魔法少女は割り切らない
阿山ナガレ
プロローグ 最後の一人になったとしても
上空の力の塊――スフィアの黒い光がさらに強さを増した。
その力を取込んだブラックムーンの首魁たる男――ミエルネスの身体が、徐々に大きくなっていく。力に理性を取り込まれ、完全なる魔獣と化した彼の眼球はらんらんと赤い光を放ち、口元には巨大な白い牙が輝いた。その身体の筋肉は己が力を発揮せんと、より大きく膨れ上がっていく。さらに、四肢の先端の爪は鋭さを増すばかりだ。その強大な力と共に振り下ろされれば恐らくひとたまりもないだろう。
魔獣と対峙した二人の少女は、その魔力を一気に高めていく。そして、己が魔力の全てを、最大魔法の詠唱へ注ぎ込んだ。
やがてミエルネスが変化を終え、二人の少女を前に身構えた。理性も記憶も失った彼だったが、彼女らを敵と認識したのだ。そしてその下肢に力を蓄えると、一気に解き放った。
魔獣の身体が、巨大な弾丸となって少女らに襲い掛かる。同時に、二人の魔法詠唱が終わった。二人は息を合わせ、迫りくる魔獣に向かって合体魔法を放つ。火と水の極大魔法が合体した究極の術――アブソリュート=ノヴァである。閃光と氷が絡み合い、無数の刃となってミエルネスの身体を包んだ。
だが、ミエルネスはそれにまったく身じろぎすることなく、戦場を一息に駆け抜けた。その身体が少女らを跳ね飛ばし、二、三十メートルも進んだころ、彼はその突進を止めて振り向いた。
とてつもない衝撃を受けた少女らは、その小さな身体を激しく大地に打ち付けたものの、宿敵の視線を感じて、ゆっくりと立ち上がった。これまでの闘いで受けたダメージもあって、その一撃は致命傷ともなりうるものだったが、彼女らはその強靭な意思で身体の痛みを抑え、力強く大地を踏みしめた。
だが、少女の一人――
「もう、無理よ。こんなの、最初から無理だったのよ!」
これを聞き、もう一人の少女――
「何を言っている! まだ諦めちゃ駄目だ!!」
「でも、アブソリュート=ノヴァですら効かなかった……。こんなの、勝てるわけないよ」
その瞳に怯えの色が濃く現れる。ミエルネスはそれをつぶさに感じ取り、戦意を失いつつある少女の方に目標を絞った。そして後ろ足を大きく曲げて、再度突進の準備動作に入った。
呆然と立ち尽くす少女へ向け、再び魔獣が弾丸となって飛び掛かった。今度はその爪と牙で、彼女の柔らかな血肉を引き裂き、動かぬ躯とするために。
その惨劇を予期した睦実が、「駄目!」と叫ぶんで駆け出した。弥生と野獣の間へ割って入る。だが、彼女ももう魔力が残っていない。なすすべなく、魔獣の牙が二人の少女へと襲い掛かろうとした。
――その時だった。
三つの輝線が魔獣の身体目掛けて襲い掛かり、その身体を跳ね飛ばした。三方向から同時に極大魔法が放たれたのだ。魔獣は数メートル跳ね飛ばされ、地面に身体を強打した。
唖然とする二人の少女の前に、さらに三人の少女が姿を現す。
その姿を目にし、戦意を失いつつあった二人の少女の瞳に輝きが戻った。彼女は駆け付けた仲間たちの名を、歓喜と共に叫んだ。
「キサラちゃん!
この最終決戦に向かうまでの道のりに立ちはだかった数々の困難。その道を開くために、この三人の仲間は命を散らした。いや、散らしたはずだった。だが、彼女らは数々の奇跡を味方に付け、その命を拾い、帰ってきたのだ。
予期しなかった再会に驚きと喜びを隠せない二人。
戻ってきた三人の少女の一人――
「絶対に諦めない。そうでしょ!?」
また一人の少女――
「大丈夫よ。だって、五人が揃ったんだもの」
そして最後の一人、
「行こう! みんなで、この五人で、ミエルネスを止める!!」
涙を拭い、二人の少女の片割れが微笑む。
「ええ、そうね。絶対に諦めない……。そうね!」
三人の復帰に勇気づけられ、二人の少女の魔力も徐々に戻りつつあった。
ミエルネスが起き上がり、態勢を整えた。五人の少女の高まりゆく魔力を目の当たりにし、その脅威を感じ取る。すると魔獣は、それに対抗すべく、すぐさまその力を増大させていく。上空のスフィアから吸収した魔力を、より強い牙へ、より大きな筋肉へと変貌させていった。すべては、より速い弾丸と化すために。
さらに凶悪な姿に変化しつつあるミエルネスを前に、少女たちの心は不思議と落ち着いていた。
五人いれば大丈夫。どんな敵が相手でも、負けるわけがない。
何故か、全員がそう確信できた。
そして五人の少女らは、互いに手を取り合った。
少女の一人が口を開く。
「みんな、約束よ――」
五人の魔力が極限まで高まり、また同時にミエルネスも最後の変化を終えた。最初で最後の激突を迎えようとした、その時、彼女は、いや、彼女たちは叫んだ。
「私たちは、絶対にあきらめない!! たとえ最後の一人になったとしても!!」
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