/4 腐心-Devotion-
社会では日々、大小の犯罪が生まれては消えていく。
重大な事件への関連が疑われるものや、規模は小さくとも人々の営みへ与えられる
……繋がる、という意味ではその犯罪の数々は確かに繋がり、合わさっていた。
内訳はこうだ。
少々の居座り、少々の万引き、了承を得ない性行為への誘い、目的ではなかったとされる殺人、及び死体の遺棄。それから場所以外を何ひとつ拝借しなかった空き巣。
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薄暗闇の中、シャキンと鳴った小気味良い音と感触に穏やかな気持ちを覚える。
型紙の用意はできなかったが、なにせ死ぬ時まで変わらなかった肉体に合わせる服だ。採寸の必要もないほどに付き合ってきた。そこでふと、かつて自分を殺害した何者かはとても上手にそれを行ったのだな、と関心もする。
――快楽はなく。目的を完遂する為だけに磨き続けた手段。断線する直前を思い出しても、その瞬間まで気配のひとつも感じられず、ワタシの身体は首を回されたことによる頚椎の破損以外に外傷なく殺された。
縫い針を通す。糸が生地を繋いで合わせていく。思えば
……結局。今のワタシを動かしているその矛先も、最期まで具体的な服の趣味は教えてくれなかった。もしかしたら、そういうモノにまで意識がいかないほどに優先されていたのかもしれない。ついで連想した自分の過ちに、死んだ身ながらもう一度いっそ死にたくなりながら、ワタシは服を作っていく。
抹消したいといえばソレをあの男に見られたことだ。別段嫌っているわけではないし、頼み事もしてきているし、家族という認識もできているものの、ワタシは彼に反発を覚えていた。覚えている。この心の代謝は失われていないらしい。
この部屋の本来の持ち主はおそらく成人男性で、出張か何かで戻ってきていない。あるいは遠い場所ではなく、普段の仕事場から戻れなくなっているだけかもしれない。一年に何度か、身内の二人がそんなことになっていたのでそんなことも考える。
――手伝えることは本当になくて。けれどもどんな虚しい理由であったとしても、そうやって一緒に、
パチン、とかつての未練と共に糸を切り落とす。
出来上がった服を、姿見はなかったので洗面所にあった鏡で自分の上に合わせて確認する。悪くは、ないと思いたい。
袖を通す。滑らかになったそれは、かつて在った体温をすっかり無くしていて、良い。
インナーとタイツは既製品だが、おそらくそこまでを自分で作るほどの時間なんて残されてはいまい。予感する終わりに対して、それでも急く気にはならなかった。
立ち止まりさえしなければ、歩いても走っても終わりの訪れは変わらない。そんな気がして。
デジタル時計に表示された西暦は、ワタシの知らない未来だった。
……お互い良い大人だから、たったの数年でそう目に見える差なんて生まれていないだろう。ワタシの身体は止まってしまったけれど。冥はもしかしたら、ぐっと女の子らしく成長しているのかも――と、そこまで考えて、ワタシは危うく自分の意味を喪うところだった。
あの日、ワタシは殺された。ワタシたちのパレードはあの夜に潰えた。
どうして考えなかったのだろう/ずっと見ないようにしていたのか。
ジャンヌも、団長も、マガルもオロカもジュンもココノもオクトも皆死んでしまったというのに、どうしてワタシは――冥や彼も同じ末路でないと、少女のように夢想できた?
ア。
ぐらりと、
ワタシはワタシの心残りを清算するために動いているのに。その目的が、もうどこにも無かったら?
(立ち止まりさえしなければ、歩いても走っても終わりの訪れは変わらない。そんな気がして。)
お墓なんて用意されているわけがないし、ワタシはこの恋心を墓前に打ち明けるために再動したわけじゃあないのに?
消えそうになる心。浮かんでしまった当然の帰結を否定するために、残った全てを動員する。でないとワタシは死体に戻る。
ルナは討伐された。これは動かない。動かせない。
団長も殺された。一度は換装できたが次はない。
生け捕りの可能性は? 駄目だ。あの芸術的なまでの殺害技術でワタシを殺した何者かは、必ず殺すと決めたからこそああやってワタシを殺したんだ。彼にだけ手心を加える意味を見出せない。冥はまだ小さかったから、まだ小さかったから、せめて苦しまないように――――――――――――――/////
欠けていく月の幻想。いったい誰に祈れば良い?
過ごした日々を思い出す。最期の瞬間で途切れる過去。はやくきづいて。
見られた傷痕。羞じる顔を理解できない男とのすれ違い。ああ、そうか。
呼吸のように止まりそうだったすべてが、寸でのところで歩み出す。
どうして、寂しく思っていたのか。
――あの日、あの三人は決算だかなんだかで、あのパレードには参加していなかった。
だいじょうぶ。きっと彼らは生きている。
どうやって探せばいいかなんてわからないけれど、せめて朽ちるのであれば納得して朽ちてしまいたい。
……用事は済んだ。もうこの部屋に留まることもない。
問題は山積みで、この極東の島国をどうやって脱出すればいいのかもわからず、彼等が今どこにいるかも定かではない。
彼が一時夢中になったのだと話してくれて、恥ずかしそうに彼が探すモノを打ち明けてくれた、ワタシにとっての後悔を思い出す。そして、少しだけわかった気がする。きっと、それは勘違いなのだろうけれど。
「……アルマ」
この背に翼があれば、なんて。思ってしまうのだ。
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