第4章 無銘の刀

第16話

「まったく……とんでもないことをしてくれたな」

 ここは東京都千代田区霞が関にある警察庁の中の一室。日本中の警察を一手に牛耳る重役達が揃っていた。彼らはU字型の机を囲むように席に着いている。その中の一人、警察庁長官が、机に囲まれた状態で立っている男に、叱責を送っているところだ。

「倉庫街で暴力団と銃撃戦をするなど、国民に知られれば大問題だ」

「銃器の密売を放っておくわけにもいきません」

 男─―いわお峰高みねたかは動じることなく答える。

「なら、君達は放っておけなければ即座に強硬手段に出るというのかね? MDSI(防衛省特殊介入部隊)って組織は!」

 今度は千葉県警の本部長が怒鳴る。今回の事件についての喚問のために、わざわざ千葉から警察庁まで出向いてきたのだ。

 まったくご苦労なことだ、と巌は思う。

「SAT(特殊強襲部隊)や銃器対策部隊の出動を要請しましたが、断ったじゃないですか」

「当たり前だ! 国民を不安にさせたいのかね君は!」

「暴力団が銃器を持っていることの方が、国民には脅威です!」

 巌も思わず口調を強める。

「国民に被害が起きてからでは遅い……違いますか?」

「まぁ、落ち着きたまえ、巌君」

 再び警察庁長官が口を開く。

「そもそも君が呼ばれたのはなんだね? 先日君達が勝手に行なった作戦についての釈明ではなかったのかな?」


 今回、巌が警察庁に呼ばれたのは、先日MDSIが行った作戦に関しての喚問だ。

 一週間ほど前、関東広域指定暴力団霧生きりゅう組とテロリストグループ「ナインテラー」による武器密売取引の情報をMDSIの諜報担当部隊が入手した。

 そこで巌は千葉県警にSATと銃器対策部隊の出動を要請した。ナインテラーは国際指名手配を受けたテロリスト集団であり、霧生組を叩くいい機会になるはずだ。

 そう考えての要請だったが、千葉県警はその要請には応えなかった。国民を不安にさせないためと言い、テロリストの武器によってさらに暴力団が力を付けかねないこの情勢に対し見て見ぬふりをしたのだ。

 だからこそ、巌は自分達のみで動くことを決断した。ナインテラーが輸送に使用したと思われる船舶と霧生組との取引現場、この二つの場所にそれぞれ部隊を送ることにしたのだ。

 だが、結局作戦は失敗した。

 取引現場に送った部隊は、確保対象の捕獲に失敗した。ナインテラーの幹部は逃亡し、霧生組幹部は口封じされた。

 船舶の制圧に向かった部隊も、制圧こそ成功し、ナインテラー構成員数名を射殺、あるいは捕虜にした。しかし肝心の武器や主力部隊はすでに出され、もぬけの殻当然だった。

 報告を受けた後、巌はすぐに諜報担当部隊に捜索を任せ、鹵獲した武器弾薬を証拠に警察への協力も防衛省を通じて要請したのだが……


「君達は国民に知られてないのだろう? なのに随分と過激なことをする。その上、失敗と来た」

 MDSIの諜報担当部隊が必死になっている中、警察のお偉いさん方に呼び出されたと思ったら、こちらの失敗に対する叱責である。

「失敗してしまったのは我々の落ち度ではあります」

「そうだろう。なら、この責任をどうつけるのかね?」

 巌はここに来てからずっと聞かされる小言にうんざりしていたが、相手はそんなことお構いなしに、こちらの失敗を挙げてはグダグダと非難してくる。

 そもそも、最初に要請を蹴ったのはそちらではないか。

「確かに君達は防衛省の管轄で、我々警察とは関係ないとは言ってもね……なんでもかんでもやりたい放題にされては困るのだよ」

「こちらとしては、いろいろと苦労を抱えているそちらに替わって事を始末して差し上げようとしたつもりでしたが」

 いい加減、巌は我慢の限界に達しかけていた。婉曲な言い方を選んだつもりだが、その言葉には相手方への非難も十分に含んでいた。

 長官はこめかみに青筋を浮かべるも、そこまで露骨に怒りはしない。

「それはいらぬ親切だったな……こちらとしても、段取りというものがあるのだよ、段取りというものがね」

「なら、テロリストの売る銃器が霧生組に渡ってしまうことも計算の内でしたか。それは申し訳ありませんでした。」

 そう言って、巌は深々と頭を下げてやった。

 ――馬鹿か。一層取り締まりが難しくなるだろうが。

 暴力団に対する法律や条例が整っている割に、まったく暴力団が減らない。巌はその原因の一端を見た気分になった。

 そして、これ以上こんな空間にいることに嫌気が差した。

「それでは、失礼します。作戦の失敗については、必ず取り戻しますので」

 相手にこれ以上言わせず、さっさとこの部屋を後にする。

 扉を閉める瞬間、「正義の味方ぶった殺し屋もどきが」との罵声を聞いたが、無視した。


「お疲れ様です」

 会議室から出た巌峰高に続き、三人の男女が隣に並ぶ。そのうちの一人は、勝連かつらたけしだ。残りの二人は、側近と秘書で、声を掛けてきたのは秘書である。

 巌は「あぁ」と軽く応えるだけで、歩くのを止めない。

「呼び出しの理由は、やはり例の作戦についてでしたか?」

 不機嫌そうな巌の様子から察したか、側近である守家もりやつよしが声を掛ける。

「まぁな」

「その様子では、あまり良い内容とは思えませんね」

「あぁ。お決まりのパターンだよ。散々好き勝手にやっといて逃がすとはどういうつもりだって、延々と言い聞かされた」

「申し訳ありません」

 突然、勝連が止まり、頭を下げる。

「自分の失敗のせいで――」

「とりあえず、頭上げとけ。ここじゃ通行の邪魔になるぞ」

 勝連に二の句を告げさせず、さっさと下げた頭を上げさせてしまう。

「しかし……」

「俺は、同じことを何度も言うほど親切じゃないぞ」

 巌が再び歩き始め、勝連も慌てて付いてくる。

「それに、お前だけの責任じゃない」

「そうですね。そもそも、最初に要請を聞かなかったのに、いざこちらが動いて失敗したら、要請の話を棚に上げるのです。おかしな話ですよ」

 この四人の中では唯一の女性である、結城ゆうきまどかも嫌悪感を露わにして言う。

「結局のところ、警察は所詮政治の犬か保身を考えるか……まったく、変わりませんね」

 守家が苦い顔で呟く。

 守家はMDSIに入る前は警視庁警備部警護課に所属していた。世間一般にはSP(セキュリティポリス)と呼ばれる役職に就いていたのだ。警察を辞めた後、当時から知り合いだった巌がその能力を惜しんでMDSIに勧誘した。今では巌の側近にして、ボディガードのような役割に付くことも多い。

 ここで、結城が携帯を取り出した。マナーモードにしてあった携帯で、短くやり取りを交わした後、巌に取次ぐ。

「諜報部の邑楽おうらさんから、司令官に緊急連絡です」

 秘書である結城から携帯を受け取り、電話の相手から報告を受ける。それは、巌が待ちかねていたものだった。

 報告が終わり、携帯を返すと、

「すぐに本部に戻るぞ」

 と、三人に告げる。

「逃げられたトレスの居場所が分かった。早急に隊員に召集を掛ける!」

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