ティセリアの出逢い


「ティセリアちゃん、チョコ食べる?」

「うゅ〜〜!食べりゅ〜〜!」

「普通のチョコとホワイトチョコ、どっち食べる?」

「りょーほー食べりゅ〜〜!」



 中ノ沢温泉行きのバス車内で、ティセリアは時緒から貰ったチョコレートを頬張りながら車窓を眺める。


 車内には時緒とティセリアと、そしてーー



「うぅ〜〜ん……姉上……それは洗濯板ではなく我の背骨です……」



 時緒達の後部座席で、悪夢にうなされているカウナの三人だけであった。



「うゅっ!?」



 ティセリアは車窓から山々の彼方に一層高く、白く輝く山を発見した。



「トキオー!まっしろお山があるうゅ〜!」

「ああ、安達太良山だね」

「アダタラしゃん!なんで白いぅ〜!?もしかして雪〜!?」



 ティセリアは雪を見たことが……映像でしか見たことが無い。一年中温暖低湿のルーリア帝国本星では、雪は存在しないのだ。



「安達太良山が白いのは土のせいさ。石灰岩せっかいがんの色だよ」

「なぁ〜〜んだ、雪じゃないのかぅゅ〜〜……」



 ティセリアはつまらなそうに頬を膨らませると、今度はホワイトチョコを口に入れた。



「冬になれば猪苗代一面雪で真っ白になるよ」



 未だ夏休み前だが、時緒は冬が来るのが待ち遠しくなった。


 猪苗代の雪景色を見たら、ティセリアはどれだけ喜ぶだろう。



『次は〜木地小屋〜。木地小屋〜』



 間伸びした運転手のアナウンスが、夏の煌々とした日差しと相乗して、時緒とティセリアの高揚感を加速させていった。





 ****






 本日、中ノ沢温泉に用がある時緒とティセリアに、カウナしか同乗しなかったことには理由があった。



 先ずシーヴァンは、何故かは分からないが、猪苗代町内の寺へ日帰りのプチ出家をすると言い出したのだ。今頃は座禅でも組んでいるだろう。



 伊織とラヴィーは【きむらや】の食材調達に行く伊織の父賀太郎の付き添いで喜多方まで出掛けている。帰るのは夕方頃だろう。





 そしてーー。


 芽依子、真琴、佳奈美、律の猪苗代女子組。そして、リースンとコーコのティセリアお世話係コンビはというと……。




『郡山マルコ開店のお時間です!本日、夏の新作水着……赤字覚悟の大安売りデーでーす!!』

「「「「うおおおああああああああああああああ!!!!」」」」



 郡山駅ビル開店と同時に雪崩れ込む、女達の波、波、波!


 芽依子達は今、郡山で戦っていた。


 これから訪れる本格的な猪苗代の夏を、後悔しない為にーー。


 貴重な夏の青春を……!



「真琴さん!私の手を離さないで!離したら身の安全を保障出来ません!」

「は、はいっ!」

「よし……行くぞ!」

「にゃっ!」

「コーコ……覚悟を決めましょ!」

「う、うん……!」



 目の前には、最新の水着を求め女達が乱闘する……地獄が広がっている……!



「この水着は私んだァァァァァ!!!!」「邪魔じゃどけェェェェ!!!!」「ぎぃやァァァァァ!?!?」「乗るしかないこのビッグウェーブに」「物を売るってレベルじゃないわよ!!!!」「勝ったッ!第3部完ッ!!」「踏んでる踏んでる踏んでるッ!?!?」



 その阿鼻叫喚の怒涛の中に、猪苗代の乙女達は芽依子を中心に戦陣を組んで、突撃す……!



「皆様!五体満足で生還かえりましょう!」



 声高に叫ぶ芽依子に、真琴、律、佳奈美、リースン、コーコは拳を突き上げて応える。


 目当ての水着を……可愛い水着を……絶対に手に入れる!絶対に……!




 ****




 そして、二時間後ーー。




「「へ……へへ……」」

「「つ……疲れた……」」

「店員さんすみません……キャラメルマキアートを……取り敢えずバケツ一杯分……」



 郡山市内のカフェのオープンテラスには、其々望んだ水着を購入したものの、その引き換えに全体力を使い切った芽依子達六人の姿が在った……。


 その姿は、買い物を終えた女子高生というより、スリーラウンドを終えたプロボクサーの様相だった……。



「まさか……地球の買い物がこんなに過酷だったなんて……ウプッ」

「でもリースン……水着これさえあれは地球の殿方はメロメロだって……オエッ」



 特に、地球の経験が未だ乏しいリースンとコーコの疲労感は半端ではなく、青白い顔で二人揃ってタンブラーの中のコーヒーを啜る。


 リースンとコーコが飲む地球のコーヒーは、甘い……。


 ふと、律が芽依子に尋ねた。



「そういや芽依子さん?身体の具合は良いのか?佳奈美の勉強に突き合わされてボロボロにされたって?」



 皮肉屋な薄ら笑いを浮かべる律を、佳奈美が睨んだ。



「でも本当に大丈夫なんです?」



 心配そうな声色の真琴に、芽依子は嬉しそうに微笑んだ。



「大丈夫ですよ。昨日時緒くんにマッサージして貰ってから絶好調なんです!」



「ほう…マッサージねぇ……!」律がにやりと笑った。



「時緒くんのお陰で……私は……」



 真琴やリースンの興味津々な視線を浴びながら、水着が入った紙袋を抱き締めて、芽依子は苦笑しながら天上の白雲を見上げる。



「……そこいらのマッサージマシンでは満足出来ない身体になってしまいました……!」



 芽依子は赤面する。


 つられて真琴も、顔を真っ赤に染める。


 一体、どんなマッサージ……?


 まるで野良犬の交尾を目撃したかのような顔で、律は怪訝な顔で芽依子に問うた。



「アンタ……椎名にナニされたんだよ……?」






 ****





「カウナさんは久しぶりですよね!?」

「うむっ!!」




 中ノ沢温泉……秘密結社虎の穴……もとい、老舗旅館【平沢庵】。時緒とカウナは満面の笑みで、その和風な佇まいの門を見上げる。



「 うゅ〜〜〜〜…… 」



 人見知りなティセリアは、時緒とカウナの間に隠れて……でも見たくて、二人の間からきょろきょろ前を伺った。



「正文?他の皆は?」

「お袋は組合の会議。ハルナさんとナルミさんは裏稼業バイト。親父は……よく分からん。朝早く出て行った。よって今日は休館だ……」

「そっか。師匠もいないのか……」

「だが風呂は沸いてるぞ?お前ら身体が蕩けるまで入ると良い」



 ティセリアが興味津々なのは、仁王立ちする正文の足下。


 そこに、二人の子どもがいたからだ。


 修二とゆきえだ。



「キミがルーリアのお姫様なんだね!」

「……!!」



 興味津々の修二とゆきえが、揃ってティセリアに駆け寄って来た。



「 う!うゅっ!? 」



 だが、恥ずかしさに堪らずティセリアは時緒の影にさっと隠れる。


 取り敢えず「こんにちは」とだけは言おうとしてみたものの……



「こっここっ……ここけこここここ!」



 緊張で舌が上手く回ってくれず、その呂律の悪さが更に恥ずかしくなったティセリアは時緒の背後で身を屈めた。



「おいら修二!よろしく!こっちはゆきえちゃん!!」

「……!」



 修二が手を振り、ゆきえが親指を立てるサムズアップ


 もじもじと時緒の背後に隠れながら、ティセリアは焦燥した。


 恥ずかしいが、仲良くなりたい……。


 地球の友達、作りたい……!



「うっ!うーっ!うゅーっ!」



 ティセリアは時緒の背後から手だけを出して、友好の握手を求めた。それが今のティセリアの、精一杯の誠意であった。



「ティ…ティセリアでしゅ……。よ……よ……よろしゅくうゅ〜〜ん……」



 虚空を舞うティセリアの手をーー



「うんうん!よろしく!!」

「……!!」



 修二とゆきえの手が、強く暖かく握り締めた。






 続く

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