さりげなくぶっ込め

Jack-indoorwolf

第1話ご当地アイドルのスキャンダル

 愛する理央りおが、僕じゃない男といっしょに、高級ホテルの回転ドアから出て来た朝から、一週間ほどった。


 そもそも理央はみんなのアイドルだった。


「よかったじゃないか、安っぽいラブホテルじゃなくて」

「まぁね」

 暗闇くらやみにブルーとオレンジの光。ダンスホールの壁面へきめんにあるブースで男のDJがテクノミュージックをかなでている。重低音じゅうていおんの四つ打ちビートに永遠に続きそうなエレクトリックなメロディーのループ。DJはテーブルに並んだ機材のつまみをそれぞれ左右の手で回しながら天井てんじょうあおぐ。

 僕と丸尾まるおはホールを見下ろす二階のVIP席でテーブルにきカルアソーダを飲んでいた。

「意外と落ち着いてるんだな、もっと取り乱してるのかと思ったけど」

「僕が? やめてくれ」

 なんてこと言うんだ、丸尾は。僕はあせった。

「丸尾こそどうなんだよ、オマエ、よく理央に手出さなかったな」

「俺は負けない勝負しかしないんだよ」

「へぇ……理央はハードルが高かった?」

「いや、彼女と友達以上は面倒だと判断した。相性の問題だな……俺に劣等感れっとうかん持つような女じゃなきゃコントロールしづらいんだよ」

「ふざけた男だ」

 街に二つあるクラブの片方、エレクトリック系の音楽をらすこの店は僕、丸尾そして理央が週末集まる場所だ。これは学生の頃から変わらない。今夜理央はいないが、おきまりのパターン。

 僕と丸尾は少し酔っていた。


「ひとつ質問していい?」

「なに?」

つかさは中二のとき付き合ってたっていう元カノを今も忘れられないわけ?」

「まさか」

 と、言ったものの、時どき僕が話し相手の発言に「まぁね」と答えてお茶をにごすのは、中二の頃付き合ってキスまでいった元カノの口癖くちぐせ真似まねしたものだ。


 理央が男と街一番の高級ホテルから出て来たのは先週の月曜日の早朝そうちょう。彼女たちはスマホを片手にした多くの男子高校生にパパラッチされ、その画像はまたたく間にネットで拡散された。

 北海道の小さな地方都市の話だ。田舎街いなかまちの美女はとても目立つ。理央はその可憐かれんな美しさから地元大学の4年間ですっかりこの地のアイドルとなった。男子中学生から会社員のおじさんまで、みんながSNSで理央の情報を共有した。どこで見たとか誰と歩いていたとか。つくづくこの街は平和だと思う。

 理央もまた我が道を行く女で、それを自分のために利用した。

 理央はSNSのフォロワーをすべて自分の客にした。どういうことか。実を言うと彼女は学生時代からDJとしてクラブでテクノミュージックをプレイしていた。つまり彼女目当ての男どもを週末、クラブに向かわせたのだ。事実、彼女がDJブースに立つ日、クラブは大繁盛だいはんじょうとなった。

 今、僕と丸尾が飲んでいるこそ理央のテクノ・ジャングル。いつもの週末なら理央がDJブースからノリのいい音楽を流しているはずだった。


 その理央のスキャンダルだ。男とホテルから出てきた現場を押さえられては言い訳できない。しかも理央の相手の男は誰だかわからないという。画像に写っている、スマホのレンズを向けられたことに気づいた笑顔の主は、垢抜あかぬけたファッションから東京の男ではないかというのがもっぱらのうわさだ。この件でたくさんの善良ぜんりょうな市民がなげいた。


「来週、俺の結婚式よろしく」

「オマエはオマエでまた何もなかったように……」

「しぃ〜っ」

 丸尾がくちびるに右手人差し指一本を当てた。秘密は守れというジェスチャー。この男はセフレと手を切らないまま本命ほんめいと結婚する予定でいる。なんて奴だ。そう、こいつの結婚式でイヤでも理央と会うことになる。丸尾によると披露宴ひろうえんで僕と理央は同じテーブルに着き丸尾をいわうことになるのだそうだ。あの一件以来、行方不明ゆくえふめい音信不通おんしんふつうの理央は何を語るのか。


「懐かしい、理央とは、きれいに食事する男はSexも上手うまいかって話題でがったな、そういえば」

 いつのまにか丸尾は、イスの背もたれの上にすわり、腰を下ろす座面ざめんに足を乗せ、一階で音楽に合わせカラダを揺らす若者らを見下ろしている。


 さて、理央をかっさらった男は誰なんだろう? そしてそいつは目の前の豪華ごうかなディナーをどうやって食するのだろう?

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