に配布してあった資料を確認した。そこには、トレスや霧生組の情報の他、現場の状況などが詳しく書かれていた。

「次に、船舶を押さえた部隊からの報告だ」

 巌のアナウンスの後、今度は別の男が壇上で説明を開始する。

「船舶確保の指揮を担当した、駿河するがです。

 こちらは取引現場への突入とほぼ同時刻に船舶に突入しました。ナインテラー構成員六名を射殺後、船員の身柄を拘束しました。しかし、船舶内には運び込まれたはずの銃器弾薬はなく、ナインテラーの主力部隊もいませんでした。

 現在、拘束した船員に尋問を行っていますが、有益な情報は得られていません」

 今度は、女性が壇上に現れた。

「諜報部の邑楽おうらみやびです。制圧作戦以後、トレスの潜伏先の捜索を担当しました。霧生組関連団体、施設を中心に捜査したところ、霧生組組長、霧生利彰きりゅうとしあきの別邸に、医師が出入りしていることを掴み、その医師の身柄を押さえました。尋問の結果、ある外国人患者の治療を行ったとのことです。その男は左太腿に銃創を追っていたとのこと。取引現場を押さえたチームからの証言と照らし合わせ、この男がトレスである可能性が高いと考えられます」

 周囲がざわめいた。

「さらに調査を続けたところ、霧生利彰の別邸には、普段は配下である特定の組が別邸の警護を行っているのですが、今回はいつもなら警護に就かない、別の組が入っているようです」

 報告が終わった邑楽が壇上から下がる。

「以上の報告から、トレスが霧生組組長の別邸にいる可能性が高い。現在警護に入っている組も、おそらくトレスの警護のために特別に配置された連中だろう。そこで、我々はトレスの身柄を押さえるため、霧生利彰の別邸を襲撃する」

「おお、大胆」

 思わず勇海が声を上げた。

「だが、別邸についての情報が我々にはない。そこで、普段警護に就いていた組から情報を聞き出す」

 スクリーンに今度は地図が表示される。

「霧生組二次団体、太田おおた組、三浦みうら組、天神てんじん会……この三組が普段の別邸の警護だ。地図上に表示されているのは、その事務所である。

 諸君にはこの三組を襲撃してもらう。各組ごとの部隊の構成、決行日時、作戦の詳細はこの会議の後、各作戦を指揮する幹部から知らされるものとする。何か質問は?」

「なら一つ」

 そこで勇海が挙手する。

「勇海か。なんだ」

 勝連が問うと、

「質問ってわけじゃないですが……今回の作戦、新人連れて行くのはダメですか? 訓練もある程度終えたんで、そろそろ実戦経験を積ませた方がいいと考えてます」

 思いがけない勇海の提案に明智は驚く。

「新人か……明智、どうだ?」

 勇海の隣に座る明智に目を留め、勝連が尋ねる。

 ――実戦か。

 この組織に所属する以上、避けることは出来ない。ただ問題があるとすれば――

 ――果たして、自分に人を殺せるのか。

「無理強いはしない。ただ、今回の作戦は普段の我々の作戦内容からすれば、それ程大規模なものに分類されない――言っている意味が分かるな?」

 勝連が明智を見据えて言う。

 ――迷う余地もないのか。

 勝連の発言は大仰かもしれない。

 だが、どんな作戦にしても、相手がテロリストだろうが暴力団だろうが、その本質は変わらないのだろう。

 人を殺す。

 この一点は決して変わらない。ならば、早いうちに実戦を経験するべきなのだろう。どうせ、先延ばしにしたところで変わらないのだから。

「参加させてください。足を引っ張らないよう、全力を尽くします」

 その答えに満足したか、

「……いいだろう。私が担当する組の制圧に連れて行く。よろしいですか、司令官?」

 と、勝連は今も壇上にいる巌に確認を取った。

「いいだろう」

 巌が許可を出し、

「さて、それぞれの作戦ごとに詳細の説明を行う。今度こそテロリストどもに煮え湯を飲ませるんだ! いいな!」

 巌の煽りに、ブリーフィングルーム内にいた隊員達が声高に呼応した。

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