第33話 告白

「少し……長い話になるのですが、瑞菜さんには聞いていただきたいので……」


 俺は、少しづつ自分自身でも一つ一つ反芻して受け止めるように小さい頃から、事故にあって、長い長いリハビリ生活を終えて、死んだように生きた日々、そして、現在の状態になったきっかけについて話していく。

 瑞菜さんは真剣に聞いてくれていた。

 事故の説明をしている当たりで、瑞菜さんの顔色が悪くなってお茶を用意した以外、俺は人生で一番言葉を発したと思う。

 

 すべての説明が終える頃には、瑞菜さんも俺も泣いていた。


「以上が、今の俺のほぼ全てです。

 こんなゲーム一つで世界が変わるような、何もない男なんですよ俺は……」


 リフクエの箱を指でなぞる。

 たかがゲームかも知れないが、俺にとっては命の恩人と言ってもいい。


「……まさか、父が救った人が……琉夜さんだったなんて……」


「え?」


「琉夜さん。織崎おりさき 龍也りゅうや。この名前を知っていますか?」


 その名前を聞いた時、自分の中で失われていたピースがハマったような気がした。


「……俺を……助けてくれた……」


「はい……私の父、織崎 龍也はあの事故においてたくさんの人を救って……

 大爆発に巻き込まれて命を落としました」


 絞り出すような小さな声、俺にははっきりと、胸に突き刺さるように聞こえる。


「……あ、ああ……ご、ごめんなさい」


「違うんです!」


 弾けるように否定してくる。


「謝らないでください! 私は、父が、父が助けた人がちゃんと生きていてくれていることが嬉しいんです! 謝らないでください!」


 瑞菜さんは俺の胸に飛び込んで声を上げて泣き始めてしまう。

 俺はどうしていいかわからなくて、そのまま身じろぎ一つ出来なかった。


「お父さん……お父さん……」


 小さくつぶやかれる声が、俺の心を激しく揺さぶる。

 

「ごめん、琉夜君、すぐ……戻れるから、立ち直れるのわかってるから、もう少しだけ……」


 それからしばらく、彼女のぬくもりを感じながら俺は情けないことに何もできずにただただ時間がすぎるのを待つことしかできなかった。


「……はぁ、ごめんね。もう大丈夫。

 あまりに、びっくりしちゃって……」


「顔洗いますか?」


「わー、琉夜くんのシャツもごめんね!」


 別にいいけど、確かに瑞菜さんの涙でビシャビシャだ。


「俺も着替えますね。洗面所使ってください」


 お互いに一旦リセットする。あまりに色々なことがありすぎたし、まさかこんなつながりがあるとは思わなかった。


 シャツを変えてスッキリとした俺はなんとなく、ビールをグラスに注ぐ。


「タオルお借りしましたー。あ、私もビールのもっと。喉乾いちゃった」


 すっかり酔いも吹き飛んだみたいだ。


「すっぴんでごめんね」


「いや、めっちゃ可愛いですよ」


「……馬鹿……」


 瑞菜さんは座椅子を俺の隣に持ってきてちょこんと座ってくる。近くてドキドキする。


「……リフクエ……私もなんとなく始めちゃったんですよねー。

 なーんか、こんなに奇跡的だとゲームの中のリュウヤくんも琉夜君だったりしてね」


「へ?」


「いやー、ゲームの中でもリュウヤ君って子が居て、なんとなく気があってよく冒険してるんだよー」


「……ミーナ……?」


「え!?」


「もしかして、ラックとかケアと?」


「え!? うそ!! ホントにリュウヤくんは琉夜なの!?」


「ぷっ! こんな偶然あるのかよ!」


 しばらく二人共大爆笑で転げ回った。




「あー、おかしい! じゃぁ上と下で寝っ転がってゲームの中で会ってたんだね」


「どんな確率だよ! 奇跡すぎるだろ!」


「なんかさ、今度からこっ恥ずかしいね」


「あーーー……確かに、あれはゲームということでお互い察しましょう」


「うん、あれはゲームということで……うん。

 琉夜くん、私、話を聞いてもやっぱり琉夜くんのこと好きみたい」


 すごく自然に、でもそれが逆に偽りのない気持ちを表しているような気がして、とても嬉しかった。


「……初めて自分のことを人に話した気がする。

 こんな奇跡みたいなつながりで、そんな人に好きって言ってもらえて……

 俺も瑞菜さんのこと好きだ」

 

「うん。ありがとう」


 気持ちは確かめたけれども、なんかお互いどうすればいいかわからない。

 にへらって笑うくらいでまた飲み会が再開してしまう。


「そういえばメンテって何時まで?」


「予定では朝の5時までらしいね」


「明日は休みだから朝も夜もできる~」


「俺は毎日休みだからなぁ……」


「琉夜くんはやりたいこと無いの?」


「あー……きょうちょっと動物に関わることしたくなったりはした……」


「あ、お父さんがペットショップしてたんだっけ?」


「うん。昔は動物に囲まれて生活してたなぁって思い出して……」


「いいね。私も動物って飼ったこと無いけど憧れる」


「ここ駄目ですもんね、って瑞菜さんなんか近いんですけど……」


 話しながらだんだん瑞菜さんがこっちに寄りかかって来ている。


「んー、だめ?」


「だ、駄目じゃない……です……」


「そういえば、琉夜君って読んでるけど、年上だよね?」


「あ、はい。39になります」


「凄い若く見えるねー、私もう27歳だからおばさんだよねー」


「え!?」


「あ、やっぱりもう駄目な感じ?」


「い、いや。20代前半だと思っていたんで……」


「おもったよりおばさんでがっかりしたんですね、わかりますー……」


「あ、あんまり年離れてるとどうすればいいかわからないので、失礼かもしれないけど、少し、安心しました……」


「うーん、確かに喜んでいいか、微妙なコメントー」


「ご、ごめんなさい」


「ねー、琉夜君、凄い……ドキドキしてるもしかして?」


「そ、そりゃ、こんな体勢ですから……」


 手の甲を指でなぞられながら、腕には確実に柔らかいものが当たって、瑞菜さんの顔は肩のあたりから見上げられている。

 そりゃこうなるでしょ! 男なんだから……


「こうしたら、どうなるのかな?」


 見上げた瑞菜さんが、目を閉じる。



 え? 


 え?


 




 

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