第一部最終章 僕と君と猪苗代(ここ)で……
小さな友情。客間の衝撃?
福島県、須賀川市内某所ーー。
薄暗い倉庫の中、鎮座する
「この『特徴が無いのが特徴』なフォルム……。やっぱり量産型こそ浪漫の極みだね」
男がしみじみと呟いた。
エムレイガの、炉の点っていない空虚な
眼鏡の奥で輝くその瞳は、目当ての玩具を前にした少年そのものーー。
「増産の目処は立っているのかい?」
男が背後を振り返りながら言うと、その視線の先ーー真理子は至極面白くない顔で首を横に振った。
「紅谷のジジィ曰く……どうやら防衛軍も『新型』の生産を始めたっぽい。
「薫ちゃんを
男の瞳光が一転、戦闘意欲の暗い炎にぎらつく。
その温厚そうな外見とは裏腹に、男は家族を、仲間を害する存在には、ものの容易に悪鬼羅刹に成ることが出来る。
「しかし、まさかアンタが乗ってくれるとは思わなかったぜ」
男から滲み出る気迫を受け流してーー受け流せたのは相応の技量故にーー真理子は満足そうに、少し意外そうに言った。
「……と言っても僕が乗れるのは
「それでも乗ってくれるたぁ……やっぱり弟子が心配である……と?厳格なお師匠様は?」
快活で爽やかな笑い声が、倉庫の中で反響した。
「僕はね?未だ
真理子は男を見て微笑んだまま、微動だにしない。
「それに、時緒はもう弟子じゃない。破門にしたとか……そういう意味じゃなくてさ……」
倉庫の天窓から漏れる、夏雲から顔を覗かせた太陽が、男のーー
「時緒はもう……僕の
「そうかい……」
「あの子とは一度対決をしたかった……!しかも……巨大ロボットでね……!」
正直の気迫が更に昂ぶるのを、真理子は感じた。
その様はまさに、時緒の気迫すら容易く飲み込む、灼熱のプロミネンスの如く……。
****
「どかーーん!ばしゃーーん!!」
「……!…………!」
「うゅーーっ!うぎーーんっ!!」
修二、ゆきえ、そしてティセリアが遊戯心の赴くままに小川を蹂躙する。その様は、さながら特撮怪獣映画のワンシーンだ。
「ティセリアちゃんはルーリア人だから宇宙怪獣ね!!」
「うゅっ!あたしうちゅーかいじゅー!ちょーつよい!シュージやユキエよりもつよい!!」
「なにをー!?」
「…………!?」
とうとうティセリア達は川岸に上がって取っ組み合い、三つ巴の相撲を取り始めた。
「げ!?ティセリアちゃん結構腕力強い!!」
「……!!」
「うぷぷ!きたえてましゅから!!」
自分も、自分達もかつてはそうだった。時緒は露天風呂から眼下の川辺で遊ぶティセリア達を眺めながらーー
「うぅ……!」と唸って硫黄の香り漂う湯船に浸かる。
「昼風呂はどうだカウナモ?」
「これだ……これこれ……っ!」
風呂には正文やカウナも一緒だった。
肩まで湯船に浸かって、気持ち良さげな溜め息を漏らすカウナを見て、正文はにやりとほくそ笑んだ。
午前中に露天風呂、しかも貸切り風呂に入るなんて、何という贅沢か!
何処からか聞こえる山鳥の囀り、余りの気持ち良さに時緒達の気迫は蕩けていった。
「ねーねー?トキオーー!?」
ティセリアの声が聞こえる。時緒は蕩け顔で、露天風呂を囲む竹製の塀から顔だけを出して、下のティセリア達を見遣った。
「な〜〜に〜〜?」
「カウナとマちゃフミのチ×××どっちがおっきい〜?」
ティセリアの質問に、時緒は即座に正文とカウナの下半身を見比べ、そして解答した……。
「……どっちもどっち」
「なぁ〜んだ!じゃあマちゃフミもたいしたことないゅ!!」
時緒の返答にすっかり興味を無くしたティセリアは、再び修二、ゆきえと取っ組み合いを始めた。
「あうゅ!?シュージにもチ×××ついてるゅ!?ナンデ!?」
「失敬な!おいら男だよ!!」
「うびゅ〜〜〜〜!?!?」
「……!……!!」
「ゆきえちゃん……笑わないで!」
時緒は再び湯に浸かろうとしたがーー。
「「何がどっちもどっちだ……!」」
恨めしい目を向けた正文とカウナによる、湯飛沫の集中放火を受けた。
「俺様の方がカウナモよりデカい……!」
「我の方がマサフミよりも隆々である!」
「僕から見ればどっちもどっちなんです!」
やられっぱなしは性に合わない。時緒は正文とカウナに湯を掛けて反撃を開始する。
「おのれ時の字……!」
「我々のが小さいのではない!トキオ貴様のがデカ過ぎるのだ!!」
正文とカウナは何処か悔しげな表情で、協力して時緒を湯に沈めようとしたが、時緒は凄まじい力で二人を振り払い、吹き飛ばす。
…………。
下の川にて、小躍りするティセリアとゆきえを眺めながら、修二はふと感嘆した。
「そういえば……カウナ兄ちゃんもルーリア人だったんだね。おいらさりげなくびっくりだ……」
上の露天風呂から、ぎゃあぎゃあと時緒や兄達の喧騒が聞こえて来る。非常にうるさい。
「にいちゃん達もまだまだ子どもだよね〜……!」
「あたしたちがトキオくらいに大きくなったらちゃんと大人っぽくするうゅ!」
「…………!」
修二、ティセリア、ゆきえは一様に肩を竦め、恥じらいもへったくれもない時緒達の言い争いに呆れ果てた……。
「二人がちっちゃいんだよ!」
「「オマエがデカ過ぎんだよ!!」」
****
その日は、時緒にとってほのぼのと終わるーー筈だった。
「ティセリアちゃん!また来てね!夏休みもいっぱい遊ぼうね!!」
「……!!」
「シュージ〜!ユキエ〜!ばいばいう〜!!」
「…………!」
「ゆきえちゃんが"また空中浮遊と目からレーザー光線見せてやる"だって!」
「ほんと!?みたいゅみたいゅーー!!」
バス停まで見送りに来た正文、修二、ゆきえに別れを告げて、時緒、ティセリア、カウナの三人は丁度やって来たバスに乗り込んだ。
それから先は、中ノ沢温泉街に来た時の巻き戻しだ。
森林風景と田園風景の繰り返しが何度か続いて……。
「トキオ!ばいばいう!」
「さらばだ!トキオ!」
途中、猪苗代病院前のバス停でティセリアとカウナは降りる。しばらくすればティセリア達の今の住処、ペンションが在る裏磐梯行きのバスに乗り継げる。運が良ければ、そのバスには郡山での買い物を終えたリースンとコーコが乗っているかもしれない。
バスが再出発した。ティセリアとカウナは午後の日差しに照らされながら、時緒の視界から消失するまで手を振っていた。
二人の笑顔、特にティセリアの眩しい笑顔が、今日が如何に楽しかったかを物語っていたので、時緒は嬉しく思った。
猪苗代小学校前のバス停で降りて、途中のコンビニで買ったタコスミートのブリトーと辛いスナック菓子と炭酸ジュースの入ったレジ袋を片手に、時緒は椎名邸の玄関を開ける。
鍵は開いていた。
時計を見れば四時半。真理子から言付かった炊飯器の予約ボタンはもう押してある。
夕飯まで一眠りしようと、時緒は廊下を渡った。
自室はこの季節、西陽が強くて暑い。陽が入らず風通しの良い客間で、FMラジオでも聴きながら寝よう……。
「…………」
時緒は勢い良く、客間の襖を開けたーー。
「「………………」」
時緒の目の前に……。
白くて、柔らかな光沢を放つ、芽依子と真琴の、尻があったーー。
「「…………!?」」
脱ぎかけたショーツを太腿に引っ掛けただけの、生まれたままの
「あ…………」
時緒の思考能力が完全停止する……。
見てしまった。見てしまった。
矢張り芽依子のは大きいのも、真琴も意外と安産型なのも。
真琴の右尻にある小さなホクロも、芽依子の方が色が濃い所も、二人の発育故の鬱蒼としたーー。
知らなかったのだ。
まさか二人が、買ったばかりの水着を、客間で試着しようとしていたなんて、予想だにしなかったのだ。
だから……取り敢えず……。
「僕の話を……、」
時緒は弁明……いや、命乞いを垂れようとしたが……。
「「ッッーーーーー!!!!!!」」
「ぐはあぁぁっ!?!?」
顔面真っ赤っかの芽依子と真琴が、声になっていない悲鳴と共に渾身の腕力で投げ付けたハンドバックが、時緒の顎と鳩尾に炸裂する!
凄まじい威力に、時緒の身体は縁側の窓を突き破って吹き飛び宙を三回転!
そして……庭の苔むした庭石に、勢いよく身体を叩き付けられた!
「ふ、不可抗力だ……!」
時緒は、白眼を剥き、その意識は磐梯山の彼方へと、飛んでいった……。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます