第9話 異世界生活スタート5
「え!レイティンさん!」
「クリミリアも何やってるの?国王殺したら、色々と厄介でしょ?」
レイティンと呼ばれた女性は、クリミリアの腕を掴んで魔法を止めたようだ。クリミリアもレイティンさんの登場に素に戻っていた。
「勇者に関する資料を集めてくれと言うから、集めて運んできて見れば、当事者がなのに良い御身分で」
「す...すいません...」
何やら厳しい人のようだ、言葉の所々に棘を感じる。
「ユウトさんでしたか?あなたは問題ありません。どうせこの二人に巻き込まれたのでしょう?」
「まぁ、俺にも責任はあると言いますか...」
「聞いて下さいよレイティンさん!みんなして人の料理をマズイって!!ひどすぎます!」
「それは貴方の腕の問題です。現実を受け止めなさい」
「はぅ!!レイティンさんまで...」
「そんな事よりも本題にがいりますよ」
レイティンさんはそういうと、魔法紙を取りだし、魔法陣を出現させ、どこからともなく、大量の本や書類を国王と俺の前に出した。
「これが言われていた、勇者に関する文献や伝承などです。何か手がかりがあると良いんですが...」
「うむ、ご苦労じゃったの。二人を呼んだのは他でもない、一刻も早くユウト君を元の世界に帰すために、方法を探ろと思ったからなんじゃ」
「でも、私もあの後色々調べましたけど、勇者が元の世界に帰る記述なんてどこにも無かったですよ?」
すっかりいつもの調子に戻ったクリミリアが、レイティンさんに向かって言う。国王も椅子に椅子に座り直し、ようやく本題に移り始めた。
「禁書の棚の本も借りてきました。もしかしたら手がかりになるかとおもいまして。流石に禁書の本は調べていないでしょう?」
「そりゃあ、そうですよ!禁書の本は国王の命令以外では持ち出せませんし、召還だけだったらこの国にある文献だけで足りましたから」
「まぁ、失敗したんですけどね」
「うっ!それは...」
やはりレイティンさんは少し厳しい人の様だ、容赦なくクリミリアの傷跡を抉ってくる。
「まぁ、それはわしの命令でもあったわけじゃし、あまり責めるでないぞ、レイティン」
「国王は国王で、この非常時に花街に行く余裕があったようで?」
「うっ!なぜそれを...」
「裏門の兵士を脅迫したら教えてくれました」
レイティンさんの言葉に、どんどん国王の顔は青ざめていく。無表情でわからないが、きっとレイティンさんは怒っている。
「クリミリア....」
「どうしました?」
「花街ってなんだ?」
俺はクリミリアの側に行き、こっそりクリミリアに尋ねた。
「あぁ、酒場がたくさん集まっている街の事です」
「なるほど、飲み屋街の事か...確かに、国王が夜遊びはまずいよな...」
少しづつわかってきたことだが、この国王って少し駄目な人なんじゃなのだろうか?
「陛下、今後このような事がありましたら、監視をつけます」
「なに!年寄りの唯一の楽しみ奪うつもりか!」
「年寄り以前に、あなたは国王です」
勇者に関する資料をそっちのけでレイティンさんと国王は言い争いをしている。俺とクリミリアはその様子を傍観して待っていた。
「いつもこんな感じなの?」
「はい、国王も本当はすごい人なんですが....いつもはちょっと....」
「あぁ、なんかそんな感じするな」
国王なのになんだか威厳をあまり感じないというか、本当にそこらへんに居そうな気の良いおじいちゃんみたいだ。
レイティンさんと国王を見ていると、なんだか娘に叱られているおじいちゃんの様で、なんだかほのぼのしている。
「はぁ~。まぁ、この話は置いときましょう、そんな事よりも今はこれです」
レイティンさんは持ってきた資料の山を叩いた。
「今からこの文献と資料の山の中から、ユウトさんを元の世界に戻す手がかりを探します」
「こんな沢山の資料の中からだと、一週間はかかりそうですね....」
「何を言うんですか?明日までにやります」
「あ、明日まで!?」
いくらなんでもこの量を明日までにと言うのは無理な話だ。表情一つ変えないレイティンさんの言葉に驚き、俺は思わず声を上げたが、驚いているのは俺だけではないらしい。
「待ってください!この量を一日でですか?!絶対無理ですよ!!」
「レイティン!急を要するとは言ったが、これはいくらなんでも無理じゃ!!」
クリミリアと国王も俺と同じく、レイティンさんの言葉に無理があると思っていたらしく、二人も不満の声をレイティンさんに向ける。
しかし、それでもレイティンさんは表情を変えることなく、淡々と話し続ける。
「では、今のこの状況を作ったのは誰ですか?」
「「うっ!それは...」」
国王とクリミリアがまったく同じ反応を示した。顔をレイティンさんからそらして、若干汗をかいている。
「そもそも、失敗してしまった私達側に責任があるのです。実行したクリミリアも命令した国王も勇者の召還に賛成した私にも責任はあるのです。失敗し、誰かに迷惑をかけたのならば、その責任を取り、早急に解決させなければなりません」
「「はい....」」
レイティンさんの言葉にぐうの音も出なくなってしまったクリミリアと国王。さりげなく、二人だけのせいではなく自分にも責任はあるとレイティンさんは言っていた。
厳しいけど優しい人なんだな....
「それでは取り掛かります。いま机と椅子が運ばれてきますので、運ばれてきたら各自作業を開始しましょう」
「....今夜は眠れそうにないのぉ....」
その後、王宮の使用人が机と椅子をもってきて、作業が始まった。本当に明日までに終わるのだろうか?疑問を抱きながらも、帰るためだと思い、俺は文献などに目を通し始めた。
目を通し始めて一時間ほどが経過したのだろうか、おおよそのこの世界での勇者の役目というものを理解し始めていた。
まずこの世界の勇者の存在についてだ。この世界での勇者は、過去に何度か召還されているらしい、世界規模での脅威がこの世界に現れたときに勇者は現れ、強力な魔法や力を使って世界を救ってきたらしい。勇者を意図的に召還できたのは今の時代から300年前らしく、その時の召喚方法をクリミリアは実践したらしい。
しかし、ここで問題が一つ生まれた。それは前回の勇者召還が成功しているという事実だ。通常勇者は召還される前に、この世界の出来事や危機に関しての情報を得てから召還されるらしい、しかも召還される勇者は戦士や戦いの経験を持つ場合がほとんどらしい。しかし俺はその情報を一切有していない。失敗して召還された俺は、その情報の一切も伝えられてはいないし、戦士でもない。
これらの情報から俺は100%間違えて召還されたことが事実となった。
問題はここからだ、成功して召還された勇者は皆、世界の脅威や災害を沈めた後に元の世界に帰還したと記されている。
では、成すべきことも目的もない俺はどうやって帰ればいい?
数多くある書物には、すべて勇者の召喚の成功とその功績や活躍が描かれているだけで、失敗したときの対応や帰還方法なんて書いていなかった。
成功しか、したことがない勇者召還が初めて失敗した。これはこの世界にとって初めての出来事なのだ。
初めての事では、対処の方法など記載されている訳もない。この時点で、この世界の勇者召還の文献や伝承が役に立たないのが、俺はわかってしまった。
「やっぱり....帰れないのかな....」
書物に目をしながら、つぶやく。もしかしたら帰れないかもしれない、もう家族とも会えないかもしれない。いや、家族だったのかもわからない....
「大丈夫です!必ず方法はあります!あきらめちゃだめです!!」
隣で作業をしていたクリミリアが、俺の言葉を聞いたようで、励ましてきた。
「そうだよな、まだ少ししか調べてないしな」
クリミリアの言葉を聞いていると、なぜだかそんな感じがした。きっと戻れる、そんな感じがしていた。
文献に目を戻し、なにか手がかりが無いかを再度探し始めた。
「これなんてどうじゃ?召還手順を逆に行うというものじゃ」
「そんな簡単に上手くいでしょうか?召還の魔法陣だってそんな簡単なものではない訳ですし、それに召還のためにはかなりの魔術師を集めなくてはなりません」
「じゃが、可能性はゼロではないぞ、実際逆手順で魔法を発動させる事で、真逆の性質を持った魔法が発動されることは実際にあるのじゃぞ?」
「それはそうですが....」
国王とリティーさんも真剣に探してくれている。みんな俺の為にやってくれているのだ。俺が一人で諦めている訳にはいかない、真剣に書類と文献の山に目を向け、帰る方法を探す。
数時間ほどが経過した頃だろうか、部屋の中に外の兵士の一人が入ってきた。
「陛下、デュオニス様が面会を求められていますが?」
「デュオニスが?うむ、わかった。隣の部屋に通してくれ、わしもすぐに向かおう」
「はっ!」
兵士さんは廊下の方に戻っていった。やはり、国王というのは忙しいのだろうか?もしかしたら、他に色々と仕事があるのだろうか?
「すまんが、わしは少し席を外させてもらうぞ」
「分かりました。終わったら戻ってくださいね」
「分かっておるわい!」
国王はそういうと、部屋を出ていった。
「あの、デュオニスって誰なんですか?」
俺は気になり、レイティンさんに面会を求めてきた人の事を聞いてみる事にした。なぜだか、レイティンさんの表情は曇っていた。
「デュオニス・セルシス。セルシス家の御子息です。優秀な魔導士で計算高い方です。没落しかけたファリネオス家を立て直した方です」
「へ~、すごい人なんですね」
「はい、確かに計算高く、頭も切れます。しかし....」
「何か問題でも?」
「平民を見下すような言動が多く、奴隷も多く所有しているんです」
「奴隷?!」
奴隷とは、あの奴隷の事だろうか?だとしたら、この世界は俺がおもっている以上に複雑なのかもしれない。
「貴方の世界には、奴隷はいないのですか?それならあなたの世界は本当に良い世界なんですね」
「奴隷って言うのは、国が認めているんですか?」
あの国王がそんな事を認めているなんて思いたくはないが....
「いえ、国王は奴隷の制度には反対しているんです。しかし、何百年もの間に根付いてしまった制度を簡単に変えることはできません。この国では、奴隷を持つことは罪になりません。しかし、売り買いすることを禁じています」
「そうなんですか....」
なんだか安心した。奴隷が居るのが当たり前の世界なんて少し嫌だ。でも、あの国王は奴隷の制度に反対の様だし、そこまで公に認められているものでもないようだ。
「デュオニスさんは已然から、勇者召還の儀式を自分にまかせてほしいと、国王に申し出ているのです。国王はいまだに首を縦に振ろうとはしませんが」
「なんでなんですか?」
「確かに、魔導士としてデュオニスさんは優秀です。しかし、勇者召還は他の魔導士との連携も大事になる魔法です。デュオニスさんは性格上の問題から、他の魔導士との連携が苦手なんです」
「なるほど、そんなに性格悪いんですか?」
「ひどい人です....」
レイティンさんではなく、クリミリアが隣で答えた。
「あまり話したことはないんですけど....町中で見かける事があるんです。自分より身分の低い人間を人間と思わない人です」
悲し気に語るクリミリアの様子に、デュオニスという人物がどれだけひどい人物なのか想像がついてしまった。
「そう....なのか....」
ファンタジー小説や映画なんかによく出てくる嫌味な金持ちを想像してしまう。
「おそらく、また勇者の召喚儀式を自分にまかせてほしいと言いに来たのでしょう。最近の彼がこの王宮に来る理由はそれしかありませんから」
「まぁ、ユウトさんを召還してしまいましたから、召還の儀式を行っても誰も現れないと思うんですが....」
「デュオニスさんには、ユウトさんの事を伏せています。まだデュオニスさんは勇者召還の儀式が行われたことすら知らないのですから、まだチャンスがあると思われているのでしょう」
クリミリアとレイティンさんが話しているのを聞きながら俺は考えていた。俺が召還され、この世界に居る間はこの世界に勇者は現れない。という事は、デュオニスという人物が勇者を召還しても召還は必ず失敗する。
という事は....
「あの....国王ってデュオニスさんの事はどう思っているんでしょうか?」
「あまり好ましく思っていないですね。それがなにか?」
「いや、さっき俺が召還されたから、もう勇者は現れないみたいな話をしてたじゃないですか?」
「それがどうかしましたか?」
「もしかしたら、国王がデュオニスって人に、身の程をわきまえさせるために、勇者召還を許可してしまうのではないかと....」
失敗するとわかっているのなら、もう勇者召還をさせてくれなんて言わせないようにするために、わざと許可を出すのではないかと俺は考えていた。
「まさか、国王でもそこまで安易な考えは持っていないでしょう。あの人も国王ですから」
「召還が失敗すれば、何が起こるかわかりませんから、国王がいくらデュオニスさんの事を嫌っていてもそんな事しませんよ!」
クリミリアとレイティンがそろって同じ意見を言う。
まぁ、そうだよな、ちょっと性格があれでも国王は国王だからな、嫌いな相手であっても国民に危ない真似をさせるわけが無いか....
作業に戻り、数分ほどがたったころだろうか国王が戻ってきた。何やら少し機嫌が悪いように思える。
「まったく....しつこい連中じゃ」
「また今回も召還の事ですか?」
「あぁ、そうじゃ。まったくあの者はしつこいのぉ~」
「まぁ、断り続けている今は良いですが、そのうち勝手に儀式を行わないか心配ですね....」
「その通りじゃ、まぁおそらく、ユウト君がこの世界に居る限りは、成功はしないだろうからな」
「そこは安心ですが、失敗したときに何が起こるかもわかりませんから、安易に許可を出すわけには.....」
「だから、もう許可を出してきたんじゃ」
「は?」
「「え??」」
国王の爆弾発言に、俺とクリミリア、そしてレイティンさんは作業の手を止めて、国王の方を向いた。
「いや、もうしつこくてめんどいし、だったら一回やらせてみようかなぁ~と」
理由が私情過ぎる。呆れてものも言えないとはこういう事を言うのだろうか?この人はなんで国王なのだろう....
レイティンさんなんて、真っ黒なオーラを出しながら肩をワナワナと振るわせている。そして国王に一言。
「おい、こらバカ王」
今日見たレイティンさんの中で一番怖かった。
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