/2 変身願望-cospray-


「とはいえどうしたら良いのだろう。あの日を境に再起したというのならワタシは東京にいるということだ。彼らは今どうなっているのだろう。ワタシと同じように死んでしまっているというのなら、ワタシが再起した意味はもう喪われ、だめだ、余計な思考を保ってなどいられない。ワタシが動くための燃料に余分を行うほどの熱量は無い。……努めて冷静に、ワタシは“逢いたい”と“伝えたい”という事だけを考えて、ではどうするかも考えて、ワタシの身体が安置されていた部屋を抜け出す。壁に埋め込み式になっているロッカーを思わせるモルグだった」


「思えばこの時点でワタシは仲間の安否――といっても死体の――を確認するべきだった。誰がマトモな死体で、どれだけ残っているかを。けれどもこの時のワタシはそんな余裕がなく、ただ胸にあるひとつの欲求に従うだけの死体だった。あまりにも静寂な午前三時、ぺたぺたと裸足のまま、温度はおろか感触さえ不確かなリノニウムの床を歩く」


「薄暗い廊下に点る電灯が他人事のようだ。つまらない。けれど似合いだった。本来死者を眠らす場所であるのならば華美な装飾は行ったりしないだろう。階段を探す。どうしてかエレベーターを利用するという意識は発生せず、突き当たりにある階段へのドアを開けて。ひとつひとつ、自分の身体なのに動かし方を覚え直すように足を上げて階段を昇っていった」


「――明るい場所を選べない理由はなんとなくだったけれど、結果的には成功だったらしい。網膜が強い光を嫌がっていたのか、それとも本能のみで動く身体がそれを嫌ったのかはわからないが。ワタシはこうして、世界有数の――バラつきが多いのもだが――都会の光に追いやられた闇に身を投じて歩いている。だから人目につかず、自分の現在どんなものかであるのかが遅れた。次いで覚えたのは危機感だった」


 おい、アレ見ろよ。


 ヤバくね? めっちゃ美人だしエッロ。


「ワタシは下着よりも心許こころもとない、薄手のバスローブのような患者服を一枚羽織っているだけだった。これでは彼に逢えたとしても見せられる格好ではない。……既に死体となって恥を晒しているというのに、これ以上恥ずかしいワタシを見せたくだなんて、ない」


 おねーさーん。ねえ、どっから来たの? うっわハダシじゃん、だいじょぶ? なんか事情アリ?


 オレらで良ければ話聞くからさ。って冷たっ!? マジでちょっと休んだほうが良いって!


「けれど服を見繕おうにもお金なんて持ってはいないし、そもそもこの時間、これだから都会は嫌だ、何時なのかもわからないけれど、夜がけているであろう時間帯に、服を売っている店が開いているとは思えなかった」


 そうそうだーいじょうぶだって! きちんと案内するからさ! ……おいこれイケるんじゃね?


 前後不覚っぽいしイケっだろ。……ほら、おねーさんこっちこっち。いちめいさまごあんなーい。


「…………。ワタシは彼の趣味を聞いたことがあった。そして後悔した。ワタシがであるように、彼にもまた理解を示す相手はいたとしても共感には遠く、『思考が散分している』現実にはそうそう巡り会えないようなモノを求めていたからだ。――莫迦な事をしてしまった『景色が断裂している』『此処は何処だろう』、とそこまで思い出して、ワタシは不覚を取った」


「――暗いまま、間接照明が踊っている。ベッドは円形で天蓋がついていた。やたらと大きな枕の傍には何か機械の端末が埋め込まれていて、時間を表しているデジタル数字で時計の機能があるとおぼろげながらに理解した。ブンブンと蜂よりも品の無い羽音が聞こえる」


 まーまー座って座って。おねーさん名前は?


 あーそっかそっか。だいじょぶだいじょぶ。全部オレらに任せてくれればいいって。


 お? ああいうの好き? オレも好き。どれにする?


「剥き出しのクローゼットに、様々な服が吊るされていた。懐かしい。ああしていくつも並べたものだ。思わず近寄る。……途端に幻滅した。ブンブンうるさい。いくつか趣味に合うものが見つかるが、生地の質がまるでなっていない。大量生産品で、雑な縫い合わせ。使い捨てられることを前提としている、けれどもそう多く使う機会と巡り合わないような、造りも用途も浅い服たち」


「……ふと。いつも一緒にいる彼等がだと言ったパレードのことを思い出す。あの時はワタシも頑張って、そう、楽しかったと思った。メイは無事なのだろうか。あの子の服を作るのが役目になって、日課になって、いつしか愉しみになっていた。ワタシには似合わない服でも、冥ならすごく映えたのだし。ブンブンブン。……」


 おねーさんほんとすたいるいーねー。


 ナンカノム? イイヨイイヨオレラノオゴリダカラ。


「仕立て直したいけれど、裁縫道具もなにもあったものではない。惜しいし不満だ。けれども、まあ奇跡のような状況なのだ。贅沢は言っていられないし、今の格好よりもよほどマトモだろう、と。ワタシは本来の意匠の意味を履き違えた品のない、ワタシがよく着ていた類の服を手に取った」


 オーチャイナッスカニアウニアウ


 じかんはたっぷりあるからさ きゅうけいじゃなくてせいげんいっぱいたのしもう


「ぐらりと天井を仰ぐ」


 ONE-SAN HONTO MUKUCHIDANE


 1010010011001001101001001111001110100100110010101100000010111100101001001010101111001010101110011010010010101101101001001011111110100100101001001010010011001010


「紫の明かりが遮られる。瞼を閉じたわけではないので、ああワタシはベッドに仰向けになって、圧し掛かられているのか、とどこか遠いアタマで考えていた。触れられる。高い体温がすごく――――気持ち悪くて、ああそういえば」



「カーテンとか、シーツとか、そういったものも工夫次第で立派に繕い直せる生地だった。それに」




「…………もここにあることまで、沢山の空白を束ねてからやっと、現状に理解が追いついた」



 /



「ディッセンさん、当たりました」


「場所は?」


「東京のまま。向こうだと午前四時くらい。これラブホですね。映像回します」


 ……ザラついた映像のカメラに、覚束おぼつかない足取りで、二人の若い男に連れられた薄着一枚の女性が煌びやかな建物に入っていく。


「で、これが三時間後」


「ありがとうございます、テキスト」


「ディッセンさん、マジで行く気ですか? これ間に合わないっしょ。最速で二日かかるし、その間に終わってる可能性だって高い」


「マジで行く気です。私にも解かりませんが、きっと行かなければ後悔する。そんな勘がありまして」


「アンタの勘ってよく外れるって言ってませんでした? ……ディッセンさん、冷静っすか?」


「どうでしょう。私は私のことほどよく解らない」


「……状況を並べます。よく聞いてくださいね、ディッセンさん。ユェさんはこっから離れた日本の死体安置所から抜け出しました。どうして腐ってないかとかよくわかんないですけどそこは別にいいです。で、大人しく徘徊してるだけなら向こうの警察が保護して終わり、ですがわかってますよね? 


 続いた映像は、その女性が出て行くところだ。服装はカメラの遠目で見ても安っぽいチャイナドレス。彼女の趣味ではあるが矜持に反する、といったところ。


「……ええ。わかっています」


「ほんとに理解してます? 


 その手には、入る時には三人の内の誰もが持っていなかった荷物があった。


 布を丸めたような、幅30cmほどの


「……確認だけで止めはしないんですね、テキスト」


「まぁ、はい。あのヒトには借りってかちょっとしたハプニングがあってツケがあるんで。なのでオレも行きます。死んだなら踏み倒していいかなーって思うんですが、死にきってないなら、返済のラストチャンスかなって。あとメイちんとノーヴェっちも連れてきますから」


「…………」


。必要だからっすよ」


「……わかりました。すぐに手配を」


「チケットとパスポートならもうありますよ。偽造ですが」


「ふふ、相変わらず手が早い。……テキスト?」


「なーんすか。まだあるんすか」


「いいえ。随分と人間の芝居ができるようになったな、と」


 先の言葉を思い出してディッセン=アルマトールは薄く笑った。


「アンタがどんな面してるかくらいには、経験値積んだンすよ、オレも」



 ――事件の発覚はこの映像から数時間を更に要した。


 部屋の利用時間を過ぎ、催促の内線にも応答しなかった顧客へ、精一杯失礼のない対応を準備した担当スタッフが、ドアをノックしても沈黙を貫く相手に対し「一悶着ありそうだ」と覚悟をしてから強行的にドアを開けた時だった。


 ベッドのシーツは取り払われ、カーテンの片側も紛失していた。けれど入店した顧客の姿は無く、不審に思い同僚・上司に連絡を入れて貸し部屋を捜索。




 バスルームにて、張られた湯を真っ赤に染めて、皮膚を剥ぎ取られた二人分の男性が見つかり、彼が想定した『一悶着』は『事件』へと発展。


 警察と救急が駆けつけた時には一緒に入店したと思われる女性の姿は無く、病院に搬送されるも二人の男性は間もなく死亡した。



 ――加害者と思われる人物の映る間のみ、録画をしていなかったカメラに対しての不審が向けられたが、外部からのハッキングのセンから犯行は複数人によるものとして捜査が進められた。


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