涼宮ハルヒの夢仮面

結崎ミリ

第一語り手:キョン

 なにかがおかしい。


 そう気づき始めたのは、部室へと足を踏み入れてすぐのことだった。


 文芸部室の備品と化している地球人もどきヒューマノイドインターフェイスがいつもの定位置で読書に更けこんでいるのだろうと、そんな面持ちでなんとなく見ていると、そこには俺の予想とは見当違いの化物がいた。


「はっ!?」


 驚きのあまり自分でもよくわからない奇声をあげてしまったが、インディアンがつけてそうな、もしくはヤマンバを思わせる化物は何事もなかったかのようにパイプ椅子に腰かけ、ダンベルの変わりになりそうな本のページをパラリとめくった。


 いや待て、いやいや待て。この状況はなんだ? 

 今まで数々の超不思議体験をして、そっち方面の経験値はすこぶる溜まり、今や俺は不可思議光線がレフ板を切り裂こうが、猫がしゃべりだそうが、バニーガールが校門前でチラシ配りをしてようが、そんじょそこらのことでは驚きもしないほどまでに成長したと自負していたのだが、今回ばかりは意表をつかれたと言っていい。


 何故なら文芸部室と言えば、俺たちが来る誰よりも早く必ず長門がそこに座っているからであり、どれだけ奇怪な現象に陥ろうと、SOS団最終防衛ラインが崩されることはないと思い込んでいたからだった。いや、俺を残す世界がまるごと変わっちまってハルヒが消失したあの日、そして雪山で長門が倒れた時、この二度、その絶対防衛ラインが破られたことはあったが、その時とは状況が違いすぎる。

 何故なら俺の知る限り最も安全な場所と断言できる文芸部室でそんな最悪の事態が起こり得る確率は天文学より低い値である。


 そんなことを考えながら、敵の風貌だけでも確認しようと一歩前を踏み出す。

 幸い相手は本の読解に忙しいらしく敵意らしいものは感じられなかったからな。朝比奈さんがこの光景を見てみろ、あの人のことだ、衝撃のあまり悲鳴をあげ気を失ってしまうかもしれない。

 長門やハルヒもしくは古泉でもいい、早く来やがれってんだ。何のとんでも能力もない俺にはやつの様子を伺うくらいしかできないんだからよ。

 もう一歩踏み出す。ようやくそいつの全体像が露わになった。


「なんだお前だったのか」


 そう、俺の予感も捨てたものではない。宇宙人、未来人、超能力者に加え、希代の変人涼宮ハルヒが巣くうこの部屋に、そんなおかしな生物がいるわけもないのだ。

 北高の制服に見慣れた魔法使いのような黒マントを羽織った人物、そいつがいつもの位置でパイプ椅子に座り読書をしている。

 ここまでくれば解答は簡単だ。あれは間違いなく幽霊のような気配で無口を決め込んでいる長門である。


 しかし何故だ、何故こいつは化物の被り物なんてしてやがる。全く、時間を凍結したり素手でナイフを受け止めたり噛み付き攻撃で体内にナノマシンを植え付けたり、いつもとんでもパワーを発揮するとは思っていたが、今回のはさすがに予想外だぞ、長門。


 俺は奇怪なナマハゲと化した自称宇宙人に


「なぁ、長門。おまえなんで――」


「あれ、キョンと有希だけ?」


 俺の言葉を遮ったのはハルヒだった。

というか、一目で長門だと判別できたお前はすごいな。素直に尊敬する。


「そんなのSOS団の部室で一心不乱に読書して何も言わずちょこんと座っている北高生なんて、有希くらいしかいないじゃないの」


「まあ確かに」


 いつもは有り余るエネルギーであほみたいなことをしでかすくせに、こいつは妙なところでやけに鋭いところがあるからな。おまけに成績も良いし、運動神経も抜群と来てる。いまいましい、ああいましましい、いまいましい。

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