第13話 緊急メンテナンス

 今日はいつものようにアラームに先じて起床に成功する。

 アラームが鳴るのを先回りして、なった瞬間に止める。

 日課であるストレッチを入念に行い、朝食を買いに外に出る。

 繰り返した日常がそこにはあった。

 一つ異なることと言えば、朝食後のリフクエに想いを馳せながら陽気な気持ちで街を歩いているということだ。

 うつむいて地面を見ながら歩いていた過去とは違う。

 顔を上げて、町やそこに生きる人々の顔を観察しながら、普通の日常を体験しながら進んでいる。


「いらっしゃい」

 

 店長さんに迎えられ、いつもの惣菜屋に入る。

 妙に目を惹かれたのはサンドイッチだった。

 和風照り焼きサンドと卵のサンドイッチ。

 2つが一緒にされてサランラップで包まれている。

 俺の食指が導かれるようにそれを手に取っていた。

 一緒に牛乳も買う。


「うちのパンは向かいのパン屋の使ってるからおいしいよ、毎度あり」


「き、昨日のステーキも凄く、美味しかったです」


 また、店長さんは本当に嬉しそうに笑顔になってくれた。

 自分の言葉で喜んでもらえることは嬉しいんだな、そう感じた……


 サンドイッチなんて、何年ぶりだろう……

 たぶん病院食で出されて以来、パンを食べてない……と、思う。

 まるで新しい冒険に出るような気分になる。

 サンドイッチを食べたい!

 気がつけば、俺は小走りに近い早歩きで家に帰っていた。


 先にパソコンを立ち上げてリフクエがすぐに起動できるようにしておく。

 

「ん……? 緊急メンテナンス?」


 リフクエの起動画面に赤文字でそうコメントされている。

 クリックすると説明文が出てくる。

 要約するとこうだ。


・細かな難易度の調整。

・戦闘モードの切り替えにに関わるチュートリアルの追加。

・【重要】ゲーム内経過時間の変更。


 重要と書かれた内容は衝撃的なものだった。

 安全対策に関する様々なデータなどが記載されていているが、簡単に言えばゲーム内で4時間経過してもリアルの時間では1時間しか経過しませんよ。

 信じられないが、そういう内容だった。


「こんなこと……可能なのか……」


 脳の思考能力がー……サポートによって向上させー……

 難しいことがたくさん書いてあるが、どうやら本当のようだ。


「ってことは、4時間プレイすれば16時間!? ほぼ一日じゃないか!」


 俺はサンドイッチも忘れて興奮して叫んでいた。

 

「凄いぞこれ! 神アップデートだろ!

 12時再開!! そ、それまでに準備終わらせとかなきゃ!

 うおー、楽しみだー!」


 興奮しまくりだが、メンテが終わらなければインは出来ない。

 とりあえず落ち着いて朝食にしよう。


 いざ、サンドイッチを前にするとこれもやや興奮した。

 唾液が広がるのがわかる。

 プリプリっとした肉厚な照り焼された鶏肉。

 もう一つはたっぷりと卵のはいったサンドイッチだ。


「いただきます」


 手を合わせ、まずは照り焼きから……


「うまっ! これ、うまっ!」


 甘いタレとマヨネーズ、レタス、そしてムチッムチの鶏肉。

 それらがほのかに甘いパンと一緒に口の中で融合する。

 

「あーー、パン。おいしいです……」


 力強い味わいにパンが全く負けていない。

 挟んでいる間に少しタレを吸い込んだパンの美味しいこと。

 マヨネーズも卑怯だ、酸味が甘さを包み込んでさっぱりさせる。

 たぶんだけど、このマヨネーズも手作りなんじゃないかな?

 油っぽさなんて全く無い。

 

「あ、無くなってしまった……」


 夢中で一気に平らげてしまった。


「よく考えたら、味濃いんだからこっち後にすればよかった……」


 残ったたまごサンドをみて自分の失敗に気がつく。

 とりあえず牛乳を口にして少しで口の中の味を中和しようと努力する。

 口から流されていく照り焼きの味は少し名残惜しい。


 しかし、たまごサンドをひとくち食べた時、その順番に失敗など無いことを知る。

 

「な、何だこれ! 旨い!!」


 何よりも驚くのがパンの味わいだ。

 さっきの力強い鶏肉と食べたときより、この玉子と一緒に食べた方が遥かに旨い!

 卵も、フワフワで卵自体の味? というか、余計なものがない……

 卵とパン、それにバターだけでここまで美味しくなるのか……

 やばい……止まらない……もっと味わっていたいのに……


「ごちそうさまでした……」


 脳の判断に本能が勝ってしまう。

 あっという間に全てを平らげてしまう。


「なんで、いままであの店で食べ続けてて気が付かなかったし……」


 逆なのかもしれない、他のものを食べていたら、俺はもっと食べられていなかったのかもしれない……


 今更ながら、惣菜屋さんに感謝である。

 メンテナンスが終わるまでの時間を利用して、きちっと体調を整えていく。

 これが俺のリフクエをやるときの流儀だ。

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