009
「さぁ、握りつぶされたくなけりゃ、この家からさっさと出てけ」
俺は開けっ放しだった部屋の窓を親指で示す。
網戸の向こうには野良猫たちが整列していて、瞳孔の開ききった瞳で妖精の軌跡を追いかけていた。
「そ、そんなぁ!? 出会って四秒で勘当!? 家族になったばかりやのに!?」
キャットフードになってはたまらないと、俺の顔にすがりついてくるテュリス。
羽根を動かすたびに鱗粉が舞って気持ち悪い。
まとめて手で払い除け、態度と行動をもって冷たく突き放す。
「家族にしてやった覚えはない。さっさとオヤジのところにでも戻るんだな」
「今さら戻れるわけないやん!? 今ごろは空の彼方やで!?」
「なら、どこへでも好きなところへ行け」
「殺生やでぇ!? こんなかよわいワイに、野生を生き抜く戦闘妖精になれと!?」
両手で顔を覆っておいおいと、わざとらしい泣きマネをはじめやがった。
「……うぜぇなぁ。泣きつくんだったら俺じゃなくてルナナにしろよ。
アイツは俺と違って偽善者だし、ゴルドニアファミリー好きが高じて、お前もコレクションに加えてくれるかもしれんぞ。
……そんなデフォルメ体型じゃなきゃ俺が飼ってやってもよかったんだがな」
俺の言葉に反応して、テュリスはパッと顔をあげた。
「え……なして? 旦那はデフォルメ嫌いなん?」
あれほど嗚咽を漏らしていたのに涙粒ひとつ浮かべていない。
やっぱり嘘泣きだったんじゃねぇか。
「俺はああいうのが好みなんだよ」
部屋の扉近くにあるガラスケースを指さす。
そこにはスタンドで固定された三分の一スケールの人形たちがずらりと並んでいて、現実の女がやるとあざと過ぎるほどのキュートなポーズをキメていた。
あれは『アルティメットドルフィン』。
通称アルフィーというドールブランドのやつだ。
イルカが人間に転生したという設定なんだが、どの子もイルカのように人なつっこく、無邪気で純粋な性格をしている。
発売されるシリーズどれもが俺の心を奪三振するほどの可愛さで、理想の女性像を体現してくれている神ラインナップなんだ。
もし彼女たちがテュリスのように動くのであれば、たとえそれが真夜中で、俺を絞め殺す目的であったとしても甘受するだろう。
オーロラのような光の筋を残しつつ、ガラスケースの前まで飛んでいく妖精。
アルフィーに比べるとだいぶアンバランスな頭を振りながらケースの中身をしげしげと眺めだした。
「ふぅーん、なんや生きてるみたいに精巧やね。でもこういう人形って、集めていったいなにするつもりなん?」
「そりゃ好みの服に着せ替えしたり、ポーズを取らせて写真に収めて楽しんだり……あとは見抜きとかかな」
「見抜きって?」
「そりゃお前、ローアングルで眺めながらしこ……」
とっさに口をつぐむ。
危ねぇ危ねえ。
会ったばかりのヤツ相手に、秘密にしてる趣味をべらべらしゃべっちまうところだった。
しかし、妖精は俺の動揺を見逃さなかったようだ。
「……しこ? 相撲でもとるんやろか?」
実にわざとらしい口調で、愛らしいというよりも邪悪さしか感じさせない微笑を浮かべた。
カゲロウのような羽根を大きく動かすと、星屑のような鱗粉がキラキラと舞い散る。
それは、こんな状況であっても美しく感じれるほどの華々しいモノだったが、
「……ふふ、ワイの鱗粉にはなぁ、人を素直に語らせる力があるんやでぇ」
ニマァという擬音がしっくりくるほど深くした笑みによって、台無しになった。
俺は背中に氷を放りこまれたような悪寒を感じていた。
「や……やっぱりお前は勘当よりも、息の根を止めるほうが良さそうだな」
俺はすかさずベッドの下に手を突っ込み、殺虫剤のスプレーを取り出す。
噴射口を向けられた妖精は、青い顔でホールドアップした。
「ま、待ちいな! ワイを殺したら後悔するで!?」
「害虫と悪人は必ずそう言うんだ」
スプレーを拳銃のように構え、引き金のような射出レバーに指をかける。
「ワイは『チーター』になった旦那のナビゲーション役なんやで!?
チーターいうても水前寺清子ちゃうよ!?
だから害虫なんかやない! 益虫も益虫……大益虫や!
それに例えここで倒しても人間の悪しき心があるかぎり第二第三のワイが現れるんやでぇ!」
……完全にラスボスのソレじゃねぇか。
しかもまたアレが出てきやがった……せっかく忘れかけてたところだったのに。
「その『チーター』とかいう設定……まだ生きてんのか……」
「設定ちゃうわ! 旦那はものごっつい力を受け継いだんやで! まだ未熟やけどな!」
「わかったわかった。じゃあ聞くが、その『力』ってのはなんなんだよ? ウインクひとつでこの世を渡る能力か?」
「まあ、いずれそうなる可能性もあるけど……いまの旦那が使える力は『女の子の部屋を覗ける能力』だけやな」
「……なに?」
眉がピクリと痙攣したのが、自分でもわかった。
部屋が覗ける、だと……?
見抜きが趣味の俺にとっては、聞き捨てならない話だ。
「詳しく教えろ」
「うぃ、教える教える。教えたるさかい、その物騒なモノをしまってや、な?」
「……いいだろう。だが、変な気は起すなよ?」
俺はすぐ撃てるようにトリガーに指をかけたまま、用心深く殺虫剤を降ろした。
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