時雨から、いつか。

@Umica0

第1話 一冊のノート

何もない空間に、手を伸ばした。

その手は何も掴まず空を切って、力尽きたように下におろされる。



「心晴ー、、行ってるよ?」


「ん・・・行ってらっしゃい」



名前を呼ばれた少女_私_心晴は、もう一度布団をかぶった。

ぎゅっと布団の裾をつかんで、しばしの思考にふける。

高校一年生、秋。

学校に行かなくなって、2週間。

___もう、行く勇気なんてないよなぁ。

心中でそうつぶやき、吐息する。

一日、二日休むたびに、どんどん行きにくくなってくる。どんどんハードルが上がっていく。

それを心晴は、もうきっと超えることができない。

___せっかく、秋まで頑張ったのに、これでいいの?

自問自答しても、何も答えは返ってこない。

もう一度ため息をつくと、それを打ち消すように、ノックの音が響いた。


「心晴!まだ学校行かないつもり?そろそろ勉強ヤバいんじゃないの?」


母の優子である。

このやりとり、何回目だろう・・・と心晴は思いながら、返事を返す。


「___もう、学校なんて行きたくない」


すると、いつも通り。


「_いい加減にしなさいッ!!これいじょう私の負担を増やさないで!お姉ちゃんを見習いなさいッ!」

「__母さん、あたしとお姉ちゃんは違うんだよ」

「何が違うの!!いいから_言うことを聞いて!明日からは行きなさいよ!?」

「・・・・・」


___もう、飽きた、このやり取り。

心晴はだんまりを決め込み、布団をかぶる。

この部屋に鍵が付いていてよかった。

今頃優子は、設計に腹を立てているだろうが、そのおかげで鍵さえかけておけば、この部屋には誰も入ってこれない。



何分経っただろうか、家の中はやっと静まり返った。

両親ともども、もう仕事に行ったのだろう。


「今日で、不登校15日目、か・・・」


ぼそりと呟く。

傍に置いてあった写真立てを、心晴はぼんやりと見つめた。


そこには、笑った両親と、心晴と、その姉。

だが、顔つきはよく似ていない。

それもそのはず、彼女と心晴はなのだから。

しかし両親+一つ年上の姉は、心晴がその事実を知っていることを知らないと来ている。

何もなかったかのように普通にふるまっているが、心晴がその動作にぎこちないものを感じたのは、中学三年生の時だった。

苦労して戸籍謄本を探し出して、心晴が知ってしまったこと。


それは、自分だけがこの家族の一員ではないのだ、ということだった。


___いや、血はつながってるわけだけど。

それでも、やっぱり違うのだ。

心晴の両親は、心晴が小さい時に亡くなって。

でも、それを今まで知らなかったことに、純粋な悲しみが溢れた。

それと同時に、怒りも。

なぜ、教えてくれなかったのだろう。

中学生にもなれば、とうに理解できる事実。

皆が知っていて、でも自分だけが知らなかった。

どうしようもなく悲しくて、でもそれを知られてはならないと、戸籍謄本をそっと元に戻し。


だが外面上は取り繕えても、動揺は隠せなかった。

まず、第一志望校に落ちた。

なんとか第二志望まではこぎつけたものの、まったく行く気にならなかった。

そこには、義理の姉が在学していたからだ。

それでも、なんとか夏までは行っていたのだ。

だが、そのころからだ。


親同士が、荒れてきたのだ。


毎晩喧嘩しているのを、心晴は知っている。

だが、こわくて内容を聞く気にはなれなかった。

きっと、自分のことだ。


そう思ったとたん、もう心晴の糸が切れた。

そうして、こうして不登校になってみたわけだが。


惨めだった。

なんでこんなことをしているのかよく分からなくなる。

もう、何日外に出ていないだろうか。


心晴はのそのそとベッドから這いだし、私服に着替える。

なんとなく、外に出てみようという気になったのだ。



***



10月。

肌寒い。

ぴゅうっと風が吹き、心晴は体を縮こまらせた。


ぶらぶらと当てもなく歩いていると、なんだか泣きそうになったので、必然と早歩きになる。

その時、心晴は見つけた。

木の根本に、一冊のノートが立てかけてある。


「・・・?」


不思議に思って、それを拾い上げると。


それは、日記のようだった。

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