ターフを駆ける夢

草薙 至

プロローグ


それは完全な一目惚れだった―――


小学4年の5月

父がテレビを見ている隣で宿題をしていた俺の手から鉛筆が転がる。


スラリと伸びた手足、バランスのとれた綺麗な身体、風になびく美しい髪

これは神がこの世に与えたもうた完璧な生き物に違いない!

そう確信した俺は勢いよくテレビを指さして父に尋ねた。


「父さん!これなに!?」

「なにって、競馬や」

「けーば…」

「馬が競争するんや。今日は日本ダービーやからな。ギャンブルはせんけど、大きなレースはつい見てまうなー」


父の口から聞く言葉は意外なものだった。

タバコこそ吸うが、博打は打たない酒は飲めない人で、出会った頃の母には

「麻雀も花札も知らない、酒は飲めないってホントに男?」

と言われ笑われたのは身内では有名な話でよくネタにされていた。


洗濯物をたたみながら母が声をかけてきた。

「今度、みんなで競馬場行ってみる?」

「うん!連れって!」


母は快活な人で、アウトドア派。

男に生まれていたら豪傑なタイプだったであろう女性だった。


両親に連れられ初めて来た競馬場は大勢の人で盛り上がっていた。

ビールを片手に職人のような顔つきで新聞を見つめる人、ゴミ箱を蹴飛ばしハズレ馬券を捨てる人、若いカップルや家族連れも沢山いた。

馬と直接触れ合えるコーナーやフードコートがあり、何かのテーマパークのような雰囲気すらある場所だった。

ゴール前とパドックを何度も往復し、夢中で見ていたのを覚えている。


荒々しい鼻息と地鳴りにも似た足音、目の前をすごいスピードで駆け抜ける馬は見

上げるほど大きく、他の何よりも美しかった。



そして、俺は馬に魅せられ、馬に恋をした―――



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