第17話

 右手の人差し指が引き金トリガーを絞る度に、握った回転式拳銃リボルバーから弾丸が放たれる。

 防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの本部地下で、明智あけちまことは射撃訓練していた。

 弾倉シリンダー内の弾を全て撃ち切り、明智は着弾点を確認する。その成果に眉を顰めつつ、拳銃に新しい弾を装填することにした。シリンダーラッチというレバーを作動させ、レンコン状のシリンダーを横に振り出す。エジェクターロッドという部品を押し、空薬莢を排出した。そこへ.357マグナム弾を六発再装填する。

 シリンダーを戻し、今度は左手でグリップを握った。

 再び発砲。

 マグナム特有の、手の中で爆発を起こしたような反動が伝わってくる。

 明智が撃っているマテバ6ウニカという拳銃は、かなり特殊なリボルバーだ。

 普通のリボルバーは、シリンダーの最も上に位置する弾丸が発射される。だが、マテバの場合、一番下の位置の弾丸が発射される。それによって、撃った時の銃口の跳ね上がりが抑えられる反面、手に伝わる反動が大きい。

 一度、勇海ゆうみあらたの愛銃であるS&W M686を撃たせてもらったことがあるが、使用している弾薬は同じはずなのに、手に伝わる反動はM686の方が小さく感じられた。

 さらに、このマテバ6ウニカの変わった点は、撃つ度に銃身からシリンダーまでの部分が反動で後退する点だろう。この動作によって撃鉄が自動的に起こり、シリンダーが回転し、次弾がシングルアクションで撃てるようになる。これは、自動拳銃でスライドが果たす役割と同じことをしている。付いた別称は「オートリボルバー」だ。

 明智のような人間にとって、シングルアクションで撃つか、ダブルアクションで撃つかは射撃の精度を左右する重要な要素となり得る。

 シングルアクションよりもダブルアクションで撃った方が、トリガープル(引き金を引いて撃発させるために必要な力の大きさ)は重く、引き金を引く距離も長くなる。拳銃射撃が苦手な人間が陥りやすい悪癖の一つが、引き金を引く指に力を込め過ぎ、引き金を引き切るまでのわずかな時間のうちに手ブレを起こすというものだ。明智はまさにその悪癖を抱えてしまっていた。

 ――だから、こんな実用的とは言えない銃を使うことを強いられているんだ。

 余計なことを考えながら撃ったせいで、狙いから大分逸れた位置に当たった。明智は、いけないと気を引き締める。この銃は銃口の位置の関係上、照準軸と射線軸が他の銃に比べて離れているため、わずかな狙いのずれが大きなずれとなる。

 残りを撃ち切り、再び薬莢を捨てると、マテバを置いて別の銃を手にした。

 新たに手に取ったのは、ヘッケラー&コッホ社製MP5短機関銃。日本を含め、多くの国の軍や警察の特殊部隊に使用されている、命中精度の高さに定評のある短機関銃だ。

 最近、明智は短機関銃やアサルトライフルを扱うための訓練を受けている。

 こちらの訓練は、拳銃射撃とは異なり、右手でもそれなりに命中率は良かった。拳銃射撃がグリップの一点しか抑えていないのに対し、ライフル等はグリップ、ハンドガード、銃床ストックの三点を両手と肩で抑えられることが大きいのだろう。ただし、こちらも左手で撃った方が、精度が良かったことに少し凹んだが。

 明智は伸縮式のストックを自身の体格に合わせ調節し、三十発入りの弾倉マガジンを挿入する。コッキングレバーを引き、薬室チャンバーに初弾を込めたところで、明智のこめかみに銃口が突きつけられた。

 突然のことに反応できず、明智が身を固くしていると、

「安心しなさい、弾は入ってないわ」

 と、女の声。この声に聞き覚えがあった。

綾目あやめさんか……」

 振り向くと、綾目あやめ留奈るなが意地の悪い笑顔をこちらに向けている。

「油断大敵ね」

 そう言って、ルナが別の射撃台に向かう。持っていた拳銃にマガジンを挿し、スライドを引いた。

「今日はUSPじゃないんですね」

 明智の記憶が正しければ、彼女はH&K USPのコンパクトモデルを使っていたはずだ。

「こっちにもいろいろあるのよ」

 そう言って、ルナは手にした拳銃――グロック19を構えた。

 オーストリアのグロック社が開発したグロックシリーズは、現在主流となっているポリマー製ピストルの火付け役ともいえる存在だ。

 世に出た当初はその特殊な機構や材質、デザインから敬遠されていたものの、現在は世界中の軍や警察で使われている。グリップが金属でないために寒冷地で握っても凍傷が起こりにくく、重さも六百グラム程度しかない。

 ルナの持つグロック19は、基本モデルであるグロック17のコンパクトモデルだ。装弾数は十七発から十五発まで減らされたが、その分小さく取り回しがいい。

 ルナが早速、的目掛けグロックを二連射した。同じ位置目掛け二発連続で弾を撃ち込むことを、ダブルタップという。さらにルナは二度、三度と繰り返し、着弾点を凝視する。どうやら、着弾点から銃の癖を判断しているようだ。

 ルナは明智の視線に気付いたか、射撃を再開する前に明智をジロリと睨む。

「油を売っているくらいなら、一発でも多く撃ったらどうなの?」

 明智は元の位置に慌てて戻り、MP5を構えた。


「お疲れさん」

 明智とルナが射撃場から出ると、勇海ゆうみあらたが迎えた。彼は愛用のM686を手入れしている。弾を込めていないシリンダーをブラシで磨いていた。

 明智はMP5を、いつもこの部屋にいる壮年の銃工ガンスミスに預け、勇海を習ってマテバの手入れをすることにした。

 一方で、ルナは銃工と話している。

「撃ち心地はどうだった?」

「悪い銃じゃないわ。ただ、私はやっぱりUSP系統の方が使いやすいわね、おやっさん」

「そうは言っても、二丁ともぶっ壊したんだろ? 今は予備がねぇんだ、取り寄せるまでそれで我慢してくれ」

 銃工はすっかり困っている。

「おいおい、あんまりおやっさんを困らせるなよ。元はお前が銃壊したのが原因だろ」

 見るに見かねて、勇海が銃工に助け船を出した。

「そもそも切り落とされた一丁目はともかく、二丁目はスライドに刃が食い込んだだけだったんだろ? それを手榴弾の爆発に巻き込んで使えなくしたの、どこのどいつだよ」

「その爆発から逃れるために、確保対象を盾にした人に言われたくないわ」

「それは言うなよ!」

 二人の口論がさらにヒートアップしそうになったので、明智が止めるかどうか悩んでいると、社内放送が入った。

『全隊員に通達します。ただちにブリーフィングルームへ集合してください。繰り返します。ただちにブリーフィングルームへ集合してください』


 明智真、勇海新、綾目留奈の三人は地下の射撃場を後にした。

 ブリーフィングルームに向かう途中で、ちょうど別の部屋から出てきた二人の隊員とばったり遭遇した。

 一人はガタイのいい男性隊員。まるでレスラーの如く、その身体が筋肉で覆われていることが服越しでも分かる。

 もう一人は、女性隊員で、猫のようなつぶらな瞳と、時折見える鋭い八重歯がやたら印象に残った。

「おや、ルナにユーミさん……と、貴方は?」

「明智真です」

 女性隊員が首を傾げたので、明智が自己紹介する。

「おぉ、お前が噂の新人か!」

 反応を示したのは、男性隊員の方だ。

「おっと、名乗るのが遅れたな。俺は龍村たつむらレイ=主水もんど

 父が日本人、母がイタリア人な上にイタリア生まれで日本国籍得るのが遅れたからこんな妙な名前になっちまってる。まぁ、皆からは『レイモンド』って呼ばれているがな。お前も好きな呼び方してくれ」

 男性隊員が豪快に名乗り、

杏橋きょうはしくすの、よ。よろしく、新人さん」

 と、女性隊員が握手を求めてきた。

 明智が応じていると、

「ところで、今回の招集はこの前の任務についてかしら?」

 と、ルナが二人に尋ねると、

「そうだろうな。確か、今朝も司令官が警察庁に呼び出されていたしな」

 と、レイモンドが答えた。

 明智が「任務?」と思わず呟くと、

「あぁ、俺達はここ最近あんたの訓練見てなかったろ?」

「確かにそうだったな」

 明智は勇海の言葉に相槌を打った。

「時間ないから歩きながらでいいか」と勇海が歩を進めながら説明する。

「まぁ、隠す理由もないから言うわけだが……広域指定暴力団の霧生きりゅう組は当然知っているよな?」

「あぁ」

 当然だ。明智は元警察官だったのだ。

 霧生組――関東広域指定暴力団。元々は別の暴力団の二次団体だったが、ここ十数年の間に急速に勢力を伸ばした。現在の組長、霧生利彰きりゅうとしあきの代で暴力団として独立をし、対抗する勢力は潰す、あるいは吸収し、瞬く間に指定暴力団となるほどの巨大な勢力と化した。

「そいつらと、ある国際指名手配テロリストが、銃器密売の取引をするという情報が入った」

「麻薬に続いて銃器もか……」

 明智の独白に、勇海は思い出したように、

「そういや、霧生組系列八洲やしま組の麻薬ルート撲滅に、あんた関わっていたっけか」

「……終わった話だ。それより続きをお願いできるか?」

 話が別の方向に逸れかけたので、明智は続きを促す。

「おっとすまねぇ。で、情報を入手したからには放っておくわけにはいかんから、取引現場に踏み込んだが、結果として失敗した。テロリストには逃げられ、せっかく捕まえた若頭補佐も口封じされた」

「とんでもないことをサラッと言っている気がするが……」

 明智は眉間を揉み解しながら、話に付いていこうとする。

「結局のところ肝心のテロリストがまだ捕まってない……ということは、これまでそのテロリストの捜索は当然行なっているのか?」

「まぁな。支援部隊がここ数日血眼になって捜しているよ」

「見つけれたら、霧生組を潰す一手になり得るか?」

 明智のその一言に、これまで黙っていたレイモンドが笑いながら、

「明智って、随分落ち着いている奴だと思ったが、実は結構乗り気なのか?」

「どうかな。ただ……」

 いつの間にか、明智も口の端に笑みを浮かべているが、本人は気付かない。

「霧生組を潰せるだけでも、この組織に入った甲斐はあるかな」

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