水も滴る良い男……
「御守り一つ九百
「ほな三つください!」
「じゃあ二千七百
「
「へへ……」
磐梯神社、社務所。
関西出身と思しき観光客に御守りを渡すと、巫女装束姿の律はその場でテスト勉強を再開する。
何故だろうか?自宅の自室で勉強するよりも、社務所で勉強した方が律にとっては捗るのだ。
明日は律が最も得意とする数学がある。だからといって油断はしない。油断とは大馬鹿のすることだ。
「…………」
窓辺に掛けられた風鈴が、磐梯山から吹く涼しい山風に揺られてちりんと鳴った。
心地良い空間の中で、律はすらすらと問題集にペンを走らせる。
「ふんふふ〜ん……」
鼻歌が聞こえる。律は無視して問題に集中した。
「はんはは〜ん…!」
近くで鼻歌が聞こえる。律は完全に無視して問題に集中……。
「はんはんはん!はんはんはんはん!」
「……やかましいぞっ!!」
我慢出来なくなった律は、境内で恥も外聞も無く歌い続けるカウナに向かって怒鳴った。
「 リツー!折角の美しい天気なのだ!外に出て愛について語り合おうではないか!! 」
地球人に擬態したカウナは、白と水色を基調とした袴を纏い、箒を片手に爽やかな笑みを律に向かって投げかけた。
「シャラップカウナモ!歌う暇があったら手を動かせ!」
カウナは美顔な分余計に腹立たしい。律はそう思った。
「私のポジションは社務所だ!それに今はテスト勉強中なんだよ!邪魔するな!!」
「むう……」カウナは不満な顔をする。
「折角イナワシロの再滞在が認められたというのに!リツは我と勉強とどっちが大切なのだ!?ハッキリしてョ!!」
「テスト勉強に決まってるだろ!何がハッキリしてョだ!?気持ち悪いんだよ!!」
御守りや絵馬が並ぶ棚を境に、律はぎゃあぎゃあと地球のメロドラマを真似るカウナに向かって怒鳴り散らす。
すると、社務所裏の戸が開いて、律の母である
「ちょっと律、もう少し静かになさいな…。裏まで聞こえたわよ貴女の声……」
「だって母様!コイツが!!」
律がカウナを指差すと、桜子はカウナを見てにこりと笑った。桜子はカウナがルーリア人であることを知らない。
「カウナ君ありがとうね。お陰で境内が綺麗になったわ」
「奥方様のお褒めのお言葉、このカウナ…嬉しくて天にも昇る心地にございます!」
「まぁ…!」
カウナが気障なポーズを取って傅いて見せるので、桜子はお姫様気分に頬を染める。律は至極面白くなかった。
「律、
「ええ…!?私勉強…!」
「帰ってからずっとしてるでしょう?勉強し過ぎると正文君みたいになるわよ?」
それは絶対嫌だと、律は心底そう思った。
「お願い」桜子はぱちりと律に向かって手を合わせた。
「玉葱と牛肉とトマトと、あとTATSUYAで《トラック一番星》シリーズどれでも良いから借りて来て。この間道端で時緒君と出くわしたら話になって……無性に観たくなっちゃったのよ……」
「へいへい…」律は気怠げに勉強道具を片付けると、背筋を伸ばしながら立ち上がった。
「行くぞ、カウナモ…?」
「うむ!」
カウナは即座に返事をしたのち、その場で立ったまま、片付けをする律を暫し眺めていた。
「……何だよ?」
その視線に気恥ずかしくなった律が不機嫌面で尋ねると、カウナは夏の日差しよりも眩しい笑顔で頷いた。
「……またこうやってリツと面と向かって話せることが……我はとても嬉しい!」
きっぱりとカウナが断言するものだから、律はたちまち恥ずかしくなって「阿呆が!」と吐き捨て顔を背ける。
しかし、その顔面は真赤に染まり、緩みそうな表情筋を無理矢理引き締めようとしてぴくぴく痙攣している。
決して、嫌な気持ちではなかった。
決してーー。
****
一方、裏磐梯【ペンション きたかわ】。
「はい!ティセリアちゃん、お土産!」
真琴から菓子袋を受け取ったティセリアは歓喜して、騒々しい足音を立ててリビング内を走り回った。
「おかしぅ〜!おかしうゅ〜!」
「ティセリア様!ちゃんとマコトさんに御礼をしないと!」
「うゅっ!?マコトありがとございましゅっ!!」
リースンに叱られて、ティセリアは慌てて真琴に向かって頭を下げる。
当の真琴は終始笑顔だった。
真琴は末っ子である。故に今、自身の制服の裾を掴みながら無邪気にスナック菓子を齧るティセリアが突然出来た妹に見えて、可愛いくて仕方が無いのだ。
「マコトさんごめんなさい…、お菓子も頂いちゃって…! 」
「い、いえ…!リースンさんも召し上がってください…!」
真琴が勧めるとリースンは恥ずかしそうに笑った。
その手には、既に空になったチョコスナックの袋があった……。
ティセリアはにやりと笑う。
「リースンは地球のおかし大好きなのョ〜〜!あたしよりも先に食べたのョ〜〜!!」
リースンはティセリアに反論出来なかった。
「だって……美味しいんですもん……!うめえ棒とかが…っ!!」
リースンは恥ずかしそうに両手で顔を覆い、小さく蹲る。身体を小さくしても、その栗鼠めいた尻尾は大きく存在を誇示し続けた。
そんなリースンに、突如出来た異性の友人に真琴は笑顔で菓子袋を差し出す。
「いっぱい買ってきましたから…遠慮なくどうぞ」
ティセリアとリースンの手が凄まじいスピードで菓子袋に突入した。
****
「シーヴァンさん、コレが今僕が一番お勧めのエナジードリンクです!!」
「む?どれ……」
庭園を臨む縁側で、シーヴァンは時緒から毒々しいカラーリングの缶を受け取ると、少々訝しむ表情をしながらくいと煽る。
「ぐ……っ!?」
途端、シーヴァンは耳と尻尾を逆立たせ、素早く缶を時緒に突き返すと、口内を洗浄するようにペットボトルの烏龍茶をがぶがぶと飲んだ。
「トキオ……!お前はいつもそんなのを飲んでるのか!?」
「……一日に一本くらい。不味かったですか?」
「……舌が裏返ったかと思った」
「美味しいと思うけどなぁ……」首を傾げながら時緒はエナジードリンクを飲み干して見せる。
シーヴァンはそんな時緒をドン引きの眼差しで見つめた。
病気になるぞ……。そんな目付きでーー。
「……所で」
咳払いで気持ちを切り替え、シーヴァンは阿呆面を浮かべている時緒に尋ねた。
「ティセリア様のことなんだが……」
「ティセリアちゃん?戦いの影響が残って…?」
「いやいや」シーヴァンは真摯な表情で首を横に振る。
「…ティセリア様にお友達を作ってやりたいのだ…」
「お友達ですか!」時緒は自信満々に胸を張った。
「なら既に出来てるじゃないですか!ねぇティセリアちゃん?僕達は友達だよね!?」
時緒がティセリアに尋ねると……。
「う…っ!うぎぎっ!?」
ティセリアは真琴から借りた眼鏡を自分に掛け、眼鏡の度の強さに目を回していた。
「う…うゅっ!あたしとトキオともだち!ちょーともだちー!!」
ふらふら千鳥足のティセリアはやっとこ解答する。
「ね?」時緒は満足げにシーヴァンを見た。
「いや……それはそれでありがたいのだが」
シーヴァンは苦笑しながら、時緒の目の前で掌を横に振った。
「ティセリア様に……
「成る程……
「……チクバ?」
首を傾げるシーヴァンを他所に、時緒は暫く裏磐梯の空を見上げた。
そしてーー。
「いますよ!」
突然時緒はサンダルを履いて庭園に出る。
「ティセリアちゃんと同い年!しかも!ルーリア人の正体を明かしても大丈夫な人材が!二人!!」
「何っ!?そんな……素晴らしい人材が!?二人も!?」
そして時緒は、勢い良く、人差し指で天を突く。
「はいっ!ご安心くださいシーヴァンさん!僕にはティセリアちゃんに素晴らしい友達を紹介する心得があばーーーーっっ!?!?」
ざーーーーっ!!
時緒の指先が天を指した途端、風呂桶をひっくり返したような豪雨が降り出して、庭園に出ていた時緒を僅か一瞬でびしょ濡れにした。
「「「げ……っ!?!?」」」
「椎名く……!?」
シーヴァン、リースン、ティセリア、そして真琴は絶句、四人は揃って濡れ雑巾のようになった時緒を遠巻きに見た。
晴れているのに雨が降った。
夕立だった。
夏の
「………………」
格好付けたつもりだったのに……。すっかり意気消沈した時緒は、ぐちゃぐちゃと湿り気満載の足音を立てて縁側に戻り、黙々と靴下を脱ぎ、今にも泣きそうな顔で、唖然としていたリースンにか細い声で頼んだのだった……。
「…………タオル貸してください」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます