ミッドナイト・アンサンブル





(まったく!あの真理子じゃじゃ馬娘は!何度何度叱っても!)


 そう心を煮立たせながら、猪苗代交番勤務、麻生 彰巡査部長はパトカーを走らせた。


 闇の中、ヘッドライトに照らされる国道一一五線の白線が流れていく。


 周りは暗く沈んだ水田や林。民家の灯りは遠く小さく、寂しく広がる道先が麻生の焦燥に早る心を更に逆立てた。



「おじさん!早く早く!」

「分かっとる!法定時速ぎりぎりなんだ!警官が道通法違反しちゃ洒落にならんぞ!」



 助手席に座る中学二年生の少年、水野 嘉男の顔がフロントガラスに青白く映った。



「嘉男!本当にこっちの方角で合っているんだな!?」



 合成皮革で覆われたハンドルを汗ばんだ手で握る麻生の問いに、嘉男は鼻を啜りながら大きく頷いた。



「酸川の川岸だって真理子先輩が正直先輩達に言ってたんだぜ!『今夜が決戦だ!文子と決着を付ける』って言ってたんだぜぇ!!」



 反抗期を迎え、生意気盛りな嘉男の取って付けたような口調。緩みそうになる口元を引き締めながら、麻生はアクセルを踏んだ。


 パトカーの速さは速度制限丁度の時速五〇キロメートル。


 麻生は苛々した。


 原因は真理子だ。


 成長する度に、歳を重ねる度に聞かん坊になっていく。


 六年前、真理子の両親が旅客機事故で死去し、後見人となった麻生が以来真理子の面倒を見て来た。


 だが、真理子は高校生になった途端にアルバイトで生活費を稼ぎ出し、段々麻生の家には近づかなくなった。


 夕食や家族旅行に麻生が誘おうとすると、決まって真理子はこう言って断る。



(悪りぃおっちゃん、バイトがあるんだわ)

(ダチと用があんだ。おっちゃんは家族サービスしてやんなよ)



 挙げ句の果てには、精神の鍛錬目的で麻生が教えた拳法を我流へと昇華させ、不良相手に喧嘩三昧。更に【お年寄りに優しい不良集団、猪苗代熱血連合】などと、義賊めいたグループを結成する始末。


 歯痒い。実に歯痒い。麻生は只でさえ険しい面を更に渋くした。



「真理子…お前は何がしたいんだ…」



 そんな麻生の独り言を、カーラジオから聞こえる拍手がかき消していく……。



『さあ夜の何でも質問コーナー!次の質問は誰かなー?もしも〜し?』

『もしもしー!』

『お嬢ちゃんお名前は〜?』

『なまえは藤 薫ふじ かおるでーす!六さいでーす!』

『薫ちゃんだね!質問は何かな?』

『どうして男同士でチューしちゃいけないんですかっ!?』

『…………え?』



 ラジオから響き渡る幼女の質問に、麻生と嘉男はあんぐりと口を開けた。



『男は男同士で恋愛したほーがいいと思いまーす!』



 やや気まずい空気をはらんで、パトカーは対向車のない夜の国道を走っていく。


 まるで、混沌の坩堝に、自ら飛び込んでいくようにーー。





 ****



「「「あっ!?」」」



 牧、正直、卦院の三人の口から、同時に驚きの声が上がった。


 突如、巨人から翡翠色の輝きが消えたのだ。


 ここでやっと、巨人の細かな姿が牧たちの目にも明らかになる。


 白と青の装甲、金の装飾、狐面四つ目の巨人。


 その巨人の足下でーー



「その意気だぜサナリア!親の言うことなんざ気にすんな!そんなヘナチョコと結婚しなくて良し!」

『ウ〜ン……今ニナッテ心細クナッテ来タワ……。オ父様キットカンカンヨ』

「弱気にならないの!こういうのは下手したでに出ちゃ駄目よ!貴女の意地の強さを見せないと!」

『ウン…ウン!ソウネ!』

「文子ぉ!てめぇ良いこと言うじゃねえか!」

「ハッ!アンタに褒められても嬉しかないのよ!」

「おぉん!?」

「ハァン!?」



 真理子と文子、そして見知らぬ少女が談笑し合っていた。


 真理子と文子は生きていたならこの際どうでも良い。問題はその身元不明の少女の出で立ちだ。


 頭と尻に純白の狐のような耳と尻尾。それらがころころ笑う少女の感情に応じて動いている。


 間違いなく、彼女の身体から生えた器官だ。


 牧たちは戦慄した。



「ま、真理子!?」



 さも当然といった風に歩いてくる真理子たちに、最初に緊迫の声をかけたのは、牧であった。



「お?牧センパイ」きょとんとした顔の真理子が牧を見つめた。



「ま、まま真理子?そ、そのお嬢さんは…?」

「あ?ああ…サナリア?」



 真理子がすぐ横のサナリアに目をやった。


 視線に気付いたサナリアは人懐こそうな笑顔を浮かべて小首を傾げる。頭の狐耳がぴくぴくと揺れる。



「こいつサナリア。宇宙から家出して来たってよ」



 まるで道端で出会った友人を紹介するような調子で真理子が、宇宙から来たと平然と言うものだから……。


 牧と正直まさなおは驚きを通り越して呆れてしまった。



「う、宇宙!?宇宙人!?」



 ただ一人、卦院がその目を興奮に爛々と輝かせ、サナリアに歩み寄った。



「先月の【月刊オカルト】で宇宙語特集やってたんだ!えーと…キエテ・コシ・キレキレテ?」



 突然、卦院が意味不明な言葉を発し出したので、真理子は首を傾げた。


 すると、サナリアは眉を顰めてーー



『…アナタノ宇宙語ハ訛リガ酷クテ分カリズライワ…!日本語アナタノコトバデOKヨ』

「しゃ、喋った!てか通じたァ!!」



 異星人との交流に成功した卦院は、日常のクールな性格キャラクターをかなぐり捨てて万歳をする。


 しかし、サナリアは顰め眉のまま、卦院を睨みつけた。



『…アナタ…サッキノ言葉…他ノ女ノ子ニ言ッチャ駄目ヨ…?』

「卦院は何て言ったんだ……?」



 首を傾げる正直に、サナリアは頬を紅に染めて卦院を指差し、恥ずかしそうに答えた。



『コノ人…アナタノ乳首何色?ッテ言ッタノヨ…』



「この……っ!」間髪入れず、真理子は卦院の頭頂部に平手打ちを炸裂させる。



「いでぇぇぇえええあ!?」

「てめえ!いつの間にそんなスケベ野郎になった!?【猪苗代熱血連合、鉄の掟】第四十七条を言ってみろ!!」

「【連合構成員たる者、公共の場での卑語猥語の発声を禁ず。掟背きし者、猪苗代町内引き回しの上打ち首獄門!】…っておい!?」



正直ナオさん…!」真理子がぱちりと指を鳴らす。



「介錯してやれ…!」

「…………!」



 背筋に悪寒を感じ、卦院は恐る恐る背後を振り返る、とーー



「……卦院……辞世の句を詠め……」



 思いつめた表情で木刀を構えた正直まさなおが立っていた……。


「ち、ちちち違うっつの!違うっつの!キエテ・コシ・キレキレテって『僕・君・友達』って意味って本に書いてあったんだよ!!」



 卦院が必死の弁明をするが、そんな卦院を見遣る真理子、サナリア、文子、正直まさなお、牧の視線は冷ややかでーー



「嫌だ!俺死にたくない!キャンディーズの新曲聴くまで死ねないんだぁぁあ!!」



 卦院の悲痛な叫びが、猪苗代の夜闇に轟いた……。



「真理子ォォア!!」

 


 麻生の運転するパトカーが派手なドリフトで酸川の土手に滑り込んで来たのは、卦院が叫んだ時とほぼ同時のことだった。



「お前達か!?川岸にあんな像建ておって!?私有地だったらどうする!?」

「すっげ!あれロボット!?やっべ!」



 何も知らない麻生は怒り、嘉男は歓喜の声をあげる。



「真理子ォ!お前はまた人様に迷惑かけおって!」

「うるせえなおっちゃん!おっちゃんの馬鹿でけえ声の方が近所迷惑なんだよ!!」

「俺無罪?無罪だよなあ!?」

「卦院…流石に初対面の娘に乳首はないよ…」

「やっべ!ロボかっけー!」

「む…!そう言えば…卜部 文子!病院送りにされた友の仇…!」

「はぁ〜い正直クン!相変わらず良い男!でもまだまだ役不足かしら?」



 まるで鴉の集団の如く、真理子たちがあがあと喚き散らす。


 その喧騒の輪から少し離れてーー。



 サナリアはその光景をまじまじと眺め、柔和な微笑を浮かべた。



『ヤッパリ…地球人ハ面白イノダワ!』



 地球人に対する、純粋な友愛と好奇心。


 サナリアのその精神に反応し、彼女の胸元に飾られた翡翠色の宝石が、【ルリアリウム】のペンダントが、淡く優しい輝きを放った。




 続く

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