さよならロックンロール

吉高来良

プロローグ 文化祭

 足下のセッティングを終えた僕は、スタンドマイクの高さの調整に取りかかった。

 左肩のストラップが、レスポールの重みをずしりと伝えてくる。


「け、けいちゃんっ!」


 やや上ずった声で、北原梨津きたはらりづが呼んでくる。

 僕の右側――ちょうど舞台の中央に立つ彼女は、赤いテレキャスター抱きしめるようにして震えている。


「なに?」

「わたしらがトリでいいのかな? みんな、観てくれるかなっ?」

「大丈夫だよ」


 僕は斜めに傾いたヘッドを戻しながら前を向いた。

 緞帳で仕切られていて、向こう側は見えないけど、確かに人の気配はある。


「本当? ほんとに本当っ?」

「落ち着けって、北原」


 反対側で五弦ベースの太いネックを使って指のストレッチを始めたイケメンの西山秀二にしやましゅうじが苦笑する。


「失敗しても死にゃしねえよ。気楽にいこうぜ」

「……うん」


 頷いてみたものの、それでもやっぱり不安そうな梨津の後ろで、東屋透あずまやとおるがドラムの調子を確かめるようにフィルをかます。


「へい! 忘れてるかもしれないけど、きーやんは一人じゃないぜ」

「あ」


 透の言葉に梨津は僕らを順に見る。

 僕らは彼女と目を合わせる度に頷いたり、親指を立てて見せたりした。


 と、そこで、


「続きまして、有志バンド『東西南北』の演奏です」


 放送部のアナウンスとともに開演を告げるベルが鳴る。

 緞帳はゆっくりと開いていき、大きな歓声と同時に見物客たちが、ステージの際に押し寄せてきた。


 スポットライトが梨津を狙う。


「み、みなさん、こんにてぃはっ! はぅ!?」


 いきなり噛んでしまった梨津がその場にしゃがみ込んでしまうと、爆笑が巻き起こる。

 でもすぐに「かわいいっ!」「がんばれー!」と暖かい声が聞こえてくる。


 僕も苦笑してしまったが、透がスティックでダブルカウントを始めたので、慌ててボリュームのツマミを全開にした。


 頭のところでジャカジャーン、とかき鳴らすオープンEのコードはバッチリ揃い、B、Cm7、Aの進行でイントロが続く。


「みなさん、こんにちは! 東西南北です! 今日は楽しんでってくださいね! それじゃ、いっくよ~!」


 イントロの最中で、今度は噛まずにMCを言えた梨津に、目で頷いた僕は客席である講堂を見渡す。


 そして入口の横に彼女を見つけた。


(来てたんだ)


 もう手の届かない存在になってしまった彼女――天藤奏てんどうかなでは、どこか挑発的な笑みを浮かべていた。

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