歌が聞こえた…
『やったああああ!もう一回
「澤田ァーーっ!!」
僚機の成れの果ての爆炎を潜り抜け、大竹 裕二一等空尉が駆る
日本領空へと侵入したルーリアの兵器と接敵して僅か一分足らず、サンダーウイング二個編隊からなる航空部隊は、ほぼ壊滅。
残るのは大竹と、大竹が最も信頼する部下、久富 俊樹三等空尉のみ。
その久富の機体も、何処に居るのか……今の大竹の肉眼では視認出来なかった。
満月が不気味なほど映える夜だった。
眼下には厚く巨大な雲海が轟々と渦巻いている。
台風。超巨大な熱帯低気圧の塊ーー!
「雲の下は嵐の真っ只中か……!」
狭いコクピットの中で、大竹は思わず大自然の驚異に慄く。
「 っ!? 」
鋭く突き刺さるような気迫!大竹は咄嗟に自身のサンダーウイングの燃料タンクを切り離す。
"出来るだけ身軽になれ! "
根拠のない、大竹の第六感がそう告げた。
次の瞬間、落下する燃料タンクが四方から放たれた粒子ビームに貫かれ、燃える隙すら与えられず溶けて
『隊長ッッ!!』
雲の中から一機のサンダーウイングが突き抜けて来た。久富の機体だ!
『 隊長ッ!
久富の絶叫と共に、久富機の直ぐ背後、高層ビル大の雲が、虹色の稲光と共に弾け飛ぶ!
現れたのは、巨大なヒトのシルエット。
狐めいた頭部の、しなやかな女性的でありながら、これまた巨大な四本の尾を備えた、異形の巨影。ルーリアの
満月の光を背負い、四尾の間から粒子光の虹膜を靡かせ翔ぶ姿は、まるで御伽噺に登場する天女のようで美しいものだったが……。
しかしーー。
「ぐ…っ!」
その騎体の戦闘能力を嫌という程知った大竹と久富にとって、その美しさは恐怖を更に増長するものでしかなかった。
「この……怖いんだよ!」
大竹は、久富機を追随するルーリアロボの頭部に機関銃を叩き込む。
やはり、ロボの貌には傷一つ付かないが、虚をつくことには成功したらしい。僅かにたじろぐような仕草を、ルーリアロボは見せた。
「今だ!」
『はい!!』
「逃げるぞ!」
『はいッ!!』
二機のサンダーウイングはアフターバーナーを限界まで吹かして、ルーリアロボの居る戦闘空域から離脱する。途中、久富も大竹に倣って燃料タンクを投棄して機体を軽量化した。
更に、主翼を折り畳んで高速形態に変形させ、二機サンダーウイングは超音速で夜空を翔ぶ。
「 ヤツは!?」
『
逃走するサンダーウイングを、ルーリアロボは虹色の翅を輝かせて悠々と追撃する。
かしゅん、と子気味の良い音と共にルーリアロボの尾が分離して、其々四つの楔型ユニットに変形した。
ユニットは暫く主人であるルーリアロボの周りを旋回した後、先端から光刃を発振させ、変則的な機動でサンダーウイング目掛け襲い掛かった!
「避けろ!さっきの攻撃だ!!」
『うぁあっ!?』
汗ばむ手で操縦桿を傾けて、大竹は乗機を旋回。久富も慌てて大竹に続く。
楔型ユニットが四方八方から斬り掛かる。
右から!左から!上から!下から!左右同時に襲い来る!
「く……!」
大竹は絶妙な操縦テクニックで、猛攻を回避して見せる。
ルーリアロボは更に二本目の尾を分離。更に追加された四基のユニットは、遠距離から粒子ビームでサンダーウイングを狙撃!
大竹と久富は全身全霊の集中力で回避を続ける。もう二人の脳内に『反撃』の二文字は綺麗に消え失せていた。
戦闘機部隊を壊滅せしめた攻撃の雨の中、二機のサンダーウイングは蜘蛛の巣めいたビームと斬撃の中を縫うように潜り抜けていく。無傷のままで!
気の遠くなるような忍耐。研ぎ澄まされた精神力。
サンダーウイング二機の一連の回避運動は、大竹と久富の操縦技術の高さを物語っていた。
『え……?』
一瞬、久富機の機動に揺らぎが生じた。
「どうした?久富!?付いて来い!」
『う…歌が…聞こえます……!』
いきなりこいつは何を言うのか?大竹は久富を訝しんだ。戦闘のストレスにおかしくなったか?
「 何を言っている!?大丈夫か!? 」
『 た、隊長は聞こえないのですか!? 』
歌なんて聞こえない。聞こえる訳がない。この状況で冗談を言うのはやめて欲しい!大竹はそう思った。
しかし、久富は確かに聞いた。
鼓膜に響くのではなくーー。
( うゅ…………うゅ…………うゅ………… )
幼い少女の間抜けな歌声が、久富の頭の中に直接響いているのだ。
『だ…誰なんだ!?』
久富は謎の歌声に気を取られてしまう。
その、緊張を忘れた行動が、久富の命取りとなった。
『 がっ!? 』
主翼の先端を光刃に斬り裂かれ、体勢を崩された久富機は大きく失速してしまった。このままでは、他のユニット達の恰好の餌食だ!
「久富!?」
間髪入れず、大竹機は久富機の前方に付き、空腹のハイエナのように群がるユニットに向けて機銃を乱射する。
ばら撒かれた実弾が、ユニットの装甲を跳ねて、プラズマの花が散る。
しかしユニットは一瞬弾かれるだけで、再び体勢を立て直し、大竹達を狙い襲い来る!
『隊長!俺を置いて、』
「俺にそんな選択肢は無い!」
大竹は久富の側を離れない。部下を見捨てるようならば、潔く負けた方がマシである!
全てのユニットが光を放つ。
絶対絶命の
背筋を冷や汗でぐっしょりと濡らしながら、大竹はふと、レーダー見遣った。
この空域に、
狐につままれたような気分で、大竹が眼下の雲海をキャノピー越しに見下ろそうとしてーー
「そうか……この下は……
大竹は、雲海を突き破って雄姿を現出した巨影と……。
憧れの巨人が……そこにいた!
「
****
「 ティセリアちゃんを見つけました!! 」
エクスレイガで嵐の中を必死で飛び抜けた時緒は、雲海の上でシーヴァンから伝えられたヴィールツァンドのシルエットを視認する。
全身から虹色の粒子光を漂わせるヴィールツァンドの四つ眼が、サンダーウイングからエクスレイガへと睨み移った。
「 ティセリアちゃん! 」
ラヴィーが接続してくれた通信機に、時緒は懸命にティセリアの名を呼びかける。
……だが、返事は無い。
その代わりに……。
( うゅ…………うゅ…………うゅ………… )
先程から、変てこな歌が時緒の頭の中で響き続けていた。
時緒は直感する。
これはティセリアの声だ。
でも何故、頭の中に直接響いて来る?
超常的な現状に形容し難い悪寒を、時緒は感じた。
このままではいけない。時緒はエクスレイガの新たな武器、遠距離砲撃装備、〈バスター・ユニット〉を起動させる。
【ルリアリウム・キャノン 展開】
エクスレイガの腰に装着されていた台形型のユニットが上下にスライド、中から砲身が現れ、二対のキャノン砲へと変形すると、その砲口をヴィールツァンドへと定めた。
「ティセリアちゃん!聞いてくれ!」
『 ………… 』
「これ以上、その
『…………』
「だから……そのヴィール何ちゃらを破壊するよ!僕を信じ…、」
時緒が言い終える間も無く。
ヴィールツァンドは、時緒の視界から消えたーー。
「な っ!? 」
粒子光の残像を残しつつ、ヴィールツァンドはその超機動でエクスレイガの背後へと回り込んだのだーー!
『 えくしゅれいが……たおすううううあああああああああ!! 』
身の毛もよだつ幼女の絶叫と共に、ヴィールツァンドはエクスレイガへしがみ付く!
「なっ!?こ、このっ!?」
ヴィールツァンドの、何という凄まじい力!
エクスレイガのパワーでも振り解くことが出来ない!
外部からの圧力にエクスレイガの装甲が嫌な音を立てて軋み、コクピットの各部から火花が散る。
「ああああああっ!?」
『うぎゅあああああああああああっ!!』
揉み合ったままの体勢で、エクスレイガとヴィールツァンドは雲海の中へと落下。
「があああああああああ!?」
『えくしゅれいがっ!いなくなれ!いなくなれええええええええ!!』
雨!風!そして雷!
暴れ狂う低気圧の中を、エクスレイガはヴィールツァンドと共に落ちていく。激しい衝撃と落下の慣性が、騎体内の時緒を蝕んだ。
『えくしゅれいがぁぁ…えくしゅれいがああああ!!』
雲を突き抜け、エクスレイガとヴィールツァンドは台風真っ只中の猪苗代上空へと降下。
『えくしゅれいが……いなくなれ!!』
落下慣性はそのままに、ヴィールツァンドはエクスレイガを手放す。
「 あっ!?ああああああ!?!?」
スラスターで慣性を相殺し切れなかった上、バスター・ユニットの重量により、エクスレイガは猪苗代の地表目指して豪速で落下し続けーー。
エクスレイガは猪苗代湖畔、天神浜オートキャンプ場へと叩き付けられた!
無人のキャンプ場に、エクスレイガ落下の衝撃波が奔った。
地盤が砕け、暴風の夜天に粉砕された駐車場のアスファルトが高く舞い上がる。
「あ…が……!だ……大丈夫……っ!まだまだ!」
全身強打による激しい痛みに時緒は二度三度気絶しかけたが、何とか……持ち堪えた。
ルリアリウムの恩恵が無かったら、時緒の肉体はミンチになっていただろう……!
『うぎゅぎゅ……うぎゅぎゅぎゅぎゅ……』
地面にめり込んで、弱々しく立ち上がろうとするエクスレイガを、ヴィールツァンドは愉快げに見下ろしながら、猪苗代へ悠々と降下する。
騎体から溢れる虹色の粒子光が、ヴィールツァンドのシルエットをぼやかせ、台風の暗黒に沈んでいた猪苗代町を鮮やかに、不気味に彩ったーー。
続く
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